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フェスティナ・レンテ
「ゆっくり急げ」という意味のこのラテン語の文句を知ったのは、もう二十年以上前のことになる。
そのころ、ある出版社の嘱託をしていた。小さな社だから、仕事は別でも、社員はみんな親しい仲で
ある。私はある雑誌の編集を任されていたが、書籍の出版の人たちともよくおしゃべりをした。ある時出
版部のKさんが:
「あの先生の葉書には、いつも最後にフェスティナ・レンテと書いてあるんだもの。叱られているみた
いだわ。」
と笑った。学校を出て間もないこちらには、はじめて聞いた時には何のことかわからない。聞き返して、やっとラテン語の有名な言葉らしいとわかった。
Kさんは調べていたらしく、スウえとニュースという人が言ったんだって、ということまで教えてくれた。
あの先生とは京都大学の西洋古典ほうの教授だった田中秀央博士である。
博士にはその出版社に古典語文法の著書があって、そのころ改訂版の準備を進めおられた。担当のK
上のところへ頻りに連絡があった。そのつど、必ず、最後に、フェスティナ・レンテのラテン語が書かれ
ている。それをKさんは面白がり、私はびっくりした。
こちらは、若いから、そんな文句は面白くない。ことはさっさと済ませてしまいたい。ゆっくり急げ、
なんて、年寄りのいうことだ、と内心、馬鹿にした。
Kさんも若かったから、そんな文句は面白くなかったのだろう。
「私からの、早くお願いしますという手紙の返事の葉書にふぇすちな・連手でしょう。そんな急いでど
うすると皮肉られているみたいで」
あ^タイプして初めて、自分が勉強している文章はどんなに長いかわかるような気がした。
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