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軍旗はためく下に
製作=東宝=新星映画社
1972.03.12
2,638m 97分 カラー シネマスコープ
製作 ................ 松丸青史 時実象平
監督 ................ 深作欣二
脚本 ................ 新藤兼人
原作 ................ 結城昌治
撮影 ................ 瀬川浩
音楽 ................ 林光
美術 ................ 入野達弥
録音 ................ 大橋鉄矢
照明 ................ 平田光治
編集 ................ 浦岡敬一
出演 ................ 丹波哲郎 左幸子 中村翫右衛門 江原真二郎 夏八木勲 山本耕一
スタッフ 監督:深作欣二 脚本:新藤兼人、長田紀生、深作欣二 美術:入野達弥 音楽:林光
出演:三谷昇、内藤武敏、夏八木勲、江原正二郎、藤田弓子、小林稔持、中原早苗、丹波哲郎、ポール牧、関武志、中村翫右衛門
本日の深作まつりは超異色作の「軍旗はためく下に」。1972年に東宝で封切されています。深作監督が自分の金で映画化権を購入して新星映画に持ち込んで作った自主映画です。当時、東映で厭だ厭だと思いながら仁侠映画を撮っていたことに対する鬱憤が溜まってか、その出来栄えは異色のものとなっている。深作作品は常に戦後や焼け跡の匂いを漂わせているのですがこの作品は正面から戦争と向き合っています。
「誇り高き挑戦」で左翼映画評論家から一目置かれていたのもあったんでしょうが、1972年のキネマ旬報2位に選出されています。但し、興行的にはもう一つで、社会派の映画と評価されたのは(当時の映画評論界は、左翼的な作品が評価されており、娯楽性よりも映画の中で如何に政治を語るかに評論の中心がおかれ小難しい作品が高い評価を受けていた。後に売れっ子となる淀川長治は異端とされていた、そんな時代があった。どれだけ東映のヤクザ映画が多くの客を集めようとキネ旬では評価されなかった。)深作監督にとっては決して嬉しいものではなかったようです。その苛立ちは次回作「現代やくざ 人斬り与太」につながっていきます。
主人公は左幸子演じる戦争未亡人。昭和27年、戦没者遺族援護法が制定され、遺族への金銭的な援助が始まった。が、左幸子の旦那の丹波哲郎は戦死でなく、敵前逃亡による処刑であったために”英霊”に加えられることはなく、援護法の規定からは外れていた。しかし、丹波はどのように処刑されたのか、何も出てこないのだ。
軍の命令で処刑されたのなら、軍法会議の判決文ぐらい出てくるはずだ。それが何もない。彼女は金銭的な問題よりも自分の夫が何で死んだのか、「何故父ちゃんは天皇陛下から花をもらえないんだ」(終戦記念日に天皇は戦没者に花を供える)悔しくてどうにもやりきれない。近所から「わずかの銭取ろうと思って」などと陰口を叩かれながら彼女は厚生省に日参していた。幾度、通っても厚生省の返事は「無罪を立証する証拠なし。」が、彼女の粘りは遂に一つの道筋を切り開いた。丹波が所属していた部隊の生存者の中で当局からの照会に返事を返さなかった者が数名いる。彼らなら何かを知っているのではないか、尋ねてみてはどうか。
彼女は次々と彼らを尋ねていく。ある者はゴミの山で養豚場をやり、あるものは漫才師になり、ある者は戦後のメチルアルコールで視力を失っていた。彼らの言う丹波の姿はバラバラでどれが真実かわからない。上官殺害、捕虜処刑、そして人肉を食った話。。。彼らはいまだに戦争の影を引きずり、戦後を送っていた。そして彼女は旦那が上官殺害事件に関与していたことを知る。。
映画の中で横井さんをネタにしたコントが出てくるのですが横井さんが「恥ずかしながら・・・」と帰還したのはこの1972年。なお、この年は沖縄が返還された年でもありました。戦後、既に27年。世は田中角栄の「日本列島改造論」に夢を託し、先進国への道をひた走っていました。ゴミの島で豚を育てる三谷昇がポツリとこぼす、「戦後はごちゃごちゃで自分の居場所があった。が、世の中が綺麗になって俺たちの居場所はなくなった」という台詞が印象に残ります。深作監督が「仁義なき戦い」に託した「もう一つの戦後史を作りたい」という思いはここにも出てきています。
戦争が終わって既に何年も立ち、戦争の傷跡を見つけることは難しくなりました。が、今もなお戦争がもし起こったら、どうなるのかという想像力だけは持っておかなければならないと思う。この映画は決して空想事ではない。飢え死にするぐらいならば、隣の戦友の食料を奪うのがやはり人間だと思う。人間はあさましいのだ。戦争の恐ろしさは人間をそこまで追い込むところにある。左幸子にしても三谷昇にしても顔を真っ白に塗りながら「あそこで死んでればよかった、と本気で思いますよ」と呟く関武志にしても、戦争により心に癒えぬ傷を負い、苦しんでいます。
大多数の人間はどこかで見切りをつけて、戦争を過去のものにしている。が、彼らには見切りをつけることなんかできなかった。深作欣二も15の年に迎えた敗戦に見切りをつけることができず、その鬱憤を映画に昇華していきます。この作品はそうした深作欣二の思いをストレートに出した作品です。
写真もふんだんに使われて、特に序盤の終戦記念日式典はよく使えたなと思います。前進座の中村翫右衛門が戦犯容疑を逃れた上官の役で出演しています。戦前は「人情紙風船」などの山中貞雄の作品に出ており、戦後は左翼の立場から演劇をやってた人で中国に亡命したこともあります。この前進座の歴史も語り始めると実に面白いです。脚本は新藤兼人で音楽は林光。左幸子も深作作品はこれ一本だしね。フィルム状態も悪いし、ビデオもなかなか見つからないと思いますが深作を知る為に欠かせない一作であります。
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