エッセイ

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彼は肩で息をしていた、嵐は過ぎたこれからどうするのか見当もつかなかった、藤岡は裸で天井の1点を凝視していた。側に脱がした着物とショーツがあった、今更逃げる手立てはない、彼は突然正座して頭を下げた。

「すまない、俺はどうかしていた、責任は取らせてもらいます」

それから着物とショーツを取り上げて藤岡に着せた、ショーツは彼女の大腿部を持ち上げてはかせた、着物を着せながらなぜか力はなかった。しばらく沈黙の時間が流れた、何をどう言えばいいのか分からなかった。

「責任?どういう意味かしら」

「つまりその・・・男が責任を取る意味は・・・ということ」

「はぁ?」

これでは会話ではないと男は思った、情けないことに男は女に許しを求めていた、男は突進するときは考えないもので終わってからグダグタ言うとは、それでも男である。罰は甘んじて受けるその覚悟は出来ている、あとは女次第でどう転ぶか分からないが警察沙汰は御免である。

「男なんて久しぶり、長い間忘れていました」

ボソっと藤岡は呟いた、それから身ずくろいを始めた、彼は呆然とそれを眺めていた、言葉を失った男は哀れである、シューと音を立てて帯を巻いて着物を着る、藤岡は何もなかったような表情で身支度を済ませた。

「芸者をやっているときには男はいました、でも商売を替えてからは男とは無縁になったの」

そう言うとニコっと微笑んだ、彼は言葉を失った、どつかれても文句は言えない、そう思っていたから彼女の言葉は以外だった、責任を取るといってもこれといった妙案は浮かばない「勘弁してくれ」と土下座することも考えたが問題の解決にはならないだろう。藤岡のさばさばした言葉が意外で拍子抜けしていた、男は最後には責任を取るものだという古い感覚を持っていたからさてこれからどういう解決策があるのか見当もつかない。

気まずい雰囲気の中で自宅に帰った彼はそれから2ケ月後に電話を貰った。仕事の電話だと思ったが意外な人からだった。懐かしい藤岡の声だった、彼は忘れてはいなかった、責任問題は不問で帰ったからである。

「突然ごめんなさい、特に用事はなかったのだけどある報告をあなたにしようと思って」

「懐かしいね、私もあなたのことを考えていたんだ、問題は未解決で帰ったからね、で、報告とはどんなこと?」

「私ね”妊娠”してます、父親はあの日のあなた、どうしようかと悩んでいます」

彼は咄嗟には言葉が出なかった、茫然自失というか表す言葉が見つからない、それ行け行けの結末が妊娠とは話がうますぎる、どういう風に答えればいいのか誰か教えてくれ。女を妊娠させれば簡単だ、その責任を取ればいいだけの話である、彼も女も子供はいない、天から授かった宝物かもしれない。

「驚いた、一発で命中とは私も捨てたものではないな、悩むことはないよ無事に出産を考えて」

「でも出産ということになると問題が多数出てきます、私は仕事ができないし子供には父親が必要でしょ?」

「僕があなたと結婚すればいいの?それには僕の仕事の関係でここを離れるわけにはいかないし」

「結婚してくれるの?嬉しい、当分は”通い婚”になるけど我慢してね」

「通い婚かどこかで聞いたことがあるよ、ウム、僕が有馬温泉に通えばいいのか、まぁ仕方ないか」

彼がこうして責任を取った、妊娠が問題の解決策をもたらしたのである、猪突猛進も意外な結末を迎えた、42歳の女を抱いて腹ぼてにした、多少は遅い妊娠だが贅沢は言えない、しかし一発で命中とはこっちのほうが驚きでこれから女を抱く夢を見ることになる。
原田時男はカメラマンである、写真を撮影して雑誌社や出版社に売り込む、売れるカメラマンではなかったがそこそこに生活は出来た。45歳で独身、結婚は30代までは考えたが40過ぎるとどうにも面倒になった、写真は持ち込めば売れたし贅沢はできないが食べる分は稼いでいた、ある雑誌の依頼で温泉特集を組むと言う、そこで彼は有馬温泉に目をつけた、華やかな温泉の気分もありしなびた風情も併せ持つ空気もある温泉である。

彼は身軽に有馬温泉に出かけた、構想として温泉の表看板としなびた風情をカメラに収めようと考えていた。雑誌の依頼の構想は充分に心得ていた、有馬温泉の旅すがら何を被写体に収めるか考えていた。

イメージ 1


温泉に到着すると早速宿を予約した、旅館では夕方になると仲居さんがやってきた、てきぱきと事務的に用件を済ませると仲居は消えた、40歳くらいの若作りの女性だった、妙に印象に残る人だった。翌日彼は早速温泉街に出かけた、看板になる写真としなびた風情を求めて歩き回った、夕方宿に戻った昨日と同じ仲居が応対した、彼は興味を持って仲居に聞いた、藤岡という名前だった。

「藤岡さん有馬温泉はあなたは長いの?」

「私は根っこが生えています」そう言うと彼女は笑った。

「というと随分長いわけだ、もしかしてここで生まれたとか?」

「生まれは北海道です、それかから流れ流れて有馬に到着しました」そう言うと彼女は微笑んだ。

彼は温泉にはいろんな人間がいるからなと思った、この女も訳ありの女なのかもしれない、もう少し聞いてみよう、勘ぐられては仕事に差しさわりが出る、まぁ気楽に聞けば許してくれるだろう。

「北海道からここ有馬に?随分長旅だね?」

「若いときには芸者置屋に実を寄せて温泉芸者をしていました、でも年を取ったので商売替えをしたんです」

「元芸者なの?へー驚いた、で、なんで止めたの?」

「華やかな売れる芸者じゃなかったんです、旦那も持たなかった、私は器量悪いですから」そう言うとコロコロと笑った、それが彼の興味をそそり益々深入りしようと思った。

「訳ありの人だと思った、芸者から仲居さんとは随分な方向転換だ、結婚はそれに子供はいるの?」

「旦那も子供もいません、売れる時期を逃したんです、お客さん奥さんはいらっしゃるのでしょ?」

「いや独身だよ、買い時にうっかり買うのを忘れてね」なんとかごまかしたつもりだったが女はかすかに笑った、やれやれこれで恥をかかずに済んだか、そう思うとどっと疲れが出てきた、なんとか仕事を終わらせて帰りたいものだと思った。

彼は有馬温泉に1週間滞在した、仕事はうまくいった、ところが思いがけないハプニングに遭遇した。それはハプイニングとしか言いようがないもので彼の運命まで変えてしまうことになる、藤岡は彼と懇意になり色々話してくれた、彼に下心があったわけではない、でも運命のいたづらか二人は急速に接近していた、お互いに秘める思いがあった訳ではない、それは「空気の流れ」としか説明できないものである日彼は突然ガバッと藤岡に接吻してしまった。

びっくりした藤岡は彼をじっと凝視した、大きく眼を開いて何が起こったのか説明を求めていた、次の瞬間彼はいきなり藤岡の着物を脱がし始めた、帯を解き下着に手をかけた、下着は着物用の薄いショーツでブラはなかった、両足を押し広げて強引に割り込み恥部に手をかけた、それは男そのままの振る舞いで女に嫌とは言わせない強引そのものの行為だった。「ア、アア、」藤岡は声を出した、彼はそれ行けそけみたいに押しまくった、藤岡は目を大きく見開いて声を出していた、このとんでもない朕入者に拒否する力を失っていた、私の大事な「操」を奪う憎い奴、殺してやる。
ポン太は中型の柴犬でオスである、毎日飼い主の目を盗んで気ままに散歩していた、時にはメス犬にのしかかって思いを遂げようと試みるが大概は大型犬に邪魔されてうまくいかない、このクソッタレ大型犬め覚えてろ。ある日散歩を楽しんでいたがそこに大型犬が通りかかった、ポン太は無視してやり過ごそうとしたがその日の大型犬は様子がおかしかった。

いきなりポン太のほうに方向を変えるといきなりのしかかってきた、なんだこの野朗頭がいかれたのか、すると大型犬は腰を押し付けてきたヤバイ逃げろ、ところが前足で肩をがっしり押さえつけられて身動きできない、そのうちケツの穴に挿入し始めた俺はメス犬じゃない止めてくれ、激しいピストン運動が続いてドバーと爆発して俺のケツは大型犬のザーメンまみれにされた。

俺は腹が立って猛烈に吠え立てたしかし大型犬は平然としたもので満足そうに俺の顔を舐める、オスとメスの区別もつかないバカタレ犬め、メスの”あそこ”とオスのケツ穴は違うはずだ、入れたら同じだって?冗談じゃないクソが通る道と子供が通る道は同じはずがないではないか。

それ以来散歩で外に出たときには大型犬を見つけると猛烈に吠える、それから噛み付くようにした、たまには逆襲されたりもするがまたのしかかれることを考えると予防処置である、俺のケツを掘ろうと考えるなよこのクソッタレ犬め、掘る相手を間違えて俺の場合は災難だったと諦めろバカ犬めが。

対談「人間の条件」

「世界」(2007年2月号、「世代を超えて語り継ぎたい戦争文学」)要約
この書き物は、雑誌記事の要約みたいなもので、エッセイなのかどうか曖昧である。しかし、要約するにも、する人間の考え方が現れるし、そして、そんなことも含めて普通でないとして、「絶學無憂」の部に納めることとした。

雑誌「世界」の2月号が「教育」問題を特集していたので手に取ってみたら「世代を超えて語りつぎたい戦争文学−作家と作品」という対談による連載がこの号から始まっていた。澤地久枝さんと佐高信さんの対談。その第1回が、五味川純平の「人間の条件」である。

最初の問題提起で澤地さんは、述べておられる:教育基本法を変え、防衛庁が省へ昇格し、憲法改変が日程に上る今、国立大学の学生でも例えば大岡昇平を知らないような状況がある、「忘れられ埋没してしまいそうな戦争についての文学者の証言、その作品を読むことから、若い人たちに戦争を直視し、戦争を考える姿勢が生まれることを望む」と。

佐高さんは、述べておられる:山形の農民詩人の『木村迪夫詩集』から「祖母のうた」を引き、その祖母が、「みくにのおんためすすみゆけ」と送り出したふたりの息子が戦争で死んだと知って三日三晩泣き通し、「天子さまのいたずらじゃあー/むごいあそびじゃあー」・・・「うずのわかしゅういまごろは/さいのかわらでこいしつみ」と絶唱するのを思いつつ、この対談から、どこを学ぶべきなのかに光を当てたい、と。

以下、対談からさわり部分を私なりに抽出しておこう:

「忘れられた作家」
澤地:1956年7月〜58年1月に新書で全六部が出て空前の大ベストセラーになった。あの時代の中には、五味川さんの書こうとする動機とすさまじいまでの熱気があった。しかし、その後、高度成長を経て、戦争中に良心的な生き方を貫こうとして傷だらけになり、死んでいった男の物語は忘れられてしまった。五味川さんは、「梶は死ななければならないんだよ。生き残れないんだよ」と言っていた。

「おいたち」

澤地:五味川さんは、大連近くの柳樹屯に1916年3月15日に生れ、大連一中を経て、満鉄奨学金で商大を出て、肉体労働を経験したりして大連に戻る。2・26事件の年に東京外国語学校に入るが治安維持法で捕まり、そこでの経験は後々まで影響を与える。義兄のコネで鞍山製鉄所(後の昭和製鋼所)に就職。どうして軍需工場に入ったんでしょうね?

佐高:五味川作品を読んでいて安心するのは、登場人物がすごく迷うところ。就職にあたっても、気弱く頼んだのかも知れない。

「梶は一%の事実、九九%の理想」

佐高:梶のモデルは?

澤地:三分の一くらいは経済学者の隅谷三喜男さんとされている。隅谷さんは、東大でのエリートなのになるべく底辺にいようとして中国人の家に下宿した。隅谷さんにうかがったら「一%は事実かもしれないが九九%はかくありたいという観念の中でつくったものだ」と。

佐高:作中で中国人が逃げ出してつかまる。一人目が斬られ、二人目が斬られ、三人目の前で梶が止めに出る。あれは、当時の軍隊としてはあり得ないだろう。

澤地:自分はこわくて「やめてくれ」と言い出せなかった、と言ってました。何人かのあとに出て行って、結局憲兵隊送りになり赤紙が来る。しかし、出て行かなかった梶を、映画では有馬稲子扮する楊春蘭は、結婚するはずの相手が殺されたんだから許さない。自分の目の前で罪のない人間が首を切り落とされるのを止められなかった事実から終生逃げられなかった。

佐高:加害者と被害者が入り交じった複雑方程式ですよね。

「文壇に黙殺された『一匹狼』」

佐高:九九%の理想といっても、その持つリアリティを伝えるため、綿密なディテールを描く。すると、どうしても猥雑にならざるを得ない。それをもって隅に追いやられたんじゃないか。

澤地:でも、現実のほうが小説を遙かに上回る。人間のなかには想像を超える陋劣なものがある。

佐高:五味川さんは、闘って闘って最後に絶望したと思う。最後の一〇年は苦しかったろうと思う。

「戦争は経済だからな」

佐高:「経済小説のモデルたち」という仕事で取材にうかがったことがある。「戦争は経済だからな」と聞いてこれで帰っても良いと思った。

澤地:五味川さんは経済は得意分野で、老虎嶺を書いている時にも難しい労務管理のことがやたらと出てくる。とっても数字に強い人だった。日本の抗戦力データなど、パッと言えた。

「日本への『移住』」

澤地:ポンポン船で日本に引揚げてくる。鞍山から帰ってきた妻娘との再会。その後、大連時代に親しくなったヤス恵夫人が帰ってきて、家庭を持つ。どうして男の人の物語って、こう複雑なんだろう。

佐高:そういうのはしゃべりたくないですけれども・・・・・・(笑)

澤地:五味川さんには占領軍の諜報機関がつきまといまともな生業に就けない。共産圏から密入国で帰ってきた要注意人物として。ヤス恵さんが洋裁で家計を支えた。ヤス恵さんが癌でなくなって、大きな家を建て、最後は娘さんに看取られます。

佐高:五味川さんは、いわゆる文学青年的じゃなかった。

澤地:スポーツマンから転向してきた、といったような。

「軍隊で問い続けた『人間の条件』」

澤地:老虎嶺で、インテリのくせにと、古兵などにさんざんリンチをくった。リンチは、日本の軍隊のほとんどにあった。

佐高:中曽根康弘は海軍の短期現役でリンチを受けていない。五味川さんや、丸山眞男、通産次官で最後まで非武装を主張した佐橋滋などは受けた。受けた側はやはり違う、考え方が。

澤地:軍隊は、精神を踏みにじるところがある。作中で、小原というひどい近眼のインテリ兵が、いびられてトイレで銃で自殺する。平常心を保つのは大変なこと。慰安所に行く兵行かぬ兵がいるが、真に愛した人がいる兵は尊厳をつなぎ行かない、何もない人は習慣のようにみんなが行くから行く。最前線で壊滅していく、それも説明ができないような愚かな選択の限りを尽くした果てに捨てられた兵隊たちが、無惨に踏みにじられて死んでいったことを、五味川さんは書かずには死ねないと思った。それが五味川さんに「人間の条件」を書かせたと思う。もういちど「人間の条件」が読まれていいんじゃないか。でも五味川さんには、そうした人間を書くだけでは足りなかった、社会の構造や状況、歴史を書かなければ戦争を書いたことにならない。

佐高:そうして「戦争と人間」につながるわけですね。 

9月23日暑い、秋の気配はまだ感じない。そういえば鈴虫の鳴き声は最近聞かないなあ、リンリンという軽やかな泣き声はたしかに秋の到来を教えてくれたのに近頃ではさっぱり。これはもしかしたらあっちの人のせいかもしれない。

あっちの人とは奥さんのことだ。私から日本的風情を奪ってしまって、てんで気がつかない人である。十五夜の夜に大きな月を見て「月見て一杯」とくればこれは花札の世界だ、物心ついたときから姉兄と花札をトランプ代わりにして遊んで負けたことがなかった。「月見て一杯」はその役満で一気に点数が稼げるので姉兄がカンカンに怒ったものだ。お前は末っ子の癖に生意気だと姉が頭をこづくのだ、それ以来、女が嫌いになり奥さんと出会うまで女とはまったく縁がなかった。

人は妙なもので母や姉の影響はとても大きい。男の場合は将来の伴侶の選択まで影響が出てくる、私の場合は母や姉とは似ても似つかない正反対の女を妻にした。外国人である、母はすでに亡くなっていたが私をこづいた姉に妻を会わせたら案の定その内遠ざかってしまった。私は姉が嫌いな女を目の前に突きつけたからだ。妻を見ても分かるが、女は自分のきょうだいなどどうでもいいのである、大事なのは旦那と子供だけだからだ。

妻は来日して18年になる、外国人だから当然のごとく日本人とは正反対の思想の持ち主で、「郷に入れば郷に従え」が妻は「郷に入れば相手も自分色に染めること」となってしまう。日本人が違和感を持つのはまずこれだ、日本的美徳も海外では悪徳にされかねない。ここは日本だよと妻に説明しても「あらそう、私はガイジンですけど」とまるで通じない。細かいことだが箸の上げ下げまで違う、電子ジャーで米が炊き上がったら普通日本ではご飯をかき混ぜて固まらないように処理をする、でも奥さんは、はなっからそういう習慣がないので、炊き上がった形で固まって自分でご飯を茶碗に入れるとき猛烈に腹が立つ。

それと食事が終わって食器を流しに積み上げて、日本では普通水を食器に貯めて洗いを楽にするものだ。その習慣もないので食器は時間がたつと食事の残り物が干からびてまた腹を立てる。娘は結婚前に3年ほど我が家にいたが、これまた母親にそっくりで日本的な習慣はゼロであった。最近、ロサンゼルスに住む娘と電話で話す機会があった、

「マーガリンの入れ物があって、日本ではパンに塗るヘラ?あれを差し込む場所は凹んでいるじゃない。あれはアメリカでは”good idea”で、ご近所に教えて回ったり奥さんのサークルでご披露して大好評」

それくらいしかないのかと言いかけて言葉を飲み込んだ。子供が3人ならば皿は山積みで洗うのは旦那の仕事だから、仕事から帰宅したころには干からびている。旦那は大男で腕はまるで丸太棒みたいにごつくて、干からびた皿を洗うのにも文句を言わないだろうが私は御免だ。

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