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フランクフルトのある地下鉄駅で地図を広げていたら、二十代前半の青年が「何かお手伝いしましょうか」と話しかけてきた。フランクフルト大学に勤めるこの青年と話が始まった。

フランクフルトは前大戦で手酷く爆撃されたから、古いものが好きな私としてはたいして見るものがないのは残念だ、でも久しぶりにマイン川の川べりを歩いてみようと思ってね」「確かに何もかも壊された」「ひどいものだ。ドイツと日本は市民が猛爆された。明らかなハーグ条約違反だ」

青年はいかにも困ったように繭を曇らせた、ドイツ人が前大戦に関して、自虐的な日本人よりもかるかに自虐的なことはかなり前から気づいていた。今でも変わっていない。私はかすかな苛立ちを感じた。

「ヒトラーと東條は確かに悪かったが、ルーズベルト、スターリン、チャーチル、毛沢東など二人とどこが違うんだい」「でも我々は本当に悪いことをしてしまったんだから。どんなことをされても仕方がない」

ドイツは未だ戦後から復興していない。経済ではな。民族の底流ともいうべき学問文化の世界においてである。例えば前大戦に到る一世紀の間、ドイツの数学、物理、化学、医学、文学、哲学、音楽などは世界に冠たるものだった。現代の学問文化の基盤はドイツ人に負うところが大である。ユダヤ系ドイツ人学者の活躍もあったが、彼等を除いてもなお超一流であった。それが戦後60年以上がたつというのに、昔日の面影はどこにも見当たらない。

国際テストにおける子供たちの学力も欧州ではほとんどビリである、民族が入れ変わったわけでもない。青年はおぞましいと思うのか「ヒトラー」という言葉さえ口にできなかった。許さざる大罪を犯した、とうなだれてばかりいては独創に必要な気合は決して生まれてこない。民族や祖国への誇りと自信なくして、真の独創は生まれない。ドイツに限らず日中米英露など列強だって、口にできぬほどの残酷非道を過去に山ほどなしている。皆、口を拭ってすましている。ドイツ人は世界一良心に富んだ人々なのだろう。

ただ反省に身を沈めてうつむいている、橋を渡りマイン川の向こうに出た、川べりを歩きながら、リーマン、ヒルベルト、ワイル、ジーゲルトなどドイツ数学の始祖父系を思った。満開の桜をさびしく感じたのは久しぶりだった。

週間新潮5月7・14日特大号より抜粋

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始めまして

大変興味ある記事ですね。
色々勉強になります

2009/5/24(日) 午前 4:44 Kako 返信する

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