ラルバ・ムジカーレ 活動日誌

アマチュア古楽アンサンブルのゆるい奮闘記。

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終了報告をさせていただくのは、約9年半ぶりという事になるみたいです。間を置きながらも、こうして音楽を続けている事が感慨深く思えたりもします。ま、よくよく考えれば10年サボってただけとも言えますが。

ともあれ舞台から生還できました。歌は初レッスンから数カ月、リュートに至ってははじめて楽器を触って2カ月での舞台と考えれば、それだけで十分だと思っています。声の響きも悪くなかったのではないか、と、いつも通り自画自賛はしておきます。それでも、少しは現実と向き合わないと成長できないので、反省点をいくつか押さえておきましょう。

[1]
舞台上の時間は遅く進む。
相対性理論ではありません。リハーサルの録音を聴いて分かりました。自分が演奏しようとしているテンポより実際に演奏しているテンポが1.2〜1.3倍くらい早いのです。もちろん緊張からくる認知の錯誤ではありますが、かつて体験したヴァイオリン演奏での「走る」とはちょっと感覚が違います。「走る」は自分の出した音に反応して巻いてしまうような感覚でしたが、今回の「舞台上の時間」は一定の割合でゆっくりと進行しており、結果テンポが上がっているようでした。

[2]
あり得ないことが起こるのが本番。
私たちの第一発目がVoce氏の「ニンファの嘆き」。私のアーチリュートソロから入ります。さて、音を出してみてびっくり。左手中指と薬指が押さえられていません。練習では考えられないミスです。3つ音を出してギョッとしてして、即やり直しです。すっかり落ち着いて弾き始めたつもりだっただけに、自分で笑ってしまいそうになりました。まあ、これが冒頭でむしろ良かったと思います。曲の途中だったら取り返しがつきませんから。

[3]
練習で出来た事は本番で出来ない。
口を開ける形をちょっと変えるだけで声の出が良くなる等々、意識さえすれば簡単にできてしまう事もあります。しかし、その意識をしてる暇が無いのが本番。結果、当然何もできません。体が自動的に適応してくれるように練習しておきましょう。「宣言記憶から手続き記憶に」というテーマについては、いずれ考察し直してみます。

[4]
演者にとって楽曲は新鮮でなければならない。
練習をしないと上手くはなりません。しかし、打ち上げの席で先生もおっしゃってましたけど、練習のし過ぎで楽曲に魅力を感じなくなってしまうような事態になると、全く良い事はありません。解決策として、練習の内容を分割するという方法があるかも知れません。基本的あるいは部分的な技術の問題を解決する練習、楽曲の解釈、で、最後にまとめとして控えめに楽曲の通し練習。今回は発声練習と歌詞の解釈に重点を置きましたけど、なかなかストイックにはなりきれないのが実情です。

[5]
だれも死なない。
トーン・テヘレンの著作ではありません。相方であるVoce氏が一週間前の合わせ練習の段階から緊張しまくっているのを見かねて、先生がこうおっしゃってくださいました。緊張は必要です。ちょうど良い緊張感で練習ではできない音楽をするのが理想です。まあ、ほとんどの場合は緊張が過ぎて惨事が起こったりするわけですが、私たちが舞台上でどんな惨状を晒しても、だれも死なないのです。まあ、Voce氏は緊張のあまり自身の心臓が止まるかと思っていたようですが。

ともあれ、せっかく10年ぶりで音楽活動を再開したわけですから、またしばらく続けてみようと思います。やっぱり、音楽って楽しいものですから。


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