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常識の研究でとんでも意見を述べる人物から回答が来た。以下にその内容を記す。 「私の歴史観は靖国史観を読みなさい、保守派の活動は日本会議のホームページをまた国防委員会では無い国防協会もホームページがあるから見なさい。それらを見ていかに多数が参加しているか分かるはずだ」: 左派と保守派を分ける物 世の中は考えが違う者同士で成り立っている。左派の考えを聞くと実に面白い。何故彼らは自ら敗北主義に至るのか、昭和史と言う戦争の時代の考え方が保守派に属する私には理解でき無い、大東亜戦争はアジア民族解放の為の聖戦であり、決して侵略の戦争では無い、私が海外に出かける時、日本軍の軍人達が現地でどんな行動をしたのか尋ねる、決まって返る答えは現地人が戦闘に巻き込まれる事を避け堂々と戦い戦死した兵士の話でる。日本の為にアジアの為に戦死した多くの同胞に心から感謝したい。そして反日思想敗北思想を持つ左派をこの国に住むに相応しく無いと思い知らせ排除するべきである。国に誇りを取り戻しアジアのいや世界の太陽とならん日本こそが最高の国であると私は信じる。 それから、君の発言は我々に対する宣戦布告ととらえる、下がれ下郎、お前みたいな人間が私達と議論できる立場の人間だと思ってるのか。爵位を持ち国家に尽くす人間でなければ議論の対象にならんよ、怨むなら滅びた武田の子孫と嘘を言うた君の爺さんに言え。二度と家のブログに来るな。いいなこれは命令だ。野良犬め。 もう一つ私は一応地元の市長の候補だ何故か分かるかこれが我々が進めて来た究極の方法だよ。君らの考えは確実に敗北する。我々にはこの国最高の頭脳を持つ人間がブレーンにいる。シンクタンクで保守で探してみたまえ。そして自分の愚かさを身にしみた味わいたまえ。 やるよ。君のような人間がこの国の歴史に不をあたえてきた各県の教育委員長が今どのような思想を持つ人間が就任しているか見るがいい。君らの思想は敗北したんだ、いい加減眼を覚ませ。これは同情心からの警告だ。馬鹿は死んでも直らんだろうけどね。介錯ぐらいはして。この気違いの売国奴、死んで国にお詫びしろ。 毎回無礼な書き込みどうも。いずれ君の考えが正しいか私達の考えが正しいか決着が付く数こそ力だよくおぼえておきたまえ。何を言うても元来のこの国の支配層を倒す事はできない、我々の最後の戦いはすでに始まっている。負けはせんよ50年間練りに練って計画して来た事なのだから。力こそ正義。 上記が私の疑問に対する回答である、彼は日本は戦争で負けはことはない、史実と言うのはそこいらの頭のおかしい人間が読んでそのまま信じたもので、それは史実とは言わない。また国防協会でもホームページがあるからそれを読めとかなりしつこい、保守派とはこういう活動もしている証拠を私は見つけたと書いたが、ぞっとするようなとんでも史実で呆れて物も言えない。また彼は日本は勝利した歴史的な事実は存在するが、敗北しというような事実は存在しないとかなり強硬に述べている。正真正銘の狂人である。 日本が戦争中にした政治プロパガンダ「アジアの解放それは八紘一宇」であった。日本は自らの意図を覆い隠すために国民に嘘を出鱈目を教えてそう教育した事実が存在する。戦前の国会閣議で「南方系の土人の宣撫工作」という名称の小雑誌が各議員に配布された。アメリカから石油も鉄鉱石も輸出を止められ、また西洋から厳しい閉鎖的な経済制裁を受けて日本はどうにも首が回らなくなっていた、東南アジアに軍を進める決心をして、ジュネーブ条約で署名した「不戦条約」は糞で足蹴にしたのが本質だった。そういう条件を何も知らず、この人物は戦時中の政府プロパガンダをそそまま信じ込んでいる、おめでたいというか可愛そうである。それで日本は勝ったとは笑えない、アジア開放は大嘘で日本軍は支配者として現地に乗り込み、現地人を労働でこき使いインドネシアでは実に400万以上を強制労働で働かせて反抗すれば即銃殺した記録が残っている。 靖国史観とは初めて聞いたが、「中国と欧米は敵で、全滅させなければならい」がその根底にあり保守派の一派がそういう活動を公然とやっているとは国民全部が知らなければならない事実である。「日本の日本人による日本のなんとか」こういうことを声高に言う人間は前世紀の遺物で、最終的に抹殺されて当然であろうと考える。 戦死者・犠牲者総数は300万を超える、英霊は現在でも広大な太平洋から日本を目指して歩いている。彼らはいつ日本に到着するのか誰も知らない、それを「靖国史観」と呼べば英霊は永遠に救われない。日本が犯した愚かな戦争で死にたくもないのに死ねと命令され、命を落とした多数の英霊、どんな日本人でもそれを正当化するとは思いたくない、田母神敏男が企業の懸賞論文で自衛隊幹部に応募を呼びかけ、結果的に多数の応募があった。それを政府は重視し、「自衛隊統幕議長としては不適格」と判断して強制的に退職させられたのはつい最近である。 懲りない人間はいつの時代にいるもので、田母神は政府から退職金の返還を求められて「生活が困窮しています、ご勘弁を」と逃げた。それでマスコミの人気者となり日本記者クラブ、在日外国人記者クラブと講演依頼は引きもきらずでウハウハの稼ぎ振りである。 日本では戦争の記憶は年々風化するばかりで若者間には「戦争?何よそれアメリカと戦争をしたウソー」と言う人が増えた。それは仕方のないことで64年も経過すれば当然と言うべきかもしれない。それでも、常識として日本は敗北したくらいは普通ではないだろうか、ところがこの人物は「靖国史観」と囚われ、日本の敗北を頑として認めない、ここまでくればほとんど病気で、それを煽り立てる保守派がいる。若者を教育する立場にいながら、それを意図的に間違った誘導をするとは、私は怒りで腸が煮えくり返りそうだ。 日本の敗北を認めない馬鹿はこの東京湾で行われた戦艦ミズーリでの降伏調印式まで「歴史の嘘」と言うのだろうか 人間は勝手なもので歴史を観察して正しい判断を下す段階で多くの過ちを犯す、日本は戦争に敗北した、これは疑い似ない事実で、日本だけではない世界中が知っている事実である。それを否定して日本は勝利したとはこの段階で正常な思考を持たない人間と断定せざるを得ない。日本が勝利したと主張して一体どんな利益があるのだろうか、日本とドイツは現在でも世界中から監視されている、東西ドイツの統一問題で当時のサッッチャー首相が苦しんだのは記事にした。日本ではドイツは反省などしていない、全てナチスのせいにして国民は反省などしていなと公然と発言する人がいる、これこそ日本人の最大の勘違いで、だから日本は戦争による反省などまったく必要としないと言いたげである。 そこを保守派は突いて「日本擁護論の一環として戦争で反省などとんでもない」とはならないのである。日本の戦後は反省と謝罪、それから賠償責任を完全に行って現在の繁栄がある、死者に鞭打つような日本擁護論など論外である。 私は百姓じゃないよ君はよほど日本語を理解できない人間らしいねまるで在日の人間のようだ。企業を経営してると言うたはずだよ。君は既に負け組みだよ。君が望むように国から退去したまえ。売国奴め。死んで国家にお詫びしろ。二度と今度こそ来るな。君を負け犬で君を野良犬で君を国賊と言わず誰を言う。君が武田の子孫な私は平家の一族にして松平いや徳川の一族だ。徳川松平一門の会を見てみろ、だから負け犬と言う。さがれ下郎。思い知れ。はっはっはっ この男は正常な人間と考えてはいけない、妄想と現実がない交ぜになりそれで「日本は勝利した万歳」という言葉が出てくる。強度の精神病患者でそれで社会に放置されている、日本は精神病患者は治療もされず放置されて各自治体はその内情さえ知らない。「触らぬ神にたたり無し」で人は精神病と聞いただけで逃げ出す、こういう人物は的確な治療とケアが必要だがそういう人物がブログにどんどん出てきている、ぞっとする話ではないか。
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2009年09月12日
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'''イスラム・ハーンの逮捕は、パキスタンの荒れた「一撃グループ」地区での軍活動の前後関係の分岐点ではない。''' |

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英国のサッチャー首相とフランスのミッテラン大統領 外務省によって公開された書類は、マーガレット・サッチャーの反対の範囲をドイツの統一に知らせた。 ブライアン・ハナハンが報告するように、彼女はフランスのフランソア・ミッテラン大統領で盟友を持っていたが、彼女自身の対外秘書と争っていた。 ベルリン壁の倒壊は世界の多くに喜びを持ってきた瞬間だった。そして国際的な課題の上へドイツの再統一の問題を投げ出した。しかし、英国のマーガレット・サッチャー首相とフランスのミッテラン大統領は心配していた。サッチャー夫人は東西ドイツに加わることによって、あまりに強力であるより、偉大なドイツの国家が建設されるのを恐れた。 まさしくその始まりから、彼女は注意を示した。「我々は自由に対する彼らの信頼を決して失わなかった、鉄のカーテンの後でそれらの人々に非常に感謝しなければならない」と彼女が言う。 「しかし現在、それは民主主義を構築する激務でもある、それから我々は何があるかについて見なければならない」。 サッチャー夫人の外交政策アドバイザーのチャールズ・パウエルは、西ドイツがその同盟国によってチェックされる必要があったという彼女の確信を記録した。「我々がある朝起きて、出来事が我々の支配を越えて完全に動いたとわかりたくない、そしてドイツの再統一がどう見ても我々の上にある、首相の見解は???である」と彼が1989年12月8日に書いている。しかし、たとえ彼女が再統一がソビエトの指導者であるミハイル・ゴルバチョフを弱めるかもしれないと主張したとしても、サッチャー夫人(その人がヨーロッパの指導者に影響することに使われた)は彼らに再統一の彼女の意見を納得させることができなかった。 彼女の外務大臣(ダグラス・ハード)さえ意見が一致しなかった。「彼女との私の本当の議論だけは私が彼女の外国の秘書であった年の間にドイツの問題の上にあった、そこで彼女は確かにブレーキがかけられなければならないのを感じた」とハード氏が言う。「彼女はドイツについて理由のために部分的にそれを感じた、そして部分的に彼女が感じたので、我々はゴルバチョフ氏を危険にさらされているようにしてはならなかった」。しかし、外務省はドイツの再統一を妨害する見込みがないと思っていた。 『孤立する』サッチャー サッチャー夫人がひどくアドバイスに抵抗したけれども、ハード氏は徐々に彼女の抵抗を弱めた。 10週後に彼はサッチャー夫人との面会の後、以下を彼の個人的な日記に書き留めた。「ドイツの自分本位に対する普通の痛烈な非難は、現在統一を止めたいという憧れ以外はよりしばしば来ない」。西ドイツのハンス・ディートリッヒ・ゲンシャー外務相は孤立している、似合うサッチャー夫人として見ていた。 「私には個人的に、サッチャー夫人とダグラス・ハードのなんらかの違いがあったという印象があった」と彼が言う。 「彼は非常に建設的で有能だった」。フランスのミッテラン大統領が彼が彼女に同意するとサッチャー夫人に話す間、彼は彼らがすることができたものに関して困っていた。それで、ドイツのヘルムート・コール首相がより力強く統一を迫ったので、ミッテラン氏は優雅に道を譲った。パウエル氏が西ドイツを訪問したとき、彼はボン(首都)から以下を書いている。「彼らは運転席にいる、そしてヒキガエルは運転中にいる。興奮は紛れもない事実。ドイツ人の瞬間が到来した。彼らは彼らの運命を処理しそうである」。 ドイツの統一1989-1990として金曜日に発行される書類量を編集した外務省歴史家のパトリック・サーモン。 海外への英国の方針に関して、第III節第VII巻がサッチャー夫人の鋭い異議によってほとんど実際的な差が生じなかったと言うと実証した。「私はあなたが彼女が他の人が時々感じたが、言いたくなかったということを言っていたので、彼女が非常に役に立つ避雷針であったと言うことができたと思う」と彼が言う。しかし誰もこの新しい国のために圧力に抵抗することができなかったことは明らかである。ドイツの政治家はそうすることができなかった、そして他の誰でも同様だった。ドイツは人気の称賛に1年以内に再統一を果たした。国際的な異議を掃き除けるその能力は、その新発見の力の最初の誇示でもあった。 BBCニュース
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