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58歳差婚!24歳青年、花嫁はなんと82歳 アルゼンチン北部サンタフェで、24歳の青年レイナルド・ワベチェさんと82歳のアデルファ・ボルペスさんが9月29日(日本時間同30日)、結婚式を挙げた。年の差は58歳。ボルペスさんはワベチェさんの母親の友人。母親が9年前に亡くなった後に2人は同居を始め、6年前から「男女の仲」という。 ワベチェさんは「彼女はぼくのすべて。おばあちゃん、母親でもあり、今日から妻になった」と興奮気味。「年の差」カップルへの助言を求められたボルペスさん、「人生は1度。何を言われても気にしないこと」。 MSN産経ニュース ブログ管理者のつぶやき:
彼女はいじわるな質問にこう答えたかった「私は女なのよ〜ん、そりゃあ女が上がったのは30年前だけどさ、男はいいものだし太いの入れられると天国に行っちゃう。子供を何人産んだかって?そういうのは関係ないでしょ?女は死んで灰になるまで「女」なのよ、男なしの生活なんて考えられない」いやあご立派、私は60代だけどあなたとシコシコしたい気分になってきた。別に年寄り趣味じゃないよ、80を過ぎて若い男を夢中にさせるその技術に関心したのである。男を「行かせるベッド技量」とはどういうものか一度拝見したいね。日本では70歳過ぎた温泉芸者がいて、酔っ払った男に色目を使って布団に誘い込んでシコシコやって「現役」だとうそぶいている。男とはだらしがなくて酒を飲めば女ならば年も気にしないで抱けるとあらば猛突進する、女は下半身で勝負と言われる。ばああ芸者が商売になるのも、そういう男の本心を見抜いているからだ。 |
時事放談
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フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より ダニエル・ケン・イノウエ(Daniel Ken Inouye、漢字: 井上 建、1924年9月7日 - )は、アメリカ合衆国の政治家。元アメリカ陸軍将校。上院議員。第二次世界大戦時は、アメリカ陸軍に従軍し、数多くの栄誉を受けた。アメリカ陸軍での最終階級は陸軍大尉。 生い立ち 1924年に日本人移民の両親の元、当時アメリカの準州であったハワイのホノルルで生まれる。その後ホノルルの高校を経てハワイの名門大学であるハワイ大学マノア校に進学した。
第442連隊の英雄 [編集]
ハワイ大学在学中の1941年12月に日本軍による真珠湾攻撃が行われ、アメリカが第二次世界大戦に参戦した後は日系アメリカ人として人種差別待遇を受けるものの、アメリカ人としての忠誠心を示すためにアメリカ軍に志願し、アメリカ陸軍の日系人部隊である第442連隊戦闘団に配属され、ヨーロッパ前線で戦う。フランスにおけるドイツ軍との戦いにおいて右腕を失うものの、多くの部隊員とともに数々の勲章を授与され帰国し、日系アメリカ人社会だけでなくアメリカ陸軍から英雄としてたたえられる。陸軍大尉で退役後、ハワイ大学に復学し1950年に同大学を卒業しBA Government and Economicsを得、その後J.D.を得るものの、右腕を失ったことにより、当初目指していた医学の道をあきらめることになる。 日系人初の上下両院議員 その後は政界に進出し、1954年には準州であったハワイ議会の議員に当選した。1959年には民主党からハワイ州選出の連邦下院議員に立候補し当選し、アメリカ初の日系人議員となる(1959年-1962年)。 その後、1962年には上院議員となり(同じく第442連隊戦闘団員であったスパーク・マツナガも下院議員に当選する)、戦時補償法の制定などに尽力する傍ら、1973年にはウォータゲート事件と1987年にはイラン・コントラ事件の上院調査特別委委員長となり注目を浴びる。アメリカ軍の予算に大きな権限を持つ上院歳出委員会国防小委員会の民主党長老議員として、エリック・シンセキ大将の陸軍参謀総長就任に尽力している。 現在 現在も民主党の上院議員として上院歳出委員会の国防小委員会で上級委員を勤める他、カリフォルニア州ロサンゼルスの日本人街リトル・トーキョーにある全米日系人博物館の理事長を勤めるなど活躍を続けている。2000年6月21日に、陸軍殊殊勲十字章、銅星章の受賞理由が見直され、軍人の贈られる最高位の勲章である名誉勲章を受章したほか、2007年11月、フランス政府からレジオンドヌール勲章(シュヴァリエ)を授与された。 イノウエは、1980年代に、日米間の貿易摩擦が政治問題化した際には、リチャード・ゲッパートなどと共に、対日批判の急先鋒として立ち回ったが、現在は日本に対して融和的で、中華人民共和国や韓国が主張する「従軍慰安婦・強制連行説」に立脚するアメリカ合衆国下院121号決議に反対し、この動きが上院に波及しないよう牽制した。1996年に前妻と死別し独身となっていたが、2008年1月29日に「全米日系人博物館」館長 アイリーン・ヒラノと再婚した。また、2008年アメリカ合衆国大統領選挙においては、ヒラリー・クリントン上院議員を支持していた。 栄典 アメリカ合衆国名誉勲章 フランスレジオンドヌール勲章シュヴァリエ
著書 [編集]
「ワシントンへの道」(原題:Journey to Washington)
関連項目
日系人の強制収容 スパーク・マツナガ マイク・ホンダ 全米日系人博物館
外部リンク
ウィキソースに名誉勲章感状の原文があります。ダニエル・ケン・イノウエプロフィール United States Senator Daniel Inouye 公式サイト 全米日系人博物館 ダニエル・イノウエ氏の解説: アメリカでの442部隊の活躍はあまりにも有名でその武勇伝は64年が経過してもいささかも衰えない。アメリカでは大正時代の終わりに突然日本人排斥運動が高まった、これはアメリカの日本に対する警戒心が頂点に達して、それが民間人に広まった結果であった。それで在米日本人ならびに日系人の間ではアメリカに忠節を示すために若者の間で進んで入隊しようとする動きが高まった。それに対して激怒したのは一世である日本人だった、日米が風雲急を告げるときに入隊するとは何事かと日本人は激怒した。そして真珠湾攻撃でアメリカと日本は敵同士になってしまった。 日系人の若者はアメリカに忠節を求めて右往左往していた、そこで日本人はこう述べた「アメリカに忠節をつくすのはよい、ただし日本兵に銃を突きつけるのは許さない、天皇および日本国民に敵対することだけは止めろ!、欧州戦線ならば行ってもいいが、それだけは忘れるな」こうして日系の若者は100大隊および442大隊を編成した。そして地獄のような欧州戦線で信じられない働きを見せた。対日本戦では日系人は兵隊でも通訳や後方支援の任務でアメリカ軍を助けた、その様子は山崎豊子の「二つの祖国」で詳細に語られている。日本人は仲間内では殺し合いをしないという不文律はこうして守られた。
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【正論】政治評論家・屋山太郎 象徴的政策での妥協は「信」失う ≪例のない決定の早さだが…≫ 鳩山政権が誕生してほぼ50日になる。政権の評価は100日経たないと定まらないというが、政権運営や決定が過去のどんな政権に比べても早い。このため現時点で指摘しておいた方が良いと思うことが多々ある。民主党政権は“政権交代”のスローガンで勝利したが、最高の価値は「官僚内閣制」を終焉(しゅうえん)させ、立法府が主導権を持つ「議会制民主主義」に“体制”を変えたことだ。官僚内閣制は明治以来続いている官僚主導の体制で、その象徴が「事務次官会議」だった。 閣僚から成る閣議は、すべて次官会議で決定した案件を追認するだけだった。鳩山内閣はこの明治19年以来続いていた次官会議を123年ぶりに廃止した。八ツ場(やんば)ダムの工事中止、羽田のハブ(拠点空港)化など重大な政策決定が即断即決で行われているのは官僚の“了承”を必要としない政治運営に改めたからだ。全体の政策の整合性をとるために、菅直人副総理が担当する「国家戦略室(局)」と仙谷由人氏が担当する「行政刷新会議」が設置された。政権運営は年末の予算編成を目指して急ピッチで動いている。走りながら考えているため、新たに設置された組織の機能がまだ定まっていない。 民主党政権の時だけに限った組織なのか、法的に裏付ける恒久組織になるのかはわからない。政治主導を担保するつもりなら恒久組織としての法的裏付けがないと、政権が代わると元の次官会議が復活してくる可能性がある。次官会議には法的根拠がないにもかかわらず、戦後も国会に“無断”で続けられた歴史がある。 ≪予算も政治家の独自判断で≫ 目下、仙谷氏の刷新会議で各省が持ち込む予算の絞り込みをやっているが、官僚から政策についてヒアリングを受けるなどは禁物だ。私はかつて十数年にわたって政府の行政改革推進審議会で特殊法人整理の仕事に携わったことがあるが、官僚と議論して「不要」の結論が導き出されたことはない。したがって政策に要する予算がどの法人を通じて流されるかに着目し、政治家が独自の判断で要、不要を決定するしかない。 かつて1人当たりのGDP(国内総生産)が世界一といわれた日本がなぜ社会保障政策の面で、先進国のドン尻の方にいるのか。派遣切りになって宿舎もないというような労働政策をとっている先進国はどこにもない。日本の国家経営の方法は技術開発を中心とした外需で稼ぎ出し、その儲(もう)けを米価引き上げや道路、空港、港湾に注ぎ込んで地方を活性化させるというものだった。外需で稼げなくなってもコンクリート工事を続行した結果が800兆円に上る国の借金だ。一方で老後が不安なばかりに国民は1500兆円もの金融資産を抱えている。 自民党の国家経営の失敗に対して民主党は「コンクリートから人へ」の政策転換を図った。八ツ場ダムやハブ空港あるいは子ども手当の支給はその政策転換の象徴であって、この象徴で妥協するようでは信を失う。日本郵政社長人事で元大蔵次官の斎藤次郎氏をもってきたのは「天下り根絶」の方針に反する。 ≪度し難い首相の外交感覚≫ 度し難いのは鳩山由紀夫首相の外交感覚である。鳩山首相は米国が求めている米軍普天間飛行場の名護市キャンプ・シュワブへの移設問題をオバマ大統領の来日(11月12日)後まで漫然と延ばす風情だった。ゲーツ国防長官が来日し、日米合意の履行を迫っても「政権が変わったから見直してもよい」と思っていたふしがある。一方で東アジア共同体構想の具体化に熱心で、日中韓を中心に「EU(欧州連合)のような共同体を作りたい」という。この態度は米側に「脱米入亜」路線をとるのかとの疑念を抱かせた。ゲーツ長官が来日して明快に米国の意思を伝えたにもかかわらず、この感度の悪さは信じ難い。 その理由を考えると鳩山首相の外交ブレーンといわれる寺島実郎・日本総合研究所会長の影響があるのだろう。同氏は文藝春秋10月号に「米中二極化『日本外交』のとるべき道」という論文を書いている。日本は「米国追随」から決別し、真に「自立」しろ、というのである。「日本がまだ『核の傘論』に拘泥していくことは、二十一世紀の世界秩序形成に全く噛(か)み合っていません」ともいう。 ゲーツ国防長官は日本から韓国入りし、核実験やミサイル発射実験を繰り返す北朝鮮に対処するため、米国が韓国に「核の傘」「通常戦力」「ミサイル防衛(MD)」など「あらゆる種類の軍事力」を提供するとの共同声明を発表した。寺島氏は韓国が核の傘を求めるのは「二十一世紀の世界秩序に噛み合っていない」というのか。寺島氏の国際情勢認識はまさにど素人の発想で、この理論を現実の外交に持ち込む鳩山首相の外交感覚を疑う。EUが共同体結成に至ったのはキリスト教というベースがあったればこそで、日中韓にどのような共通のベースがあるのか。(ややま たろう) MSN産経ニュース 時事問題解説
日本人の外交感覚が変わったとは私は考えていない、日本人は戦前より”盲目状態”で先を見る眼力がないために戦争に突入してそれで国家は消滅した歴史を持つ。古くは坂本龍馬がこの今日の日本を予測して「国は滅びる」と警鐘を鳴らしたのは有名な実話である。下田の港に蒸気船が突然現れたときから、日本人は上へ下への大騒ぎを演じ「大八車に家財道具を満載して逃げ出す」のが事の始まりだった。それから150年ほど経過したが、日本人は少しも変わらず当時と同じように悠然と構えている。 |

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伊藤博文と歴史をもっと知ろう 日本では戦争特に昭和史の研究はおなざりにさている、日本の夜明けはこの研究成果によって大きく左右される。日本人は歴史を顧みず、自国の歴史にすべて無頓着であると言われる、そのような態度では他国のことも分かるはずがない。昭和史を深く掘り下げて研究すれば日本人の全体像が浮かび上がるが私の持論である。 自国の歴史を知ることは人間として当然なことで、知らねば恥となる、歴史上の人物として伊藤博文を記事で取り上げた、彼を暗殺した朝鮮人の安重根は韓国では英雄だそうだが、日本人から見るとただの暗殺犯でその前後関係を知らないと大恥をかく。韓国人つまり朝鮮人は「日帝36年の恨み」を教育の基本として子供たちに教えている。これに対して日本人が反論を加えた事実を私は知らない、つまりどうでもよいことで過去の歴史を振り返る人物はいないという意味である。 日本人の行動様式と思考パターンは昭和史に凝縮されている、それを解明するのにはそのずっと前の幕末まで遡って研究する必要がある。坂本竜馬が暗殺される直前に盟友の中岡慎太郎と大激論を交わしている、坂本は「天皇はその座から降りていただく」と述べた、それを聞いて目を剥いたのが中岡で「おぬし天皇がいない日本でどうやって民をまとめていくのじゃ、阿呆なことを言うでない」と答えた。しかし坂本には独特の持論を展開する「天皇には必ずや取り巻きの連中ができる、そいつらは必ず天皇を利用しようとする、つまりうまみがあるから利用するだけで、天皇は操り人形というわけだ」 この坂本の指摘はその後の日本の針路を予測するもので、大正、昭和の歴史を見事に言い当てたものだった。坂本と中岡は暗殺され犯人は不明だと言われる、坂本の妻のおりょうは女手ひとつで生きていくわけにも行かず、その後神奈川の家に後妻で嫁いだ。 |
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【戯言戯画】福島瑞穂 元祖チルドレンも大臣に 若き日の鳩山夫妻 答弁メモ作成は「官房長官指示」だった? 2009.10.28 01:10 指示を受けた省庁の幹部によると、内閣総務官室は22日付で各省庁の担当者に対し、文書で「答弁メモ」の作成を依頼した。その際、総務官室は口頭で「官房長官の指示」だと断ったうえで、官房長官のための答弁メモを作成する際には、答弁内容に続けて、関連する与党の政策合意や衆院選マニフェスト(政権公約)の抜粋を記載することを指示した。 この内容は、複数の省庁がこの指示をそのまま、総務官室からの「口頭指示」として、電子メールで関係部局に通達していたことから判明した。一方、総務官室が27日、各省庁に答弁メモの作成を指示した全文書の廃棄・削除を要請したことも分かった。指示文書、メールなど電子データのいずれもが廃棄対象となっている。 ただ、総務官室は省庁に対する「口頭指示」について「官房長官の指示だとは言っていないと思う」と否定している。平野氏も27日の記者会見で、指示文書を自ら決裁したかどうかについて「決裁する立場にはない。過去の慣例で(総務官室が)出したということだ」と述べ、関与を完全に否定した。 MSN産経ニュース 言いたい放題
昨日のNHK番組で鳩山総理の「融和の政策」が報道されていた。融和の政策を受け入れない国も多いことを考えればこれは国際社会での"勇み足”と取られることも考えられる。日本人が主張する融和の精神とは敵に塩を送る行為で(馬鹿ではないか)と考える国も多い。韓国それと北朝鮮にはこういう精神は笑われる、敵を潰して「なんぼ」の国では日本は格好の標的である。国際社会とは力がすべての世界で、日本的な精神主義は笑われる対象となる、鳩山さんしっかりしてほしい、日本の舵取りを誤れば「日本丸」は沈没してしまうのですぞ。 |




