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パソコンとネットトラブルで1週間パソコンを離れていた、ようやく復旧し戻った。 人間は様々なものである男に注目している、一級建築士の資格を持ちながら現在は生活保護費で生活する哀れな人間、この落差をどう説明してよいのやら私には分からない。
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時事放談
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世の中はとてつもなく広い、私が常識と信じていたものがある日突然ガラガラと崩壊するとは思いもよらなかった。常識とは100人いれば150くらいは存在する、そう考えれば納得できる、万人に理解されるような常識とは存在しないとある男ら指摘された。彼は実を言うと「日本万歳」の国粋主義者で、昔の日本の戦争の敗北を絶対に認めない。それどころか日本が勝利したと頑なに信じている、私は説得を試みたが無駄な努力で終わった。以下に彼との問答を抜粋して記す。 昨日まであった記事が削除されている、男は尻尾を巻いて逃げ出したのかもしれない、「ブロぐ開設しました」と言いながら、最初に私に噛み付いて逃げ出すとは根性のない男である。保守派の論客が聞いて呆れるがこうなれば彼の意見はどこまで本気でどこから嘘だったのか今となっては確証が掴めない。私はブログ初心者にしては物言い、書き方が無礼であると抗議した。すると突然物腰が柔らかくなり驚いた、「そういう歴史解釈は聞いたことがない、戦争の事実は私が書いた通りでそれが常識となっている」と書くと「あなたは出鱈目の歴史を学んでいる、日本が中国に負けたとか、東南アジアで敗北したなどの歴史は間違いである、それどころか日本勝利の歴史資料ならいくらでも存在する」と一歩も引かない。
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戦争の事実はすでに出尽くしたと思っていたが、保守派ではとんでも主張が一人歩きしている事実を突き止めた。ある男が私の記事に噛み付いてきて、「日本は中国やアジアでは負けた戦闘をした記録は何処にも存在しない。私達は保守派の一角を構成するもので、国防委員会の一員でもある。また海外にも広く出かけて日本は偉いと感謝されている。不詳私は藩の重臣の末裔で、名誉な仕事をさせられている誇りがある」と言うではないか。私は戦争の記録を事実だけを紐解いて、日本はやってはならない戦争に突入した、それで7名のA級戦犯を出して連合軍に死刑に処せられたと述べたが、彼には馬耳東風で聞く耳を持たない。 これほどの頑固さはどこから来るのだろうか、保守派の中で恐ろしい改革が進行中で、例の田母神前統幕議長をまるで神のように崇めたてまつる様は異常というしかない。彼の意見は日本は勝利した、それで我々はこの勝利を不動のものにするために日々行動するという異様なものだった。ここまでくると異様と言うよりは異常で彼の精神状態を分析したくなる。何がそこまで彼を追い詰めたのか事実を知りたい、しかし彼は大真面目で自説を曲げる様子はいささかも感じられない。 人間が異常と狂気に追い詰められると正常な判断など出来るはずがない、恐らく戦時中の日本人は多分そうであったと髣髴とさせる狂気の沙汰を彼は演じている。「日本は負けていない、それを我々は確信した、後はそれの実行のみで海外にも大いに宣伝する、お前はガイジンである、そういう人間は次々排除していく,以上」
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世の中は不公平である、私は体重75キロで男として重いほうだが妻は船舶で言うところの「総排水量」が95キロで勝負にならない。おまけに身長も3センチ高くて世間では「蚤の夫婦」と呼ぶそうな。 妻と結婚した当時は気にならなかったが、時間が経過するにしたがってこの差は現実問題として私を苦しめている。妻の体重オーバーを私のせいにして妻は左団扇なのである、これはどう考えても許せない。妻の体重は男のせいだと言われて黙って引き下がるほどお人よしでは談じてない!男には家のことも書類整理などやることが山積みで、美容教室に通う暇などないのである。 妻を先に風呂入れると大変だ、「総排水量」が全然違うので、私が入ると水がガバガバで水を足さないと風邪を引きそうである。いつも猛烈に腹が立つ、体重差は20キロで相手は「巨大な戦艦」で私は小型の水雷艇ほどしかない、これでは最初から勝負にならない、それで風呂には私が最初に入ると決めたが相手が承知しないのも問題である。
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不詳の娘が結婚しアメリカで最初のお産となった、妻はいそいそとお産の手伝いにアメリカに出かけた。私は3ケ月もかかるとは夢にも思わなかった。その妻の在米中の出来事をここに記す。 妻はシアトル郊外の娘の家に滞在した、生まれたのはとてつもなく大きな女の子で体重が4500グラムもあり生まれたてで生後数ヶ月の顔していた。シアトルの海軍病院で娘婿が空母で長い航海に出ていて、妻は親族として代表に選ばれた。それでへその緒を切れと言われてびっくり仰天、アメリカでは名誉なことだそうでそれでハサミを入れた。4500グラムはどでかい、お産の一部始終は旦那の妹がビデオカメラに納めた、「今度は私の番ね」と妹は喜んでその後すぐに結婚した。直後に離婚して現在は再婚して1児の母である。 妻はシアトルの浜辺で巨大な「牡蠣」を発見して大喜びした、同行した娘婿の両親に「すごい牡蠣よほら食べなさい」と進めた、ところがそれを見た両親は「ノーノー」と後づさりを始めてさっぱり要領を得ない。妻には理解できなかった、娘の家に帰り事情を説明した、「それは当然よ、あんな気持ち悪い貝を食べるなんて気色わるい」娘は日本には3年しかいなかった、それで牡蠣料理など一度も口にしていなかった、妻は15年もいて日本料理なら大概は口にしていた。アメリカ人は牡蠣を食する習慣さえない、その時に気がついた。 日本では海の食物は豊富に存在する、海草、天草、牡蠣、ナマコ、タコ、イカ、それらの海の幸を日本人は上手に加工して毎日の食卓に上げている、アメリカは牛肉の産地で分厚いステーキは食べるが、海の食物を食べる習慣はなく、それで両親は牡蠣を進められて後ずさりしたという訳だ。妻の話によればシアトル海岸で牡蠣を取っている民族はフィリピン人が主で中国人が少数いるだけであるという、これを参考にすればアメリカで牡蠣を食する民族はアジア系民族が少数いるだけだということが理解できる。
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