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うちの奥さんはサンバの国から連れてきたので、国外にいても自国の国籍を喪失しないためにあることをしなければならない。それが「有権者証明書」で日本には存在しない身分証明書である。4月16日月曜日に東京五反田の駅前にあるブラジル領事館に奥さんと出かけた、”駅前留学”じゃあるまいし領事館が駅前にあるなんてお手軽ではある。領事館に入るといるわいるわ、風体ですぐ日系ブラジル人だと分かる人が溢れている。 私も大昔はあの日系のひとりだった、あんな格好で帰国したのだなと考えた、大勢いる日系人のほとんどはこの「有権者証明書」の更新に来ていると分かった。ブラジルでは選挙は権利ではなくて国民の義務だ、棄権することは許されず社会参加の一環として全ての国民がたとえ国外にいても守らなければならない。それで立派な政治をしているかというと、これがでたらめで現在の大統領は金にまつわるスキャンダルで有名である。 話を戻そう、領事館で書類を貰って帰宅した。記入するのは私の役目で読んでみて驚いた、名前、生年月日、出身の町、州、両親の名前ここまではいい。学歴の欄があって文盲、小学中退、卒業、中学中退、卒業、高校中退、卒業、スペリオール(高学歴者)とある。うちの奥さんは読み書きが不自由な文盲なので「文盲」の欄にバツ印をつける。奥さんは実家が子沢山な貧しい農家の白人である、両親の最初の子供なので妹、弟のために10歳にもならないときからお金を稼ぐことを教えられた。 妻は今でも80を過ぎた父親をわがままを言うと脅しをかける、地球の反対側だから電話でだけど世話をしている妹が「最近パパがボケ気味で同じ事を何べんも繰り返したり、時々は”おもらしを”したり」などと言うと妻はたちまちキッとなり父親を呼ぶように妹に頼む。父親が出ると「パパ最近ボケたの?耳は遠いしおもらしはするし、私が読み書きできないは誰のせいかしら・・・」私はそばで聞いていて”よしなさいよ、80過ぎた親父をいじめても仕方がない”と言って妻は構わず一応の悪態だけは述べる。 妻と結婚するまで私は彼女が文盲だとは知らなかった。結婚してから分かったがもう後の祭りだった、これは「詐欺行為?」だが私がバカだと言われればその通りだ。でも子供はしつけたので長男は大学を二つも出ている、なんで二つも出たのか私は今でも知らない。母親を見る目は優しくいたわりに満ちている、息子は母親の代わりに二つも大学を卒業したのだと思う。 「有権者証明書」はブラジルでは身分証明書である。不動産売買、車の購入、運転免許証取得、公的機関の窓口では必ず提示を求められる。大統領選挙、地方議員選挙の投票は義務で本人以外は代理では投票できないようなシステムで、確かに投票しましたという証明は手帳に記載される。もし投票の記載がないと全ての市民の権利を失う、つまり市民権剥奪に等しい。ブラジルは欧米の社会システムをそのまま導入しているから日本とは大違いである、私の娘婿も日本にいながらそのまま同じシステムでアメリカの大統領選挙に投票していた。アメリカはもっと厳しくシビアで市民権剥奪は人間の生死にかかわる一大事である。 振り返って日本の自由民主主義を考えてみる。1945年にアメリカに占領されて始めて国民が自由に発言できる自由主義がアメリカのお勧めで導入された。日本にも自由主義は存在はしたが、政府の「海外拡張政策」」と国民の自由主義とはまるで水と油なので政府は危険思想だと断定して徹底的に弾圧した。これを私は「日本型軍国ファシズム」と呼んでいる。その象徴的な存在が靖国神社だ、多くの人が日本にナチスドイツ並みの軍国ファシズムが存在したことすら知らない。知らなければ中国のイチャモンに過敏に反応するのは当然で、日本にはそんなものは存在すらしなかったという前提で反応している。 戦争後の自由主義は権利を主張することである。民主主義の本来の姿は義務と権利でこれは表裏一体でどちらが欠けても成立しないものである。ところが日本の民主主義は権利の主張ばかりが叫ばれ義務はしばしば無視される、納税の義務、政治への市民参加の義務は大事なことではなく理解はしているが二次的なものと考えられている。さらに国旗、国歌は別に拒否しても構わないとは左翼が言い出したことだ、これは政府が国旗、国歌の歴史的な説明を怠りどうでもいいくせに上から押し付けた結果で、ざまはない。
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はじめまして、訪問者履歴からやって来ました。長瀬たけしと申します。 コメントありがとうございました。興味深い記事なので、拝読しました。 是非は別として「靖国神社」について一言、あそこは、日本が駆け足で近代国家へ衣替えする最中、国民統合のために考え出された「苦肉の策」の産物です。プロパガンダとしての役目は、むしろ戦後誇張されたものだと思います。それと「軍国主義」=ファシズムという定義は、曖昧で、全体主義とは何なのかという認識が、わが国の言論界には不足していると思いました。
2007/5/7(月) 午後 10:51 [ 長瀬たけし ]