ラルバ・ムジカーレ 活動日誌

アマチュア古楽アンサンブルのゆるい奮闘記。

演奏会♪見聞録

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全9ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9]

[ 次のページ ]

イメージ 1

チェンバロ師匠門下の発表会。
会場の松明堂音楽ホールは、100人に満たない客席と演奏者との距離が親密。
ここを小劇団の公演などで使ったら、面白い効果が得られるのではないかと思わせる
また、造形作家である望月通陽さんの装飾による柔らかな空間の居心地は、
小さな美術館に居る時のそれととても良く似ている。

音が素直に響くこのホールは、古楽の演奏に向いているのだが、
これはあくまでも客席に座っている側の意見。
この舞台で音を上手く合わせる事の難しさは私も経験済みだが、
今年、私の音楽仲間たちは、それを良く克服していたようだ。

そういえば、やはり古楽が盛んに演奏される近江楽堂も、
独特なホール形状と船越保武さんの彫刻の存在感が際立っており、
「小劇場あるいは美術館のような」という条件を備えている。

まぁ、私がそのような感覚を持つのは、
常々バロック音楽の譜面が演劇の脚本に似ていると考えているからだろう。

イメージ 1

久しく生きた音楽に接する機会が無かったという事もあり、
場所が私たちの聖堂である近江楽堂であるという事もあり、
演奏者が私の音楽仲間であるという事もあり、
ましてや私自身が乗る予定だったイベントという事もあり、
昨日の演奏会では、大いにライブ感を味わう事が出来た。

もちろんCDで聴く音楽も素晴らしい。
第一線の演奏家がそれぞれの理想を追求した音楽の結晶を、
好きな時に自分の家で、繰り返し聴く事が出来るのだから。

それでもやっぱり音楽はライブだと思う。
演奏者と聴衆が一体となって、たった一度のパフォーマンスを作り上げる。
主客一体、一期一会は、茶の湯の考え方だそうだが、
音楽もまた、型(道具のあり方、器楽演奏の実践や音楽様式も型だと思う)を
通して亭主の想いを客が読み解く時、言葉無き会話が成立する。
まぁ、これはすべての芸術に通じる事なのかも知れないが……。

そして、音楽が会話であり、もてなしであるなら、
巧い下手や解釈の正誤などよりも大切な事が沢山あるのだろう、とも思う。

写真は、開演前のマグダラのマリア、近江楽堂の守護聖人のひとり。
ちょっと心配そうな顔で見守っていた。

レオンハルト礼賛

このところ、演奏会へ足を運ぶ機会も減っているが、
今年もレオンハルト師の演奏が聴けたのは幸いだった。

一般的に、81歳の演奏家について語る時、
「81歳とは思えぬ……」なんていう言葉が使われたりするが、
この言い回しには、お年の割には……というような意味合いが含まれる。
「天才少年」という言葉が、子供の割には……という意味を持つのと同様だ。

しかし、師の演奏にこの言葉は当てはまらない。
少なくとも先日の演奏から年齢を感じた聴衆は皆無だったはずだ。

もとより私は、子供が上手に弾くから天才だとも思わないし、
歳をとった芸術家が若い芸術家より偉いなどとも思っていないが、
あえて年齢と芸術の関連性を考えるなら、師の演奏には、
81歳まで弾き続けたからこそ到達した音楽の境地があったと思う。

終演後、座席から聴衆が引けるのを待っている間、
臨席のご夫人が私に話しかけて来た。
何でも、40年ほど前に師の弾くクーナウの聖書ソナタを聴いて
ファンになったとの事で、以来、年を重ねるごとに
その演奏にどんどん強く惹かれるようになっているのだという。

「神様のように思えます。」と彼女はいう。
「ええ、神様ですよ。」私は思ったままを返した。

楽しそうに怒る人

イメージ 1

ヘンデルのオペラ「タメルラーノ」の公演。
演奏会形式ながら、2回の休憩を含んで4時間を越える大作を堪能する。
写真は第1幕終了後の休憩時間にロビーの窓から見えた東京の夕景。
一瞬、18世紀のロンドンと21世紀の東京が頭の中で交錯した。

指揮&チェンバロのWさんと通低チェロKさんは休み無しの熱演。
ふたりは圧巻のバスで舞台装置や衣装以上にイメージの提示をしてくれた。
歌手陣も、声を張り上げずに済むホールの大きさのおかげもあって、
長丁場も物ともせず後半に進むにつれ調子を上げて行く。

オペラ最高のヤマ場は、暴君タメルラーノが歌う怒りのアリア。
突き進むようなテンポの中、技巧的なアルペジオが響きわたる。
初演時のタメルラーノ役も力量のあるカストラートだったに違いない。
しかし良くよく聴いてみると、怒りを表す音楽そのものは、
ダイナミックで刺激的ながら何だか楽しそうだったりする。
竹中直人のネタで「笑いながら怒る人」というのがあるが、
ここでは楽しそうに華やかに怒りをぶちまけている。

この楽しく怒る傾向の曲はヘンデルに限った事ではなく、
バロックから古典にかけてのオペラではしばしば見られる。
モーツァルトの「魔笛」で夜の女王が歌うアリアを
思い浮かべていただけると分かりやすいだろう。

理由はたぶんプリモ(プリマ)の歌い手に華を持たせるため。
怒りという人間の最も強い感情であれば、より強い表現が出来る。
それをスター歌手の声と技巧の限りを尽くして表現させるべく、
そしてさらに華やかに聴かせるべく、やがて音楽は躁状態の世界へ……。

オペラは、やはりいろんな意味でエンターテイメントなのだ。

イメージ 1

クラブサンさんたちの演奏会を聴きに3ラルバで小旅行。
フランスをお題にとても良く練られたプログラムで、
楽しい演奏を聴かせていただいた。

演奏者の後方にある窓越しの景色は、
5月に訪れた時の新緑からすっかり見事な紅葉へと衣替えをしていた。
奏者の方々は少々指先が寒い思いをされただろうが、
この自然からの彩りの贈り物は
フランス・バロックの緩いピッチ(A=392)と良く調和していたように思う。

全9ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事