音楽カフェ「シーラカンス」in倉敷

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NW−SFあれこれ

友達に「最近更新ないね」と言われたので、苦し紛れに更新します(笑)。

NW(ニューウェイブ)−SFとは1960年代に英米で起こったSFのムーブメントで、最初はエルリックサーガなどのヒロイックファンタジーで有名なマイケルムアコックが雑誌の編集長として提唱したものだったような気がします(違ったらごめんなさい)。

その代表的な作家J・Gバラードの言葉「SFは外宇宙より内宇宙を描かなければならない」というように、科学や社会学などによる考察よりも、もっと文学的な地点からSFを見直そう、というような視点から、既存の文学の実験性とSFのエッセンスをブレンドさせたもの、といえばわかりやすいでしょう。

といっても僕はちゃんと語れるほどここら辺の作品を読んでいるわけではないのですが(バラードも「結晶世界」と「ハイライズ」しか読んでいない)、バラードは一般小説で言うところの純文学的な堅苦しさを感じるものの、サミュエルRディレイニー、ロジャーゼラズニー、ハーランエリスンなどというNWの代表的作家は、非常に実験的でありながらも、きわどいところで物凄く質の高いエンターテイメントとして成り立っているという奇跡のような作風で、SFに抵抗感がある人でも、純文学好き、エンターテイメント好きともに一度手に取ってもらいたい作家たちです。

一番のお薦めはサミュエルディレイニーの「エンパイアスター」なのですが、これはサンリオSF文庫というすべてが絶版になって現在古本屋で高価で取引されているところに収録されて作品で、早川書房より出た「プリズマティカ」というハードカバーの中短編集にも収録されたのですが、こちらもあいにく絶版中。
僕は高校時代に倉敷の図書館で借りて読んで、大学卒業後に読みなおそうと思ったら書庫整理のため図書館から除籍になっていました。
だから話はうろ覚えなのですが、少年の成長物語でありながら、一つの寓話であり、スペースオペラであり、思弁小説であります。話の筋は説明できないっすねー。(というか憶えていないけれど、読んでいた記憶はひたすら面白かったという印象しかない)とにかく実験的でありながらもエンターテイメントです。

「エンパイアスター」は絶版なので、一冊気軽に手に取るとしたらエヴァンゲリオンのテレビシリーズの最終話のタイトルの元ネタにもなった、ハーランエリスンの短編集「世界の中心で愛を叫んだけもの」を。
これもストーリー説明しろと言っても無理(笑)。こんなんばっかですいません。ただ内容の理解がちゃんとできなくても、きびきびとした短編集で、読み終えた後に世界が違って見えること請け合い。もともとテレビドラマの脚本家なので、エンターテイメントのツボは押さえています。それでいてさっぱり意味が分からんのがかっこよすぎます。

こんな説明ばっかじゃ、あんまり読んでみようって気にはならないですねー。
僕自身の理解が足りないから説明のしようもないんですが、面白かったことだけは確かです。

ここら辺のSFとかと、たとえば音楽で言う所のNW、POST−ROCK、現代音楽なんかの相性はかなりいいと思うのですが、そこら辺の音楽が好きな人で、NW−SF好きな人を周りに全然見かけないのは、正直もったいないと思いますね。

まあ、でもSF入門するのはハインライン「夏への扉」、クラーク「幼年期の終わり」アシモフ「われはロボット」あたりのオーソドックスなあたりからが良いという気もします。
そのあと、ここら辺の作品の衝撃を受けると、また世界の見方が大きく変わって、音楽や絵画などの捉え方も変わるかもしれませんね。

数年前に話題になった本ですが、今さら読みました。
このブログのいつものノリとはちょっと違うけれど、読んで思ったこと書いてみます。
梅田さん本人もネットに書かれた感想は全部読まれると言うことらしいし。

この三冊を読んで僕が一番感銘を受け考えさせられたのが、ウェブ進化によって市井の市民がみな表現をする「総表現社会」の到来が訪れるということ。
そして「ウェブ時代をゆく」の終わりらへんに書かれているジョナサンコールトンという当時36歳のアメリカ人が、メジャーや、インディーズのレコード会社にすら頼らずに、自らネットとライブのみの音楽活動をして、音楽だけで飯が食えるようになったという話。

僕自信音楽で表現をしたいという気持ちがあるものの、20前後ぐらいで精神的に凄く調子を崩して、音楽家として発展していく機会を何年間も棒に振って、いま27歳になってしまいました。
でも、今の世の中は、別にメジャーのレコード会社と契約しなくてもネットで表現はできるし、そこに金にならなくてもある程度の表現欲求をぶつけることはできるはず。
また、ネットから音楽が盛り上がるという図式がこの後進めば、歳を取っても、若い人ばかりと契約したがるレコード会社の意図とは違うところで、遅咲きで花開く人は出てくるだろうと、最近は思っています。
実際Mr CHILDRENのようなどメジャーなアーティストにしても、歳を取ってからでも若いファンがいるのだし、歳を取ってからデビューして売れる、というケースもこの先増えるだろう、と考えたからです。
だから「いくつになってもひたむきに表現を続けよう」と思っていました。

そんなことを考えていた時、ジョナサンコールトン氏の話を読んで、「やはり海外ではすでにこんな例があるんだ」と凄く勇気づけられました。

しかしこの三冊の他の部分で、総表現社会の到来と、ロングテールと言われる、マイナーな商品の蓄積こそが,ベストセラーの本やCDよりも、この先利益になっていくという話を読んで、マイナーな人が横並びに、それだけでは食えない表現を、それなりの充実感を得ながらするようになる未来を想像し、「多くの人が表現を不特定多数に放つことができても、表現だけで食う人は減少していかざるを得なくなるのではないか」と感じて、「そのとおりだったら少し切ないな」と思うようになりました。

たとえばYOUTUBEなんかでどんどん無償で音楽を聴き漁ることができるようになると、メジャーな表現者にしてみたら金を取れずにどんどん音楽が聴かれていくわけで、営業妨害でしかない。
でもマイナーな表現者にしてみたらとりあえず自分の認知度だけは広げれるいいツールなので、非常にありがたい、というような話ですけれど。
そしてこれから先はマイナーなアーティストの蓄積で商売が成り立って行く方向に世の中が動くかもしれない、という話で書かれてあったということで間違いないんですかね?僕の誤読だったら誰か指摘してください。

でも本当にそんな都合よくよのなか進むのかなぁ、という危惧はあるんですよね。
「いろんな音楽がタダで聴けて、それでより音楽に対する興味が深まって、その後音楽に金をかける人が増える」とかそういう前向きな話は確かにあると思います。
僕自身、高校時代にMDが普及し始めて、レンタルショップでCD借りまくる青春を過ごて、今はマイナーなアーティストの作品とかをちゃんと3000円とか出して買うようになったし。
でも何に金をかけるかは別として、人々の余暇の時間には限りがあるので、金をかけずにある程度音楽を聴くことができるようになれば、「音楽以外に趣味がありながらも、片手間で聴く音楽はやっぱり好き」みたいな人は、金をかけないで音楽を聴くスタイルに満足しちゃうんじゃないのかなー、思うんですよね。
「テレビを見るしか趣味がない人に対して、YOUTUBEなどで積極的に音楽の趣味を広げさせて、金をかける音楽ファンを増やす」という話なら凄く発展的ですが。

今現在世の中に「余暇にする具体的な趣味がない」という人がどれぐらいいるかという所が僕には全く見えないので、いろいろなものをどんどんオープンにしていってロングテールで金もうけをする、という図式が成り立つのか疑問なんですよね。
やはりそこには「余暇の時間の限界」というものがあって、その限界内である程度金をとる方向に話を進めないと、音楽も本も産業として成り立たなくなるんじゃないのかなぁ、と思ってしまうのですけれど。

まあいろいろ社会の未来に危惧はしてしまうのですが、いくつになってもどこかの誰かに届く表現ができるという点に関しては、今の時代は素晴らしいなぁ、と思います。

今日の本の話は少し難しいものを。

中沢新一さんは、大学院時代ネパールで行った密教での修行を、最新の構造主義哲学で解釈しなおした「チベットのモーツァルト」他の図書で、「構造と力」で有名な浅田彰氏と共に、80年代にニューアカデミズムという思想界でのムーブメントを起こした方です。

しかし、その後彼の思想がオウム真理教に影響を与え、オウムの犯罪が表面化するまでのあいだ、彼自身もオウムに対して「あれはあれでいいんじゃない?」的な発言をしていたことから、強烈なバッシングにあい、一時隅に追いやられる存在になっていました。

でも、僕はそのような点があったとしても、彼の著作の多くは難解でありながらも非常に魅惑的な文体で有り、内容も刺激的なので、普段学術書など読まない人が手に取るにしても、とてもお薦めのものだと思います。

そしてこの「カイエソバージュ」シリーズ。これはかつて中沢さんが教鞭をとっていた中央大学での講義録です。
残念ながら講義の記録のため、彼の独特のくらくらするような文章は味わえませんが、彼の著書の中では最もわかりやすい部類なのではと。
中央大学はそれなりの学歴の学校とはいえ、あくまでも大学生相手の内容なのだと考えたら、是が非でも文系四年制大学を出た身としてはちゃんと理解したいものです(笑)。

内容はまずかつての狩猟社会の人類の、動物との間におけるモラルについての話。
狩猟社会の人間は、動物を「狩る獲物」としながらも、人間との連続性を考慮し、神話などで「動物と人間が結婚した」などと語ることで、度を超えた乱獲を防いできたという話から始まります。

その後「国家」出来て「貨幣」が出来て「一神教」ができる過程で、いかにして動物と人間の対称性が崩れてきたか、そこにはどのような思考のシステムがあるのかと、話が進んで行き、
最終巻で「そのような農耕以降の文明社会において、狩猟社会のモラルを残そうとした哲学、それが仏教だ」という話になるわけです。

つまり「さっき食べた羊は、前世では君のお母さんだったかもしれない」などという仏教の思想に、人間と動物の連続性を感じる感受性を読み取る、というような話ですね。

と言ってもわかりやすい仏教の説法などを説いた本ではなく、あくまでも仏教を一つの哲学として語っています。

僕はこの本を読んだことで仏教というものに、今までとは違う視点が読めたし、キリスト教やイスラム教にどのような問題を引き起こす思考システムがあるのか、という興味もわいてきました。

アメリカというプロテスタンティズムの国家のグローバリムが進む現代だからこそ、必読の本です。

でもやはりくらくらしたい人は「チベットのモーツァルト」から読まれるのをお薦めします。

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