月 影 茶 房

ジャーナリスト月崎時央が仕事のことや日々の出来事などを書いていきます

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英国の著名な家庭医でNBM(ナラティブ・ベイスド・メディシン)の創始者だったアン・マクファーソンさん、が5月17日に亡くなられたという記事を読んで、ナラティブ(物語)について改めて考えてみることにした。
 
書くこと話すことでおこる物語化
 
15年前、私のきょうだいは、頭に緑の葉っぱの冠をかぶって、アスファルトの道路の上で裸足になってこう言い放った。
「自然とともに生きるんだ!靴を脱ぐんだ。俺は緑の国の王様だ」とか…。彼の足はすりむけ、血が滲んでいた。
 
 
これが私が一番印象に残っている躁状態のきょうだいの錯乱状態の姿だ。
 
勉強も運動も良く出来て私よりずっと親の期待も大きかった彼が、精神の病気になったとき、私はかなり長いこと、病気のことや現実を受け入れることが難しい状態だった。自分のアイデンティティが崩れてしまいそうだった。
 
この大騒ぎのあった週末、当時3歳と5歳だった娘と夫とフィールドアスレチックのある大きな公園に行ったことを今でもよく覚えている。
 
不思議なことに長い滑り台から降りてくる娘を下で待っていて子どもたちを受け止める自分の姿や、無理に笑おうとしている引きつった自分の笑顔とかがはっきりと映像として思い出せるのだ。
 
私の場合、普通の記憶だとその風景の中の自分自身はぼんやりしているはずなのにこの記憶だけは自分が鮮明に見え、なんと映画のように構図の切り替えさえも頭の中でできている
 
どうやら、その時の私というのは、完全に私から離脱していた感触があるのだ。常軌を逸したきょうだいが狂って激高する姿から受けた、大きすぎる衝撃から逃れるために私の意識は1週間近く、私の外に飛び出していた。
 
抜け殻のほうの私に、外にいる私が「だいじょうぶ だいじょうぶ」と声を掛け、「お母さんなんだから、しっかり子育てしなきゃ」と自分を叱咤激励していた。
 
いつも繰り返される頭のなかの1つのシーン 
 
今回初めて試しに上記のシーンを書いてみようと思った。実はこのシーンはいつも繰り返し私の頭の中にあって、頭に載せたあの緑のつやつやと光る葉の冠は本当に月桂樹なのかなと、思ったり、本当に彼が葉っぱの冠を作ったとは思えないから、私の記憶の中の創作なのかもしれないと思ったりもする。娘たちの年齢ももしかしたら違うのかもしれない。
 
でも私にとって大事なことは、書いたり表現したり誰かに伝えたりすることで、頭の中にあちこちに刺さった記憶のトゲみたいなのをひとまとめにして並べて束ねてどこかにまとめて収納する方法を獲得出来たことなのだと思う。
そういう意味で私は衝撃的な出来事に対応したときに「書く」という自分の防御方法をもっている。
 
その内容の詳細が間違っていたって、毎回話が変わったって実はいっこうに構わないのだと思うようになった。大切なのはその話自体のディテールではなく、その人がその話を自分でどこかに収める場所を見つけられること、つまり物語化ができるかどうかなのだろう。
 
そのために語る相手が必要な人も入れば、私のように一人でも書いて気の済む人もいる。物語になった瞬間にそれはきっと少し自分から距離をもってくれる出来事となり、心や脳に刺さった刺ではなくなるのかもしれない。
 
エビデンス・ベイスド・メディスン と ナラティブ・ベイスド・メディスン
 
医療の世界ではEMBEvidence-based medicine)という科学的根拠 に基づいて診療方法を選択することという言葉がすっかり定着して、それが科学的でないという時には「エビデンスがない」と表現する。
 
一方EBMを実践してきた英国の開業医から提唱されたのがNBM(Narrative-based Medicine ナラティブ・ベイスト・メディスン 物語に基づいた医療)である。
 
「ナラティブ」は「物語」と訳され、患者が対話を通じて語る病気になった理由や経緯、病気についていまどのように考えているかなどの「物語」から,医師は病気の背景や人間関係を理解し、患者の抱えている問題に対して全人的(身体的、精神・心理的、社会的)にアプローチしていこうとする臨床手法だ。
 
ナラティブがちゃんとできる文化的なセンスを持った医療者であることと、エビデンス=科学的証拠に基づいた医療ができることは、患者として、車の両輪であって欲しいと願うけれど…なかなか難しいのだろうな。
 
精神病院での語りの場
 
私が初めてこの物語化の凄さを知ったのはやはり17年くらい前、取材にいった長崎市の西脇病院で夜間集会という会に参加させてもらった時だ。この病院では週一回8時ごろになると大部屋に衝立がたてらえ、その内側に入院患者さんが20〜30人もどやどやと集まって椅子に座る。外来患者さんや家族も参加OKで、衝立の外側で参加せずに話を聴く人のも構わないのだと説明された。私は内側に患者さんに混じって参加させてもらった。
 
院長の西脇先生がファシリテーター役だが、先生は「えー〇〇さん」と誰かを指名するだけで司会をするわけでもなかったと記憶している。
 
すると指名されたその人は記憶のシーンを映画のように語り始めるのだ。その語りが本当にうまい。映画のシナリオのようだ。聞いている全員がおそらく同じ映像を想像できているからだろう。その空間は不思議な空気に満たされていく。まるで映画館一緒に映画を見ている人たちと一体になるような感覚だった。
 
指名を受けたあるアルコール依存症の男性は、酩酊して愛妻を殴ってしまったことを語り、別の中年の女性は嫁に行った娘が統合失調症になり、離婚され、嫁ぎ先から嫁入り道具一式がトラックで返還されてきたワンシーンを語った。
 
いずれもかなり悲惨な話なのだが物語として洗練されている。同じ話を何回かする人もいるらしいが、多分語りはそのときによって変化と進化を続けるのだろう。
 
 
指名された人は静かにその物語を話す。聞き手のある人は目をつぶり、ある人はうつむいて黙ってそれを聞く。誰も相槌も打たないし意見も言わない。3人ほどの物語を聞いて1時間か2時間が経過して集会は終わった。
 
当時の私にはこれが治療として有効であるのかどうかも、一体何を意味するのかもよく理解できなかったし、ナラティブなんて言葉も当時は知らなかった。
でも今でもその患者さんや家族の話が私の脳裏にくっきりと焼き付いている。
 
人が物語を紡ぐには聞き手が必要なのだ。そして時間という魔法の力もいる。本当にそれを聴いてくれる誰か、聴くことを必要としている誰かに巡り合えた時、物語は滑り出し、そして膨らみ、そして推敲を重ね、どこかに収まるべき場所に収まっていく。
 
その人がいろいろな出来事を受け入れ、受け止め、必要に応じてその後の行動を変化させるのかどうかは、きっとその人の作った物語の成熟度にかっかってくるのだろう。物語は何度もなんどもその人の中で反芻され、時には解釈の変更を繰り返しながら、次第に熟成されていく。
 
 
私は医療関係者ではないのでナラティブ・ベイスド・メディスンではないが、ジャーナリストという仕事柄、医療関係者や患者さんなどいろいろな人に出会って話を聞く機会がある。
 
だから、私が話を聞く立場の時に、それがもし大変な体験の話であったら、その人が私と話した後で、物語を紡げるようなよい聞き手になりたいなといつも思っている。
 
そして、誰かの物語作りに少しでも参加出来たとき、本当は自分自身が一番癒されているのだということを、私は知っている。
 
あの病院の夜間集会が魅力的な場なのは、聴き手と話し手がお互いにお互いの物語を必要としているからなのだ。
 
 
 
西脇病院 夜間集会
 
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