思い出の映画

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
イメージ 11945年4月20日。ソ連軍の砲火が押し寄せるベルリン。ヒトラーとその側近たちは、総統官邸の地下要塞に避難していた。もはや敗戦を疑う者はいなかったが、正常な判断力を失ったヒトラーは、わずかに残った軍勢に戦況の挽回を命じ、惨状をさらに悪化させてゆく。狂気の独裁者を前に、選択を迫られる側近たち。最期まで運命をともにしようとする者、袂を分かって逃亡を謀る者、酒と享楽に溺れて現実逃避する者。そんな一部始終を間近で目撃していた総統付き秘書のユンゲは、ある日、ヒトラーから遺書の口述筆記を依頼される―。

史上最も有名な独裁者アドルフ・ヒトラー。過去、チャップリンの『独裁者』や先鋭的な野心作が、この希代の悪漢をパロディや政治的考察の下に描いてきたが、その人間性を正面から描くことは絶対のタブーだった。そのタブーを当事国のドイツが自ら破ったのが今作だ。内容は、歴史家ヨアヒム・フェストの「ダウンフォール」と、ヒトラーの秘書トラウドゥル・ユンゲの回想録「最期の時間まで」に基づいているが、ヒトラーを人間として描くというだけで拒否反応を示す人々がいるのも当然だろう。

この映画の中で次の台詞が私を捉えた。
「私はユダヤ人を殺した、やつらは人類の敵だからだ!この地球上に存在してはならない民族だからだ。それなのに人は私を責めるなぜだ、恩知らずめ。人のためにやったのに・・・・」。

ヨーロッパには何百年も前から反ユダヤ主義が存在する。ヨーロッパの経済を動かし牛耳っているのはユダヤ人だと信じる人間が多いからだ、ある面では当たっているし別の面では誤解もある。社会の経済、政治、芸術、科学、思想にいたるまでユダヤ人の業績は抜きん出ているので目立つ。それが人々にあらぬ噂を掻き立て妄想へと発展し反ユダヤ主義が生まれる下地を形成した。

ヒトラーがユダヤ人を駆り立てたときに拍手喝采をした人間が大勢いたことは事実である。ヨーロッパ全土でナチスに協力してユダヤ人を突き出した多くの人々、彼らを責めることはできない。何百年も積もり積もった鬱積をヒトラーが取り除いてくれると信じたのだ。しかしナチスは戦争に敗れヒトラーは自殺した、ユダヤ人を突き出した人々は口をつぐみ同情する気配は見せなかった。

現在でもヨーロッパの主な金融資本はユダヤ人の手に中にある、アメリカの巨大資本も多くはユダヤの匂いがする。この映画でヒトラーが語ったことはドイツ人の本音でもありヨーロッパに徘徊する反ユダヤ主義の真実かもしれない。ヒトラーはアーリア民族の優秀性を強調したがユダヤ人もアーリア系のはしくれに位置する。いずれにしても、我らモンゴロイド民族とは別人種の話で影響は少ない。

イメージ 2

イメージ 1 [[attached(2,right)]

年はとっても女は色気で勝負!!男は、立たなくなったら色気ともおさらばだ


セントラルステーション 原題 central do brasil(ブラジルの中央)
リオの中央駅で、字が書けない人のために手紙を代筆している初老の元教師ドーラと、9歳の少年ジョズエ。生まれてから一度も父親の顔を見たことのない少年の、ドーラが書いた父親に当てた一通の手紙がこの二人を結び、人生を変えていく。目の前で母親が車に轢かれ母親をを亡くし、独りぼっちになったジョズエのためにドーラは、この幼い少年を父親の元に送り届ける決心をし、二人はブラジルの美しい風景を背景に父親探しの旅に出る。

最初はうち解けなかった二人の距離も少しずつ縮まり、お互いに忘れかけていた優しさを取り戻していく…。元教師と少年の心のふれあいを描き、ブラジルに初のベルリン映画祭グランプリをもたらした、感動のロードムービー。

ハリウッド映画全盛の時代にブラジル映画など注目されるだけでも珍しいが、これも海外で評判になったから話題を集めただけで、我が国民は欧米映画以外には一般的に見向きもしない。でも掘り出しシネマは意外なところにありロシア、中国、韓国、インド、ヴェトナム、イランなどなどマイナー映画と思われる国に意外な作品が多く埋もれている。この映画はある広告を見て興味が湧き妻を連れて東京の映画館まで出かけた、妻は最初乗り気ではなかった。自国の映画には興味はなかったし主演のフェルナンダ・モンテネグロはひどいおばあちゃんだからだ、「あんなばばぁ・・・」などと悪態を言うくらいだから、なだめた末に連れ出した。

ストーリーとしてはあまり平凡すぎてこれでアカデミー賞を貰うのは無理だと直感した。ただブラジルの大自然の映像は圧巻でカメラワークだけは賞に値すると感じた、台詞のポルトガル語は字幕の日本語と照合して時々とんでもない誤訳に近いのがあったので笑ってしまった。字幕の翻訳は上智大学のポルトガル科卒業生か、もしくはブラジルの在日の日系人か知らないがお粗末である。主演のフェルナンダ・モンテネグロは大ベテランの舞台女優で今年78歳、撮影当時で67歳だったがシュミーズ一枚でベッドに少年と潜り込むシーン、トラック野朗に色目を使って旅の足を確保するシーンでは見事に女の色気を出してゾクッとさせるから感心してしまう。まことに女とは年齢に関係なく魔物であり、だから男は年をとっても生きていたいのだ。
イメージ 1 イメージ 2

ジャン・ギャバン(Jean Gabin、1904年5月17日 - 1976年11月15日)はフランスの映画俳優。歌手としても活躍した。往時のフランス映画を代表する名優で、一癖も二癖もあるならず者やお尋ね者を得意とし、ギャング映画に数多く出演。深みのある演技と渋い容貌で絶大な人気を誇り、特に日本人にたいへん好まれた。

来歴・人物
1904年、パリに生れる。父はミュージック・ホールの役者、母は歌手であり、ジャンも自然に芝居の道へ入った。場末のミュージック・ホールで主に活動し、この時期に演技はもちろん、歌についても相当の修練を経ている。1930年、『メフィスト』ではじめて映画に出演。しばらく鳴かず飛ばずの状態だったが、1935年にジュリアン・デュヴィヴィエが監督となった『地の果てを行く』に出演し、これで当りをとった。以降デュヴィヴィエとのコンビで『ゴルゴダの丘』『我等の仲間』『望郷(ペペ・ル・モコ)』に出演。ことにデュヴィヴィエ=ギャバンのコンビの最高傑作とされる『望郷』の名演によってギャバンはその名声を不動のものとする(ちなみにこの映画のなかでギャバンはシャンソンを実際に歌っていて、ミュージック・ホール時代の面影を彷彿とさせる)。

1937年にジャン・ルノワールの『大いなる幻影』に出演して後は活動の幅を広げ、同監督の『獣人』、マルセル・カルネの『霧の波止場』でも名演を見せるが、第二次世界大戦の激化にともないアメリカへ移住。この時期にはギャバンにめずらしく『夜霧の港』のようなアメリカ映画にも出演している。

戦後、フランスへ帰国。1954年にはジャック・ベッケルの『現金に手を出すな』に主演し、後にギャバンの代表作とも言われるほどの名演を見せる。同作品によってヴェネチア国際映画祭男優賞受賞。1950年代はギャバンの円熟期とも称すべき時期で、1954年のうちにマルセル・カルネの『われら巴里ッ子』やジャン・ルノワールの『フレンチ・カンカン』などにも出演し、いずれも好評を得ている。

1960年代以降は渋い老役を中心に脇役にまわるようになり、『地下室のメロディー』や『暗黒街のふたり』などの重厚な演技が知られる。またこの時期にはシムノンのメグレ警視役を持役にしてシリーズ作品が作られた。原作者も感心するほどのはまり役で、今でもメグレといえばギャバンの印象がつよい映画ファンは多い。

三度の結婚と三度の離婚を経験し、マレーネ・ディートリッヒと浮名を流したことでも有名。気さくなパリの下町っ子らしい性格で、共演者からも愛された俳優だった。1976年11月15日、心臓発作により逝去。

拝啓・天皇陛下様

イメージ 1松竹/99分/1963年(昭38)4月28日公開
原作 棟田博 脚本 野村芳太郎・多賀祥介 監督 野村芳太郎
撮影 川又昂 撮影助手 高羽哲夫 音楽 芥川也寸志
共演-長門裕之・左幸子・桂小金治・西村晃・加藤嘉・藤山寛美・高千穂ひづる・中村メイコ


「男はつらいよ」以外の渥美清の代表作でもある。また映画としてもかなり面白く完成度も高い。長門裕之、藤山寛美はじめ芸達者が揃っていてその演技を見ているだけでも楽しい。渥美清は三度の飯が必ず食える軍隊が大好きな無学な男、山田正助、山正を演じる。

原作は週刊現代に連載されたもの。軍隊内の悲哀溢れるエピソードを点描しながら語り部である「私」こと長門裕之と渥美清の交友が20年に渡って描かれている。「戦争コメディー」の部類に入る映画だが野村芳太郎・川又昴はじめスタッフは決して手を抜かない。野村監督は実際陸軍少尉だったそうだ。砲撃シーンや突撃シーンなど立派な「戦争映画」の1シーンとなっている。 行軍途中に戦死した戦友の片腕を日常の中で焼いているシーンにはぞっとする。戦後18年経ってもまだまだ生々しい記憶がスタッフの心には残っているのだろう。

とりわけ印象的なのが大演習のシーン。山の中腹まで人垣が出来ているロングのカットは圧巻だ。当時はCGもなく外ロケなので書き割りでもない。地平線の遙か彼方まで人影が立ち並んでいる。数百人のエキストラだろう。当時の日本映画、撮影所映画の底力を実感出来るカットでもある。

このシーンでは山正が本物の天皇の“実物"を見る、ここで渥美清は天皇陛下に恋をしてしまう。
「ひゃあー、あれが天皇陛下様かー」「あっ?ありゃ誰かに似とるわい。・・・イヤイヤいけん、神様似とる訳無いわい・・・あーでもよう似とるのー・・・何と優しい顔をしとんなさるんかいのー・・・あれじゃーちっとも怖いことありゃせんわいー」。戦後になっても山正と長門の交友は続く。

山正は言う「・・・わしゃ内地帰って腹立っとるんじゃ。内地のやつら戦争負けた事なんて何とも思っとらん。カエルの面に小便じゃ、なー、米よこせ何て天皇陛下の所へ押しかけてとるんじゃ」。

その後未亡人に恋した山正が一人勝手に妄想してまう所は「男はつらいよ」の原型を見ることが出来る。翌年に製作された山田洋次監督「馬鹿まるだし」も主演のハナ肇が未亡人に恋する下りがあるが、戦時中に死んだ夫と同じ部隊に居たと嘘を言って未亡人の関心を惹くところはそっくりである。

その戦争未亡人に左幸子が山正との縁談を持ちかけるくだりで「どうですか?あの人はとてもいい人で戦争から帰ってきたばかりだし、ひとつ考えてみてはいかがですか」それを聞いた未亡人か顔色を変えて「あんな無教養の人!、私は少なくとも将校の妻でした、バカにしないでください」それを聞いた左幸子は「将校の妻ってそれが何なのですか?いい家の奥様ゼンとして偉そうに!私は人間を見て話しているのです。こっちこそバカにしてほしくないわ!」。左幸子の演技が真に迫っていて思わず画面に身を乗り出すシーンだ。

エピソードの積み重ねで一番幸せなのは山正が中村メイコ演じる恋人を連れて長門宅に来るシーンだろう。二人は結婚をする予定なのだ。幸せ絶頂の次のシーンは映画の定石通り山正の死の知らせのシーンである。山正は酔っぱらって多分駐留米軍の所属であろう大型トラックに轢かれて即死してしまうのだ。

ラスト、文字スーパーがダブる。「背景天皇陛下様。陛下よ。あなたの最後のひとりの赤子が、この夜、戦死をいたしました」。

芥川也寸志作曲のオルゴールの曲が、山正の天皇陛下に恋焦がれるしかなかった、時代遅れの儚い人生を象徴しているようで非常に秀逸だ。

アメリカの好きな俳優

イメージ 1サリー・マーガレット・フィールド(1946年11月6日に生まれ)はアメリカの映画女優で二度のアカデミー賞を獲得している。彼女は1960年代ホームコメディ(飛んでる修道女)の中のシスター・バートリリーとして20歳で二度のエミー受を賞者したことで知られている。ABCの人気番組で家業で手伝う悲嘆する女性指導者としてノラ・ホールデン・ウォーカーを演じて、兄弟、姉妹の中で奮戦する役柄に彼女は現在出演中である。彼女の最新映画は2007年前半に2週連続で人気を集めた。

私生活

彼女は不幸にも6度の離別を経験している。フィールドは長年バート・レイノルズと連れ添っていた。彼女はスティーブン・クレイグと最初に結婚して1968年から1975まで一緒に住んでいた。1984年にはアラン・グレイスマンと結婚した。二人は1993年に離婚した。サリー・フィールドは初婚で2人の息子を持っている。彼女の息子ピーター・クレイグは小説家である。そしてピーターの兄弟エリ・クレイグは俳優とディレクターでもある。彼女の三番目の息子サム・グレイスマンは二度目の再婚で生まれた。
サリー・フィールド写真集:
http://www.imdb.com/gallery/granitz/6163/Events/6163/SallyFiel_Steph_14166256_400.jpg?path=pgallery&path_key=Field,%20Sally

イメージ 2アン‐マーグレットは1941年4月28日に生まれ、5回もゴールデン・グローブ賞を受賞した、アカデミー賞、エミー賞とグラミーを候補に挙げられたアメリカの女優兼歌手兼ダンサーである。
アン・マーグレット写真集
http://movies.aol.com/celebrity/ann-margret/1846/photos/swedish-born-actor-and-singer-ann-margret-sings-on-stage-as-male-dancers-offer/1308862

.
lamerfontene
lamerfontene
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事