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souththon氏の投稿 大極旗が、清の属国旗である事を正しく教えましょう。日韓友好のために隠さないで。 easymen様投稿 心臓が悪い朝鮮人は注意(朝鮮の属国ぶりについて) 日清戦争後に建てられた「独立門」、なぜ独立なのかは、清から独立したからです。で、その前にある石柱が残っているでしょ? それが何の建物の跡かと言うと・・・・・迎恩門、清皇帝から受けた恩に、感謝して迎えるために作った門、ここで朝鮮王は、9回頭を地面に叩きつけて、ひれ伏し、清の使者を迎えました。大韓帝国は、迎恩門を取り壊し、同じ場所に独立門を立てました。 赤は、「中国皇帝に忠実に仕える臣下」を示す色だそうです。龍の数は、皇帝は九匹、それ以下一匹ずつ減り、最低ランクは一匹だそうです。 赤い服を着た人は三匹ですね。 皇族は八匹〜七匹、大臣級は六匹〜五匹、地方の役所の長(知事クラス)は四匹〜三匹・・・・・etc ●色の解説 http://bw-www.ie.u-ryukyu.ac.jp/~j96050/kyougeki/kyou5.html 皇帝や高官、貴夫人が着るガウンのような、ゆったりとして貫祿のある衣装。皇帝は黄、王や太子は橙色、老臣は白、忠臣や正直な人物は赤または緑、滑稽な人物は黒。 【日清戦争】 下関条約締結の結果、「戦勝国」日本は、清朝から、 1、清朝の朝鮮に対する「宗主権」放棄 (朝鮮独立の承認) 2、遼東半島・台湾・澎湖諸島の割譲
3、庫平銀(賠償金)、2億両(テール 約3億円)の支払 4、新通商条約の締結と最恵国待遇条款 5、沙市・重慶・蘇州・杭州の開市・開港 6、条約履行の担保として山東半島の威海衛の一時占領 |
政治と風土
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lamerfontene卿、独立門のことは、1910年日韓併合直前にたてられた、と聞いていました。
しかし、そのことと、清からの独立門であるということは確かに矛盾しませんね。確かこの門は、ソウルの北側にあるので、清からの道にあるのも話があっています。
朝鮮は、地理的にいって中国の影響下にあることを免れない国であることは客観的事実です。中国各朝を宗主国として仰いできたことも事実でしかあり得ない。
多くの人々が生命を賭して立ち上がった1919年3.1独立宣言から、かれらが日本からの独立も望んだことを言い添える必要があるでしょうね。
2009/6/3(水) 午前 10:04