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日本遺族会:靖国神社のA級戦犯分祀で勉強会

日本遺族会(会長・古賀誠自民党元幹事長)は8日、靖国神社に祭られているA級戦犯分祀(ぶんし)の是非などに関する勉強会の初会合を東京都千代田区の九段会館で開いた。靖国問題について理解を深める必要性について一致、次回から分祀の議論に入る。昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を示した新資料が相次いで公開され、遺族会内にも分祀論が広がっていることを踏まえ、時間をかけて合意形成を図るとみられる。

「天皇にお参りいただくことへの期待感、悲痛な叫びが(遺族会の)根底にある。それが勉強会の中で積み上げられるかどうか。遺族会は逃げてばかりおれない」。途中退席した古賀氏は記者団に、勉強会に懸ける決意を語った。天皇の参拝は75年11月以来、途絶えている。

初会合では、創建から戦前までの神社の歴史が取り上げられた。今後はA級戦犯合祀の経緯など戦後の歴史を議題とし、分祀に関する議論を本格化させるとみられる。

 ただ一方では、分祀検討への慎重論も根強く残り、分祀に熱心な古賀氏との温度差もある。終了後記者会見した森田次夫副会長は「(結論を)まとめることは今のところ考えていない」と強調。古賀氏も記者団に「時間をかける必要もある」と語った。会内には「結論は1、2年かけて出せばいい」(役員)との声もある。【野口武則】

毎日新聞 2007年5月8日 21時07分


解説:
靖国問題は一見国内問題に見える。諸外国からゴチャゴチャ言われることはないという国民感情は理解できる、しかし海外では靖国を”戦争神社”と表現する国もあり、日本の戦争の象徴だと見なされている。戦争は国家が起こしたことであり戦争を過去形で語るから慰安婦問題などの文句を言われる筋合いではないことまで突付かれる。靖国のA級戦犯合祀は強引に行われた、本来ならば靖国神社には合祀されてはいけない人たちである。問題の根本を知らない人たちが国内問題だからよその国にイチャモンをつけられる問題ではないと主張する。

靖国が英霊だけならば諸外国は東南アジアも含めて文句を言われる筋合いではない。小泉前総理が繰り返し参拝したことを特定アシアからのイチャモンだと報じたのはマスコミである、その影では東南アジアからも文句を言われていたのは日本のマスコミは黙殺した。理由は簡単で、そんなことを書いたり報じたりすれば猛烈に攻撃されるからだ。マスコミは不利益になることは報じないのである、日本が戦争に巻き込んだ地域はインドから東側全部になる。その国々が日本の総理大臣の靖国神社参拝に注目していることを忘れてはならない。

遺族会にお願いしたいのは、天皇の靖国神社参拝はA級戦犯が合祀されている間は永遠にないということである。そのためにも勉強会を開いてなぜそうなったのか学んでもらいたい、歴史学者あるいは専門家は事実を把握しているが発言は控えている。影響があまりにも大きすぎて誰でも怖いからだ。
英国のブレア首相が見事なフランス語でサルコジ氏に大統領当選の祝辞を述べています。驚愕しました、信じられないというのが正直な感想です、英国人のフランス語これが何を意味するか私には十分過ぎるほど理解できます。EUの中身と団結の精神です、これはアメリカの力をはるかに凌駕しています。

同時にブレア氏の深い教養と識見を感じます。比較することの無意味さは承知していますが、日本にはこれほどの友人の国さえ存在していません、政治家の質を云々するのも無意味です。政治家の責任とは何か国民の意識とは何か考えさせられた発見でした。私自身の意識の片隅にさえなかったyoutube、海外の友人が送ってくれたものです。いやー友人って本当に素晴らしいですね(映画解説者 水野晴郎風)

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ロシア軍はソヴィエト共産党の旗を復活させた

ロシア議会の上級委員会は賛成多数で大鎌とハンマーが描かれた勝利の旗を復活させた。すなわちロシア軍の旗として旧ソヴィエト時代の国旗の復活である。ソヴィエトのシンボルである国旗はエリツィン政権時代の10年前に正式に禁止された。

しかしソヴィエト時代へのノスタルジー(郷愁)は抑えがたく大鎌とハンマーを元に戻す決定は国で正式に承認された。すでに来週行われる第二次世界大戦勝利の軍事パレードでこの復活した国旗は登場する。BBCのロシアでの政治アナリストであるスティーブン・エカは、ロシアは再び勝利の旗である大鎌とハンマーへの道を模索するだろうと言う。

第二次世界大戦

ソビエトの赤い国旗は大鎌とハンマーとひとつの白い星で構成されている。この国旗はナチスドイツ議会に対する勝利の旗として1945年5月2日にベルリンに突入したソ連軍兵士によってブランデンブルグル門の屋上に翻った輝かしい旗なのだ。世界中の無数の人々がこの記念すべき写真を知っている。

しかしロシアではこの旗はもっと深い意味を持っているとエケは言う。ソビエトが第二次世界大戦でファシズムに勝利したのはほとんど宗教的な意味合いを持つと彼は語る。この国旗に対する猛烈な反対はロシアの政治の中にも市民の中にも存在する。つまり歴史上のナチスドイツに対する勝利と、この旗が持つ本来の意味はまったく別物だと考える人々である。

この問題を簡単に説明する例として、先日大きな騒ぎに発展したバルト3国のひとつであるエストニアでのソヴィエト軍兵士の銅像撤去問題は、ロシア系市民が凄まじい反応をソヴィエト時代の戦争の記念碑の場所に持っていることを示している。ロシア議会での表決の後で、国家主義の議会委員会の責任者は勝利の旗は、ロシア国民を結束させる数少ないシンボルのひとつ発言している。彼によると大鎌とハンマーを取り外したために、それは近代ロシアの基盤を害したと言う。

エケによれば、それでもソヴィエト連邦に対する郷愁のほうがはるかに強いというのが本音であろうと言う。プーチン大統領は、共産主義のブロックの崩壊を「20世紀で最も大きな政治体制の災害のうちのひとつである」と表現しているが、これこそまさにロシア人の本音そのもである。

最後の年にソビエト時代の国歌は再び歌われたが、しかしそれは内容を変えて 歌われた。当時の多くの銅像や記念碑などは保管倉庫から撤去された。エケによると、当局はソヴィエト時代が必ずしも抑制されてたとえば食料の買出しに長時間長い行列に並ぶばかりではなかったと言う。その期間はソヴィエトの勝利の時期であり進歩があり誇り高いものであったと言いたいのである。
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「自衛隊のせいで」でイラク人は日本嫌いと「高遠菜穂子」サン

04年4月、イラクで武装勢力に拘束された3人の日本人の一人、高遠菜穂子さん(37)。ネットメディア「オーマイニュース」に、彼女の長文のインタビュー記事が掲載されたのは、イラク戦争から4年が経った3月20日のことだった。<初めてイラクに入ったのは2003年5月1日で、その日はアメリカのブッシュ大統領が「大規模戦闘終結宣言」を発表した日です>

そう始まるインタビューで、高遠さんは当時のバグダッドの様子からシーア派とスンニ派の対立対立の現状などを現地体験を踏まえて語るのだが、サマワの自衛隊に言及する辺りから話の雲行きは急に怪しくなる。<2004年1月に自衛隊の先遣隊がイラクに到着しました。それはイラクでもっとも大きなニュースになって、多国籍軍は40カ国ぐらいあるのに、集中的に取り上げられるのは日本ばかりでした。そのくらい、イラクと周辺国の中でも、日本が軍を送ってきたというのは大事件でした>

彼女の話を要約すれば、サマワの人は「トヨタ、ニッサン、ソニー」のような企業が援助に来ると思っていたのに、軍服を着た日本人が来て、みんなシラけてしまった。水の支援はすでにフランスのNGOがやっていたので、さほど喜ばれなかった。米軍の総攻撃を受けたファルージャでは後方支援する自衛隊への悪印象は特に強い....そんな話に続けてこう語るのだ。<やはりショックでした、「日本人だから殺す」というのが><日本に新しく付いたイメージが、殺したなるほど悪いイメージだというのは、ちょっと日本人としてはショックですよ>

まるで、”善玉”の自分が拘束されたのは自衛隊のせいだと言わんばかりなのだ。この発言に首を傾げるのは、復興支援業務支援隊初代隊長を勤めた”ヒゲの隊長”佐藤正久氏であった。「住民はすぐに我々の任務を理解し、”撤退しないで”というデモまで何度か起こった。こんなデモは他国の部隊にはなかったことです。自衛隊に厳しい朝日新聞や毎日新聞の現地世論調査でも、7割以上が我々の活動を評価しているんです。給水にしても、フランスのNGOは水を配っただけですが、我々は現地の人が水を作れるように浄水器を設置した。自衛隊のせいでイラク人が日本人が嫌いになったなんて一体どこの誰が信じているのでしょう?」

日本では「防弾ベルト」

高遠さんこれまで各地で行ってきた講演会には、”特定勢力のプロパガンダを鵜呑みにしている”という批判が寄せられている。今回の発言についても、イラク情勢に詳しい研究者は、こう疑問を呈する。「たとえば、彼女が主張する”拷問による死亡者が4万人〜12万人”というのは初めて聞く数字。一体どこからでてきたのでしょう。一部のスンニ派の人たちの主張に偏りすぎではないか」その辺をご本人に確認すべく、来日したイラク青年と全国行脚を続ける高遠さんを4月17日、東京での報告会に訪ねたが、記者が社名を名乗った途端、目を逸らせて取材拒否。

なんでも本誌記事のせいで”今まで何度も命を狙われそうに”なり、いまでも”お腹に防弾ベルトを巻いている”のだとか。一方で、「彼女の発言には、自分たちを誘拐した武装テロリストへの批判は一切出てこない。最も批判すべき相手でしょうに」(佐藤元隊長)そこまでイラクの人々を愛し、日本が危険というなら、いっそ彼の地の人になっては如何か?

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高遠菜穂子さん、この人事件当時から評判が悪かったですね。大勢の人に迷惑をかけてしかも反省の姿勢は見られません、しかも今でも日本全国講演会で飛び回っていると分かってあいた口が塞がりません。今流行のなんとか評論家に変身したみたいです、武装テロリストの誘拐もしっかり利用して金と有名になればしめたものです。こういう人には必ず支援団体がつくもので皆有名になりたいし、ボランティア活動の中身も蓋を開ければなんとか評論家とたいして変わらないお寒い事情で動いているのが分かります。

この記事は週刊新潮の特集「こんな女に誰がした」の中の抜粋です。敗戦直後の焼け跡ソングと言われた歌の中に「ルージュ哀しや唇かめば泣けて涙も枯れ果てた」という一節の「星の流れに」が大ヒットして”こんな女に誰がした”となったわけです。たいがいは男が女を”サゲマン”にしますが高遠さんの場合は世の中の「金と有名になりたい」でしょうかね。

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農民はラオスのクハンモウアネ行政区でわずかばかり潅漑された水田のうちのひとつで働く。ラオスの地方の農民は大部分は農産物は雨水だけに頼るしかなく、極端な水不足は毎年作物の収穫が不安定で食糧不足に悩んでいる。

アリーナ・ポール:
彼女はメコン川上流の三角地帯の「農業育成促成計画」の主任を務めている。東アジア地方の発展のために彼女がライフワークとして取り組む仕事が、世界で最少の先進諸国からやってきて農民のためにその熱い夢を話す。

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自然のままに

村の責任者と自然の厳しさと農業の持つ二重の困難を議論し合う。5月から9月への雨季は農民が一番待ち望んでいる時期であり、作物の作付けなど熱心に語り合う。雨季の豊富な水は田んぼに待ち望まれた恵みを運んでくるが、川の頻繁な氾濫はしばしば、田んぼを押し流し土を押し流し収穫を絶望的にしてしまう。

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干からびた水田

前の収穫の乾いた米の穂がこの土地がかつて肥沃だったという唯一の証拠を見せている。彼らが水田への水と潅漑の十分な準備しかしなかったために、バン・タ・ファのような村は11月から5月までの半年間の乾季には収穫は決して望めない。

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農業の十分な発達が阻害されて放置されている

ラオスは国の大きな部分が重く農業に頼っている。国の基本的な基盤が都市部に人口を集められず、国の610万の人口のおよそ80%は遠い地方の地域に住んでいる。地方の人口の平均で41%は貧困層である。そこでは、地理的状況は農業生産と発展を制限してしまう。

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