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リグーリア州ジェノヴァに生まれる。新聞売り、メッセンジャーなど職を転々としたのち海員学校に入るが、やがて俳優を志してローマの映画実験センターに入所。演劇科で3年間学んだのち監督科に転籍する。ちょい役の俳優や助監督、脚本家として下積み生活を送り、1945年、“Il testimone”で監督デビュー。シチリア人など、イタリア社会の底辺を支える庶民を主人公に、ネオレアリズモの社会派ドラマを次々と発表する。 『越境者』で1951年のベルリン国際映画祭銀熊賞、ヴェネチア国際映画祭セルズニック賞を受賞。また同年、『街は自衛する』でヴェネチア国際映画祭最優秀イタリア映画賞を受賞。自ら主演も兼ねた『鉄道員』(1956年)、『刑事』(1959年)は、映画音楽のヒットとともに国際的に評価された。 その後、寓意的コメディに路線を転向し、『イタリア式離婚狂想曲』で1962年のアカデミー脚本賞、カンヌ国際映画祭コメディ賞を受賞。1966年には『蜜がいっぱい』でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞し、国際的名声を確かなものにした。 俳優としても活躍し、自らの監督作のほか、マリオ・ソルダーティ監督の“Fuga in Francia”、ダミアーノ・ダミアーニ監督の『くち紅』、マウロ・ボロニーニ監督の『ビアンカ』などに主要な役柄で出演している。また、駆け出しの女優であったステファニア・サンドレッリを演技派スターに育てたのもジェルミの功績である。1974年、肝炎のために死去。享年60。 監督作品 Il testimone (1945年) Gioventù perduta (1947年) 無法者の掟 In nome della legge (1948年) 越境者 Il cammino della speranza (1950年) 街は自衛する La città si difende (1951年) La presidentessa (1952年) Il brigante di Tacca del Lupo (1952年) Gelosia (1953年) Amori di mezzo secolo - (III episodio: Guerra 1915-1918) (1953年) 鉄道員 Il ferroviere (1956年) わらの男 L'uomo di paglia (1957年) 刑事 Un maledetto imbroglio (1959年) イタリア式離婚狂想曲 Divorzio all'italiana (1961年) 誘惑されて棄てられて Sedotta e abbandonata (1963年) 蜜がいっぱい Signore e Signori (1965年) ヨーロッパ式クライマックス L'immorale (1967年) イタリア人castagne sono buone (1970年) アルフレード アルフレード Alfredo Alfredo (1972年) イタリア映画を見ると子供のころを思い出す、近所のイタリア人のおばさんが太い腕で洗濯をしていた。おばさんの家に入るとスパゲッティソースの匂いがして空腹だとたまらない気分になる、大概はそこの子供とは友達で一緒に遊んでた。成人して就職したら上司が純粋イタリア人で怒られたりこっちがからかったり、イタリア人は常に私のそばにいた。帰国してイタリア人とも縁が切れた、ただ奥さんが時々思い出させてくれるくらいだ。ピエトロ・ジェルミ監督の映画はなぜか私を懐かしくさせる、イタリア人の雰囲気を届けてくれるからだ。映画の中の俳優のちょっとした仕草にイタリアの匂いを感じる、私自身はイタリアを知らないのに。
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