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アメリカの二人の女優

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                      ジョディー・フォスター



来歴
ジョディ・フォスター(Jodie Foster、本名:アリシア・クリスティーン・フォスター、Alicia Christian Foster、1962年11月19日 )は、アメリカ合衆国の女優、映画監督、映画プロデューサー。

生い立ち
カリフォルニア州ロサンゼルスにて、4人兄妹の末っ子として生まれる。生まれる前に両親が離婚したため母親に育てられた。その後、父親は日本人と再婚。腹違いの妹エイミー・フォスターがいる。役者名の「ジョディ」は、彼女が母親のお腹にいるときから、兄姉たちが呼んでいた愛称である。二人の姉ルシンダ(1954年生)、コンスタンス(1955年生)と、兄ルシアス(1957年生)がいる。

高校時代はロサンゼルスのリセに在籍し、バカロレア資格を取得。フランス語が流暢に話せるので、フランス語版の吹き替えは殆ど自身で行っている。英語圏の女優達の中で、ジョディもキャンディス・バーゲン、ジャクリーン・ビセット、クリスティン・スコット・トーマスらと共に外国語(英語以外の言語)に堪能な数少ない女優の1人である。

高校卒業後はハーバード大学、コロンビア大学などを蹴って、イェール大学に入学した。アメリカ文学を専攻し、トニ・モリソンの論文で優秀な成績(Magna Cum Laude)で卒業したことはよく知られている。

キャリア
子役であった兄の仕事場についていった際スカウトされ、3歳よりコマーシャルに出演し、主にテレビドラマで子役として活躍、一家を経済的に支えるまでになった。

1972年に『ジョディ・フォスターのライオン物語』で映画デビュー。1976年公開のマーティン・スコセッシ監督作品『タクシー・ドライバー』で12歳の少女娼婦アイリス役を13歳にして好演し、全米映画批評家
ジョディ・フォスター(Jodie Foster、本名:アリシア・クリスティーン・フォスター、Alicia Christian Foster、1962年11月19日 - )は、アメリカ合衆国の女優、映画監督、映画プロデューサー。

協会賞助演女優賞や英国アカデミー賞 助演女優賞などを受賞、アカデミー助演女優賞にノミネートされ、高い評価を得た。しかし、この映画は同時に多方面に影響を与え、熱狂的なファンを自称するジョン・ヒンクリーにより1981年にレーガン大統領暗殺未遂事件が発生。この事件に衝撃をうけたジョディは、一時期映画界とは距離を置いた。

1984年公開の『ホテル・ニューハンプシャー』で本格的にスクリーンへ復帰以降、1989年公開の『告発の行方』と1991年公開の『羊たちの沈黙』でアカデミー主演女優賞を受賞。人気・実力共にアメリカを代表する役者の地位を不動のものとした。1991年に『リトルマン・テイト』で、映画初監督。自ら設立した映画制作会社エッグ・ピクチャーズ・プロダクション制作の第一回作品『ネル』(1994年)以降は、映画プロデューサーとして映画製作も行うなど活動の幅を広げている。

私生活
独身であるが、1998年と2001年に男児を出産(父親の名前は公表されていない)。現在シングルマザー。

2007年12月のロサンゼルスでの式典で、15年来の交際がある映画プロデューサーのシドニー・バーナードについて、「いつもそばにいてくれる美しいシドニーに感謝」と謝辞を捧げたところ、マスメディアが「レズビアンである事をカミングアウトした」としていっせいに報道。なお、2008年5月現在、破局したとの報道がなされている。


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                                   デミ・ムーア


デミ・ムーア(Demi Moore, 1962年11月11日)はアメリカ合衆国の女優。あどけなさの残るイノセントなベビー・フェイス、ショートカットと澄んだ瞳の知的な顔立ちと豊満な肉体とのアンバランスが耳目を集め、1980年代後半から1990年前半の米国でトップスターとなった。

ニューメキシコ州ロズウェルで生まれ、女優になるため16歳で学校をやめ、モデルとして活躍。1982年、ソープ・オペラに出演するチャンスを掴み注目されるが、同時に麻薬を使用するようになってしまう。『セント・エルモス・ファイアー』を撮影中、ハイの状態のままセットに現れた彼女を、監督のジョエル・シュマッカーはクビにしたこともあった。その後治療を受けて回復。

1990年の『ゴースト/ニューヨークの幻』のヒットで有名になる。 2003年の『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』では、役作りのために2600万円以上を使っている。[1]

私生活
プライベートでは1980年、18歳のときに最初の結婚をするが4年後に離婚。『セント・エルモス・ファイアー』で共演したエミリオ・エステベスと婚約したが3年後に破棄。1987年、ブルース・ウィリスと再婚し、13年間の結婚生活を経て2000年に離婚。3人の娘をもうけ、女優のルーマー・ウィリスがいる。2005年には16歳年下の俳優アシュトン・カッチャーと結婚した。このとき挙式にはブルース・ウィリスも出席している。

また、モデル時代に撮ったヌード写真が流出したり、妊娠中にヌードを披露[2]したりといったことでも話題になった。プロデューサーとしても活動しており、『オースティン・パワーズ』シリーズのプロデューサーの一人でもある。 また、バービー人形のコレクターとしても有名。

ブログ管理者の意見
ジョディー・フォスターとデミ・ムーア対照的な二人の女優だが実は二人は同じ年で出身地が異なる。ジョディーは子役時代から有名でしかもインテリでもある、一方のデミ・ムーアは派手好きというか奔望な印象を与える。男関係もジョディーは黙して語らず、デミ・ムーアは妊娠した裸体をさらすなど臆する所がない。「女にも色々ある」ところを二人は見せている。
イメージ 1『生きる』(1952年)イメージ 2
酔いどれ天使


イメージ 3野良犬 イメージ 4
羅生門、後方右に千秋実がいる






志村喬という俳優もう亡くなったが私は好きだ、彼との最初の出会いは映画「野良犬」だった、老刑事を演じて若手の三船敏郎は霞んで見えた、三船より15歳も年上で兵隊だった男を笑うのである。鋭い眼光は年配の刑事を見事に出していた、「生きる」では市役所の課長を演じてやくざが支配する市内の排水設備に果敢に立ち向かい完成させて死亡する。

父親にロマンスがあったと勘違いする息子に金子信夫が扮して「葬式に女なんか来なかったじゃないか」と憤激する、志村は黒澤監督の重要なメンバーである、「七人の侍」は海外で見たがその衝撃は今でも忘れない、ストップモーションを遣った撮影技法は新鮮なもので学生仲間と一時話題になったものだ。

忘れられないのが寅さんの映画でさくらを演じた賠償知恵子が結婚するというので田舎から両親を呼び出した、その父親が志村だった。「皆さんに大変迷惑をかけます」朴訥な語りは志村ならではの演技で志村が出たからこそあの映画はものなったと信じている。

日本映画が衰退して久しいが映画を見なくなった国民は可哀想である、その昔は映画から情報を得ていた、私の父は映画を手取り足取り説明をして見ていない人間を喜ばしたそうである、私もその血筋を引いたのか映画では一文も二文も説明が出来る。見た映画の全ての俳優名と監督そしてその時代を説明できる、私が最初に映画を見たのは知り合いの家で映写機を使った「無声映画」だった、音声がないので想像するしかなかったが恐ろしく興奮した。

それから映画館で見たがなけなしの小遣いを映画に払うともう何も残らなかった。そのころ登場したのがテレビでまだ白黒だった、相撲中継ではテレビのある家に人が群がった、力道山が登場して空手チョップで悪役をバッタバッタとなぎ倒した、でも映画の魅力にはテレビは敵わなかった。俳優と監督が一体となり映画は製作される、映画のポスターは町の映画館で大評判だった、次の映画はいつやるのか話題になって人を興奮させた、テレビ時代はそういう興奮はもう味わえない寂しいものである。

森繁久弥は男である

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最近の若い世代は「森繁」と聞いてもピンとこないだろう、その昔日本映画が全盛の時代に活躍した俳優でありコメディアンでありまた随筆家でもあった人物である。

彼は戦前に満州にいた、そこで見聞した出来事は随筆の中に収められた、ソ連軍に占領された町で機関車の運転手と仲間になった、ある日酔っ払ったソ連兵が機関車に乗り込んできた、呂律も回らないでウダウダうるさい、そこで運転手は機関助手に目配せをして1.2.3でソ連兵を持ち上げ釜の中に放り投げた。あっという間にソ連兵は黒こげで二人はすました顔で何も知らないフリをした。

ソ連占領の満州では日本人が日本人に売られるつまりチクられる事件が後を絶たなかった。日本に帰る「引き上げ船」の船中ではその裏切り者が槍玉に上がった、船内で集会が開かれその裏切り者が特定された、夜中に4,5人でロープと布団をもちそっと裏切り者に忍び寄る、いきなり布団をかぶせる、それからロープでグルグル巻きにする、後は甲板に運んで「裏切り者は魚の餌になれ」という言葉と共に海中に放り込まれる。引き上げ船の中ではこの場面が無数に存在したと森繁は随筆の中で書いている。

映画の中では森繁は無数に見たが印象に残る作品は二つある、宍戸錠と共演した「警察日記」と山本富士子と仲代達也と共演した「憂愁平野」のふたつである。
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警察日記では若い警官の宍戸錠と定年間近の老警官を見事に演じていた、写真の女の子は二木てるみで名子役と呼ばれ現在は朗読会で生きる道を見い出した女性である。

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テレビ部門で大ヒットを爆走中のグローボテレビで「インドへの道」が面白い、元々無理なキャスティングだとは思っていたがこれから展開する物語はどうなるのか興味は尽きない、そこで今日は一足お先に勝手に展開を試みる。

マイアとハジこの夫婦はどう考えても不自然、テレノベーラの「定番」を踏み外した夫婦だからだ、私はハジとバフアンの猛烈な喧嘩を想定している、それでないと周囲を巻き込んだ物語は不可能と考えている。近いうちにハジがブラジルに行く、そこではバフアンが待っている、そして運命の対決となる。

妻に聞くとバフアンはマイアの妊娠の経過を知らないだから争いは起こらないと言うが私は反対の意見だ。昨日はバフアンはハジのブラジルの子供の洗礼式に現れた、そこでは母親とバフアンの会話があってしかるべきだと考える、そうなればハジの存在とマイアが出産した経過が明らかになる。バフアンには地獄だがそこでバフアンは少し考えてマイアの出産した時期がどうもおかしいと思う経過があると考える。

マイアが結婚した時期と出産した時期がつじつまが合わない、それにハジのブラジルの女がどうあってもハジに子供の誕生を伝えたがっている、そいうなると物語に一気に面白くなる、三つ巴あるいは四つ巴で物語りは進展しここからは脚本家の力量が問われることになる

物語は進展した、その続きを紹介しよう、ハジはブラジルに出発した、ブラジルの女はそれを察知して空港で待つがハジは一足早くタクシーで空港を去る。女は地団太を踏んで悔しがるが行ったものは仕方がない、電話をかけると出たのはマイアで「うちの旦那になんの用事?」と冷たい、あの男ただではおかないと猛烈に腹を立てる。一方バフアンは対決を用意して待つ、愛しいマイアを奪った男考えただけけで腹が立つ、ネツトでマイアと連絡を取るハジ子供をネットに写すマイア、一見穏やかだがこれから波乱がまっている、ハジの弟はブラジル女に夢中で親から婚約者がいるもっとしっかりしろと叱責されがブラジル女と結婚を約束している、これから一騒動も二騒動もある展開だ、予断を許さない展開となる。

ドラマの言語はポルトガル語で考えながら聞いている、脚本を書いた男はインドを勉強したはずだと思う、習慣と言語に多少は難が見られるがまあそういうものだろうと思う、楽しめるテレノヴェーラである。

悲劇の女優大地喜和子

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1992年10月13日/熱海で自動車ごと海へ転落、泳げなかったので車から脱出できなくて死亡。享年48歳、
下田が舞台の「唐人お吉ものがたり」を下田市で巡演中、劇団員三人と食事後に事故に遭遇した、享年48歳は奇しくも唐人お吉が亡くなった年齢と同じ。

当日テレビでテロップが流れて事故が報道された、水死とは関係者は衝撃だっただろう、彼女は舞台で映画でテレビで将来を約束されていたので私も驚いたものである。妖艶な彼女は映画でも花だった、存在感がある女優は少ない中で凛としたその佇まいは独特の雰囲気を出しあ〜これが大地だと思わせた。

彼女は酒豪としても有名で当日もかなり酔っていたそうである、それが脱出を遅らせ悲劇へと繋がった、同じ俳優の秋野大作と一度結婚したがその後離婚している。

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