雑記帳

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]

美の視的感覚

イメージ 1

美人と一言で言えばそれは大いなる幻影であると私は考える、美的感覚とはなんであろうか、日本的な美人と西洋型の美人では中身も外見もまるで異なる、日本的な美は多分に理想的でありつかみ所のない”幻”であることが多い。男は子供のときから美人に憧れる、夢を見る何度も美人が現れる、それを日常の生活で現実になれと祈る。

しかし現実に現れた女性はひどく現実的で男から夢を奪ってしまう、そこで男は目を覚ます、あれは夢だったのかつまらない。男は現実をしぶしぶ受け入れてやがて結婚して家庭を持つ、男とは夢の塊で見果てぬ夢の中で生活している、美人というのは男にとっては夢であり現実には届かない代物である。


私の妻はいわゆるガイジンで日本人ではない、南米の巨大な国で生まれた、そのルーツをたどっていけば西洋系アジア系が重なり複雑怪奇、妻の美的感覚は西洋人のもので日本人とはまるで違うのである、歌麿や西鶴に代表される日本画の巨匠たちは日本人の美的感覚で美人を描いた。男の夢が絵の中に生きている、美人の奥ゆかしさ、さりげない風情、情緒などが見事に描かれている。

人間の美的感覚とは地域によって異なる、世界を大きく2分するとインドまでが東洋である、インド以西は西洋でインドの古代壁画などに描かれた絵が西洋人の美的感覚であることが理解できる。では西洋人の美的感覚とはどのようなものだろうか、直言すれば夢を廃して現実的に男の理想を追い求めた結果が西洋の美的感覚である。

女性の外観は限りなくバイオリンに近く、ボリューム感覚が抜群でウッシシという男のため息が聞こえてきそうだ。実際のガイジンの女性の外見も男の目を気にしてでっぱりが強調されて、それが「いい女」の理想にされている、つまり、女の体は男の視線を感じて成長を遂げる証拠をガイジンは見事に見せてくれる。

イメージ 2
この写真はうちの娘で3人の子持ちである、妻の両親に預けていた娘を日本に呼び寄せた、もう14年前の話である。久しぶりに見た娘を私は仰天していた、背が高い、恐ろしくボインちゃんであった。たちまち男に目をつけられた、それも日本人ではなくアメリカ海軍の兵隊だった、それで娘は現在はロサンジェルスに住んでいる。


西洋の美的感覚とは男の限りない願望の象徴を具現化した女性のことである、たとえばおっぱいとお尻の豊かさ、視線で男を悩殺する女性、女優で言えばキャメロン・デイアスとかジェシカ・アルバみたいな女性。ハリウッドの大宣伝で世界的に評判になるのはアメリカの女性であろう、しかし東洋ではさっぱり評判にならないのは美的な基準が異なるからだ、男の視線で女の体は成長するなどと唱えてもさっぱり納得してもらえない。

イメージ 3
日本に娘を呼び寄せたら南米にいる長男からメールがきた、「妹が何かそちらでうまいことをやっているみたいだが、こちらとしてはいささかおもしろくない。私も日本に行きたいが先立つものが云々・・・」ようするに金はないということだ、私は絶句した、30歳になる男が情けないと腹を立てた、それでも、来たいのなら来いよと航空券を送った。彼はすっ飛んで来日した。

西洋の男の美の基準をめぐって大論争を何度もしたことがある、私が女性のチャーミングな魅力について話していた、そこに男が突然飛び込んできた。彼は堂々と持論を展開した、くだらないことを言うなと彼はいう。

「女を見てお前は何を感じたか言ってみろ!両手で女を引き寄せる、顔とセックスするのか?」

「顔じゃないけどしかし・・・」

「その通り顔じゃない腰回りだ、それで真っ赤に焼けた鉄棒をブスーと突き立てる、それで男は天国に行ける」

半端ではないその物言いは私を仰天させた、男は女を見てまず腰周りから品定めを行い次に上半身に移動して最後に顔に行く。東洋の男が女の顔が命と思っていることを考えるとえらい違いだ、世界で素晴らしい体を持った女性は黒人であると言われている、次に素晴らしいのは西洋の女性であろう、なにせ男の視線を年がら年中浴びて成長を遂げているからだ。

男の本性は実は種馬と言われている、東西を問わずこれは同じで女泣かせの業であろう。「英雄色を好む」別に英雄でなくても男は性質が悪くてあちこちで浮気をする。アダムとイブの昔からこれは変わらずイブはアダムの浮気の始末に追われた、女は男から言い寄られると断固排除する女はいるにはいるが少ない、花束を持って女性の関心を誘う男は世界中にいる、それが所帯持ちに多いというから始末に終えない。

種馬は世界中を闊歩する、あちこちで子供を作りそれでいて面倒は見ないのである。狙われる女性が独身とは限らないのも特徴で男はちょいと味見をして去る、女性は防御をしないととんでもないことになる。女性は下半身の防御は得意であるが種馬は種をつけて歩くのが仕事だから、いかに女性の防御を突破するかでその真価を問われる。

私の知り合いの女性は結婚しないで5人の子供を作り、男の浮気クセに嫌気がさして別れている。もうひとりの女性は21歳で結婚したが相手は57歳だった、しかも男はゲイで両刀使いで散々苦労をさせられて最近死別している。

女性はセックスでオルガスムスに達する人と鈍感で感じない人に大別される、男にもよるが、一流のアーチストならば滑らかに女のメロディを奏でる、ベッドで思いのままに女を喜ばせる。セックスとは喜びであり女を何人喜ばせたかで評価される。鈍感な女はセックスを面倒くさい作業だと感じる、セックスにも上手下手が存在する、男のリードがまずいと女はエクスタシーに達しないで終わる、プロの調教師は女を思いのままに操る、そして彼女から絶叫を引き出せば成功である。

イメージ 1

聖職者の性的虐待を残念に思う教王
ベネディクト16世教王Iは彼が一部のカトリック聖職者によってなされた性的児童虐待をひどくすまないと思うことをオーストラリア人に示した。シドニーの司教の集会で意見を述べて、ローマ法王は「我々全員が感じた恥」について話している、聖職者によるそのような虐待行為は断じてあってはならないと虐待者を呼び出した。

キャンペーングループはその演説を批評した。そしてローマ教王が自分で謝罪するために一部の犠牲者に会わなければならなかったと発言している。何千ものカトリック巡礼者がシドニーで、ろうそくの明りに照らされた祈りに徹夜で参加するために集まり始めたのでローマ教王は話している。

司教は都市の英国王の通るコースに徹夜の集会を呼びかけた。ローマ法王はワールドユースの日と記すためにオーストラリアにいる。そして世界中の国からカトリック信者が集まる日でもある。

まちまちの反応
シドニーのわりと初期的なセント・メアリーの大聖堂で彼はこう述べている:
「犠牲者の耐えた痛みと苦しみはひどく残念である。それは信用の重大な裏切りを構成し、これらの悪行は明確な非難に値する。これらの悪に対して責任がある人々は法に照らし処罰さるべきである」とローマ教王が述べた。

元犠牲者のジョン・マクナリーは彼が謝罪を受け入れると発言した、しかし虐待は長期にわたるもので悪影響は持続している。「私の場合のようにそれは40年前には起こり得なかった問題である」と彼が言う。
「私は毎日毎日それを再現する、そして犠牲者は毎日毎日彼らの精神的外傷を再現する。彼らは尊厳で恒常的な世話を必要としている、そして教会は世話に尊厳をこれまで提供しなかった」。

カトリック聖職者によって強姦された2人のオーストラリアの少女の父のアンソニー・フォスターは以下のように述べた:
「ローマ教王は我々があまり懸念を抱いている問題を解決しなかった、彼の問題が全ての大監督の管区がカトリック教会の犠牲者にとっての実際的な無制限の救いを提供することを確実とするために直接的な責任を取って欲しい」。シドニーの25才のドイツの巡礼者のダニエル・ビディガーはローマ教王の謝罪が「良い先例となる」と述べている。

「教会はそれらの事件について開いていなければならない、これらの事件を包み隠してはならない」と彼がAPに話した。それはローマ法王に直接犠牲者の何人かに会って欲しかった、壊れた儀式は司教の謝罪が「十分ではなかった」と言う。「言葉にはできないが犠牲者は行動を望んでいる」とグループが声明において述べている。

「壊れた儀式」と呼ばれる107件の性的虐待の事件がオーストラリアの性差別のうえでカトリック神父にあったと言う。しかし運動員は事件が数千であるために犠牲者の数を推定している。ローマ法王が虐待犠牲者に会うかどうかの即時の確認はなかった、彼が4月に米国に旅行の間にそれがなされたので今回は見送られた。米国の旅行では彼もスキャンダルにとっての恥を表明している。

BBCのニック・ブライアントはシドニーで、犠牲者がオーストラリアの教会が補償の主張を遅れさせて、特定の事件をすっぽり覆い隠そうとしたと不平を言ったと言う。土曜日には数百人抗議者は同性愛と避妊へのローマ教王の反対に対して、シドニーで運動は再開された。警察はデモ参加者の何人かがカトリック巡礼者にコンドームを投げつけたので、小規模の乱闘があったと述べた。
BBCニュース http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/7515079.stm

イメージ 1

うちの孫娘も10歳になろうろとして聞き捨てならないことを始めた。両親との会話拒否である扉を閉鎖するノーの振る舞いが出てきた。一昔前は子供がそうやると「おしおきの部屋」で子供は反省させられ効果があった。今は足元を見られてまるで効果はないそうである、そうなると早急に次の効果処置を出さないとしつけにならない。

孫娘は現在のところドアピシャリが効果を発揮して一人がちしている、両親は効果的な対抗処置はとれずカリカリしている。話そうとするとドアを閉められてしまうので確かに効果的である、両親の怒鳴り声だけが空間に響き空しさが漂う仕組みになっている。

10歳ならば親の言うことを無視して普通かもしれない、大人としての駆け引きをするにはあまりにも幼すぎるしちょいと無視したというところか、これが15歳ならば穏やかではなくて本格的な反抗期に入る。今は過度期でおとなしいものだ、大人になるにつれて反抗期は加速していく、やがて18になり木になった果物が熟れるように熟して親元を巣立っていく。私は若い夫婦がどのように対処するのか興味深辛でこの場面を見ている、夫婦にとっては子供の成長と共に経験することでありこれからの試練でもある。
政治が何も決められぬ異常事態。危機を直視せよ

中西正輝(京都大学教授)


日本の議会政治は、いまだかって経験したことのない惨状を呈している。ガソリン税の暫定税率をめぐるドタバタ騒ぎもそうだが、なかでも日銀総裁が決まらず空席と言う惨状は、まさに未曾有の「ナショナル・クライシス」である。中央銀行の総裁は経済政策の基準を担う国家的指導者であり、その空席は、国家機能の根本が完全に麻痺していることを示すものだ。

「国家管理の危機状態のままで国政は運営されそれがそのまま対外援助に繋がる財政的な運営方法へと流れる。国家運営を忘れた日本人はそのままの状態で対外援助も行うから恐ろしくなる、もはや国家としては機能していない日本で財源だけは国民頼みで危機管理なき運営をやられては国家ではない烏合の衆である」
巨視的な視点を持って対中交渉をやらねばならないものならば、オリンピックごときで騒ぐのは浅はかなことである。日本はもはや戦前の日本にあらず戦後の自信を持った大国にふさわしい処遇があるはずである、チベットごときで大騒ぎするのは小国のやることで日本は大きく構えていればいはずである。

日本のマスコミというのは政府と同じで目先だけしか見えない、海外から送り込んでくる情報は現地の情報に二度三度なじんだものしか送らず、現実を伝えるものではない。北京マラソンしかりチベット情報しかりで浮き上がった情報だけを送り込んでくる。北京政府の意図するものは何かその目的はどんなものか漠然とした情報ではさっぱり分からない。これには日本人の情報分析能力が大きく左右していて、独自の判断を避ける傾向が左右している。日本人と情報とはネコに小判と同じで本来相容れないものである、独自の判断で情報を分析して解説する能力は日本人は得意ではない。

チベット族にしても中国各地に多数混在して分析している、その実態が不明朗な上に漢民族から迫害を受けていると言うのが日本のマスコミの主張である。では沖縄の民族は本土の人間から迫害は受けていないのか、戦時中の集団自決問題でことごとく差別を受けてあったことまでまるでなかったかのように報道されるのはなぜか。沖縄のマスコミは本土のマスコミをまるで信じていない、沖縄はまるで左翼の牙城のように報道されて不信感は極度に増大している。チベット問題はそれと同じで一度中国各地をあるいは西洋の各地を一巡して日本に伝えられる。これは日本人の情報の扱い方と大いに関係がありそのままでは伝えられない難しさを表している。

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
lamerfontene
lamerfontene
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事