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                 今年7月11日、独ドレスデンで行われたマルワさんの葬儀(AP)


【海外事件簿】法廷が血の海…エジプト女性刺殺、ロシア系ドイツ人の歪んだ憎悪

ドイツ東部ドレスデンで7月、「テロリスト」などと侮辱されたとして近所のドイツ人の男を告訴していたエジプト人女性が、訴えを審理中の法廷で男に刺殺された。この事件で殺人罪などに問われた男の公判が10月26日、同じドレスデンの裁判所で始まり、男が出廷。検察側は動機として、男の人種差別的な思想を指摘した。エジプトなどイスラム諸国では事件後、ドイツに対する非難が高まっており、ドイツ当局側も、裁判の行方次第では反ドイツの動きが加速する恐れがあると神経をとがらせている。(大内清)

素顔を見せず 

この日の初公判。目深にかぶった野球帽の上にフードをかぶり、サングラスとマスクを着けて完全に顔を隠して入廷した男が、両手両足を厳重に拘束されて被告人席に座った。ロシア生まれのドイツ人で、名前はアレックス・ビーンズ(28)。裁判は、ビーンズ被告がサングラスをはずすことをかたくなに拒否し、裁判官から50ユーロ(約6700円)の罰金を命じられるという異例の幕開けとなった。

ビーンズ被告は、自らが告訴された別の事件の審理中に、原告のエジプト人女性マルワ・シェルビニさん=当時(31)=を刺殺、夫のエルウィ・オカズさん(32)にも重傷を負わせた罪に問われている。この異常な事件はどのように起きたのか。

息子の眼前で 

発端は、シェルビニさんが近所の公園で、ブランコに座ってたばこを吸っていたビーンズ被告に、3歳の息子にもブランコで遊ばせてやってほしい、と頼んだことだった。これに対してビーンズ被告は、シェルビニさんを「テロリスト」「イスラム主義者」「売春婦」などと口汚く罵倒。ショックを受けたシェルビニさんは、侮辱を受けたとして、ビーンズ被告を告訴した。その後、ビーンズ被告は780ユーロ(約10万5000円)の罰金刑を言い渡されたが、判決を不服として控訴。その審理が行われた7月1日、出廷したビーンズ被告は、隠し持っていた刃渡り約18センチのキッチンナイフでシェルビニさんの腹部や背中などを18回にわたって刺したのだ。シェルビニさんはほぼ即死。妊娠3カ月だった。

助けに入ったオカズさんも複数回、刺された上、駆けつけた警官に犯人と間違われ、脚を銃弾で撃ち抜かれた。わずか数分で法廷が血の海となったこの惨劇は、息子の目の前で展開された。

対照的な境遇
 

 独誌シュピーゲル(電子版)などによると、シェルビニさんとオカズさんの夫妻は2005年、故郷のエジプトからドイツに渡った。当初は首都ベルリンに居を構えたが、08年にオカズさんの仕事の都合でドレスデンに転居。この間に子宝にも恵まれた。

 シェルビニさんは薬剤師で、かつては女子ハンドボールのエジプト代表を務めたこともある文武両道の才女、オカズさんは遺伝子学の研究者と、ドイツに多いイスラム諸国からの移民の中でも、裕福な知識階層に属していた。

一方、ビーンズ被告はロシア・ウラル地方の町で生まれ育ち、03年にドイツへ移住した「ロシア系ドイツ人」だった。友人が少なく、事件当時は失業給付を受けて生活。食事はほとんど出来合いのもので済ませていた。本人の供述では、「たばこと酒、テレビゲームの中毒」で、毎日、ワイン2リットル相当のアルコールを飲み、残虐シーンの登場するゲームで遊ぶのが楽しみだったという。冷戦終結後、ドイツに移住したロシア系ドイツ人は230万人に上り、その多くが満足にドイツ語を話せないことなどから就職もできず、貧困層を形成しているといわれる。ビーンズ被告は、その典型例ともいえる。

勝ち誇った表情に殺意? 

検察側は起訴状で、「非ヨーロッパ人とイスラム教徒に対する憎しみに駆られた犯行」だと指摘した。ただ、ビーンズ被告は捜査段階で、「(犯行当日に)法廷から出ていこうとするシェルビニさんの“勝ち誇った表情”を見て憎しみを感じた」との供述もしている。同じ「移民」でありながら、自分の惨めな境遇に比べて幸せそうなシェルビニさん一家への嫉妬(しっと)やひがみが殺意の引き金になった可能性は高い。

「犯人は突然、妻に襲いかかった」

「妻が床に倒れ込んだ後も、執拗(しつよう)に刺し続けた」

「息子は母親を恋しがっている。彼も苦しんでいる」

初公判で松葉づえをついて証言台に立ったオカズさんは、シェルビニさんが殺害されたときの状況についてこう述べ、無念さをにじませた。ビーンズ被告は一言も発しなかったという。

「スカーフの殉教者」 

シェルビニさん殺害が報じられると、中東イスラム諸国、特にエジプトでドイツに対する激しい非難が巻き起こった。ドイツ国内では当初、事件が大きく扱われなかったことも、「イスラム教徒に対する差別の表れ」だと怒りを増幅。ドイツ製品に対するボイコット運動まで起こった。日常生活でもスカーフをかぶる敬虔(けいけん)なイスラム教徒だったシェルビニさんは、エジプト・メディアで「スカーフの殉教者」と呼ばれ、ネット上ではビーンズ被告に対する「報復」を呼びかける書き込みなども登場。オカズさんが誤射されたことも、「『中東系だから犯人に違いない』という思い込みがあるためだ」と当局批判が高まった。

強まる反独感情と、それに反発する極右団体の動きなどを警戒したドイツ当局は、初公判で警官約200人を動員。被告人席の周りに暗殺防止用の防弾ガラス製の衝立を設置するなど、異例の厳重警備態勢が敷いた。エジプト政府はドイツに対し、ドイツでは最も重い終身刑を適用するよう要求。国際問題にまで発展しているこの事件の評決は、11日に言い渡される見通しだ。

MSN産経ニュース

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やっぱり日本軽視? ずれ込んだオバマ米大統領訪日 平静装う日本政府

「銃乱射事件があったので大変だと思います。その思いは理解しないといけない。会談に影響がないように努力します」

鳩山由紀夫首相は7日午後、オバマ米大統領訪日ずれ込みを記者団に問われ、淡々とこう語った。だが、今回の訪日は天皇、皇后両陛下との午餐(ごさん)会も予定され、「準公式訪問」といえる内容だった。しかも12日の天皇陛下御在位20年記念式典など宮中行事が続く中で日程調整してきただけに、唐突な変更は礼を失するとの見方もある。

ただ、日本政府にも一方的な変更要請に文句を言えない負い目がある。日米最大の懸念である米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題をめぐり、米側は大統領訪日までの「回答」を求めてきたが、岡田克也外相は米軍嘉手納基地への統合案に固執し、クリントン米国務長官との直談判を画策した末、土壇場でキャンセルした。首相は先月22日に「必ず大統領来日までに(回答する)という話ではない」と表明してしまった。

これでは米政府内で「日本軽視」の風潮が広がっても仕方ないだろう。首相は大統領との首脳会談で「日米同盟の一層の強化」を確認し、アフガニスタン支援や地球環境問題などを議題にする考えだが、普天間問題は「最小限のやりとりにとどめたい」との意向を米側に伝えている。大統領が「儀礼的な会談で十分だ」と考えても不思議ではない。(加納宏幸)

MSN産経ニュース


言いたい放題
「日米同盟はアメリカの政策から言えばどのくらいの順位に位置するのか」答えは最低ランクイであるというのが正解。日米同盟なるものは日本では死活問題でアメリカではどうでもよい問題である、アメリカの対外政策で日米同盟が最重要課題になったことは歴史上一度もない、と覚えておけば間違いはない。極東地域の最大のボスは中国で日本はその地位を追われて久しい、ところが視野の狭い日本人はどうしてもそれを認めないというか未だに日米同盟に固有して、アメリカに無視されることを我慢がならないだけであるという笑える図式が浮かび上がってくる。

アメリカは極東を考えるときにまず中国の機嫌を伺う、それが良好ならばすべて良しで日本はアメリカと中国のせめぎあいの中で海中で揺れ動く「木っ端」同様で哀れなものである。極東地域での「日本外し」はアメリカの伝統で、中国が何か言えばアメリカは考えて政策を変更すると覚えておけば間違いではない。

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1989年11月のベルリンの壁の倒壊は、大部分の商品が突然競争させなくなったメーカーでない東ドイツ人をぞくぞくさせた。

しかし、20年進行中でルーシー・フッカーは報告している、いくらかの前の東ドイツのブランドは強くなっている。たとえ彼女が1989年に耐えられさえしなかったとしても、マドレーン・アクターバーグはまだなつかしい東ドイツ(特に食物)での生活の多くの面への愛情を心に抱くだろう。「これらには彼らに特別な感情が詰め込まれている。彼らは物語とクリスマスを言う感覚があるのです」と彼女が言う。

「彼らは彼らの後ろに物語を持ちます」彼女の家族は現在ミュンヘンに住んでいる、しかし彼らが戻るとき、彼らはふくらんでいるバッグとともに帰るだろう。中部ベルリンの1つの店は全く東ドイツ人製品に捧げられる、そして普通のスーパーマーケットは何十もの商品(例えば人気のスプリーワルド・ピクルスのキュウリ、ウェルダーケチャップとヴィータ・コーラ)の在庫がある。テクノロジーは高性能な新しい包装と改善されたマーケティングへの投資のおかげで、彼らは現在、西側のライバルを区別するのがしばしば不可能になっている。

しばらくの間、しかし東ドイツの商品はひどく困っているように見える。1989年までにGDR(東ドイツ)の住民が消費者選択の不足で退屈するだけではなかったこと、彼らはまた彼らが西ドイツのテレビで見ることができた広告によってじらされた。彼らが西洋の商品に対する巨大な鬱積した熱意を爆発させたという最初のために西へ旅立つことができて、彼らのトラバントとともに帰ることは高さをジーンズ、ビデオレコーダーとバナナを山と積んで可能となった。彼らは彼らが育った製品に背を向けた。

レトロ趣味
ドイツマルクがそうであった西ドイツの通貨が1990年前半を中に持ち出したとき、問題は悪化した。「一晩中ほとんど全ての東の製品は店の外へ追い出された。だれも彼らを買いたくはなかった」とニルス・ブッシュ-ペーターゼン(ベルリンの小売協会の責任者)が言う。「それは普通の上質の製品を生産していた企業に対する災難だった」それから予想外のものは起こった。東部地方の消費者は彼らの考えを変えるように見えた。

「彼らはもちろん西洋の製品への大きな熱狂を持っていたよ」とブッシュ-ペーターゼン氏が述べる。
「しかし多くの人々は彼らの年をとったパートナーに戻って来た。そしてそのことはしばしば日常的に起こった」エリカ・メンデル(ベルリンの70才の引退したエンジニア)は、彼女が売り物の西洋のブランドの一部をためし、品質が劣っているとわかったと言う。彼女は彼女が常に使ったGDR粉せっけんと化粧品(リキュールと多くの食品)を買う。

彼女の夫は彼が常に飲んだビールの東ドイツのブランドを飲む。「私はそれが常によくて、現在まだよいということを知っています」と彼女が言う。「私が東から製品を買うように必ずしも、しかし私は彼らを買わない」比較的無傷の再統一の混乱を生き残ったブランドのうちの1つはロツカエポーチェンまたは赤頭巾ちゃんとして知られている発泡ワインである。それは適度の価格でまだ売られている、そして売り上げは急上昇している。

数年前、それはその西ドイツの対抗するムンンを買収した。しかしロツカエポーシェンが前のGDRのサクセス・ストーリーと確認されるのを嫌う間、他は彼らの社会主義時代のイメージを大いに楽しんでいる。
ロッテルン(赤色星)チョコレートは対抗するハローレン(予め共産主義の時間にその起源があることを強調する東からのもう一つの会社)とは全く別のニッチを占有した。新しい電気的な輪廻においてトラバント(それだけの冗談の標的)さえ再びドイツの道を優雅にしようとしているかもしれない。

ゼハ・スポーツ靴がそうして誇りをもって一旦東ドイツのスポーツマンですり切れるならば、それは古い東部地方のブロックの焼印であるレトロ趣味を楽しむ。商標ゼハの倍の格子模様を持って行って靴の新しいイタリア語作りの登録商標は現在社会主義価格でもはや売られないけれども、ファッションの先端でもある。「我々はブランドに起こったことを研究し始めた。そして彼らが彼らの市場を失ったので壁が彼らが閉まらなければならなかったダウンを近付いたあと我々は発見した。

それで考えはそれに第2のチャンスを与えるためにやって来た」とトーステン・ハイネ(復活するゼハ・ビジネスの後のパートナーのうちの1人)が言う。「我々は一生懸命に本当に製品をかなり本物にしておこうとした。我々は彼らを古い靴のように見えるが、この頃は彼らに靴の技術的な詳細と快適さを与えさせようとした」

慣れ

しかし、一旦彼らと育った世代がもはや買い物でないならば、何がこれらのブランドに起こっ他と思うか?「今日、彼らはなつかしいドイツでよかった製品を売るだけだよ。GDRで最高のちょうどものは、ヴィータ・コーラを好む」とジュリアスが言う。そして壁が取り壊された同じ年、その人は生まれた。
彼はこれらのブランドの多くが生き残ることを確信している。一部の顧客はローカル製品をサポートして仕事を保護することとの結合をする。

ほとんどがなければ、それはまだ単に慣れの問題でもある。「それは精神的なもの」と25才のコーラが言う。そして、その人はまだ1種類の特定の東ドイツ人チョコレートを買うのを好む。「実はそれは通常のブランドよりよくないかより悪くはない。それはより幼い頃のものでもある。しかしもちろん、それは上質でもある」彼らが新しい顧客を引きつけることができるならば、これらのブランドは生き残るだけである、しかし、今は最後の20年中をたどり着いた会社の多くにはその挑戦に応ずるためにマーケティング技術が存在する。

BBCニュース

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豚インフルエンザによって打撃を与えられるアマゾン川の種族

豚インフルエンザで絶滅に瀕しているアマゾン川の種族の7人のメンバーは死んだと土着の権利組織が言う。生き残り種族はベネズエラのヤノマミ種族の数百メンバーが感染している可能性を指摘している。ベネズエラ政府はまだ死を確かめていないが、チームが調査する地域にいると述べている。

アマゾンの孤立した種族の間の豚インフルエンザの発生は非常に速く、原住民の住民の間で瞬く間の間に広まり多くを殺すことができたと運動員が恐れる。生き残り種族の調査ではロンドンに拠点を置く組織は、それがベネズエラとブラジルの間で境界地域でヤノマミの間ですでに起こっているかもしれないと言う。

組織の責任者のスティーブン・コリーは、状況が「重要である」と言って、流行を止めるために即時の行動を促すためにベネズエラとブラジル政府の担当者を呼び出している。彼らも急進的にヘルスケアへのヤノマミのアクセスを改善する必要があったと彼が言う。地域の政府の医学チームのメンバーは豚インフルエンザが妊婦と3人の小さな子供の死亡の疑わしい原因であるとBBCに話した。

特にインフルエンザとマラリアが1980年代に鉱夫によってもたらされたときヤノマミは過去の流行によって傷ついている。地域住民の5分の1もその期間の間に殺された、そしてヤノマミ人口がおよそ32,000人まで急落した緊急時用の国際的な予想が広がった。

BBCニュース

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