準特急太朗的鉄道画報倶楽部

2014/10/19・・・不定期ながら更新を再開してまいります。

太朗の歴史探訪

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日本平に到着して、まずは久能山東照宮へ向かうことにしました。
 
イメージ 1日本平から久能山へは、ロープウェイを利用します。
複線のロープウェイですが、ループタイプではなく独立した単線のものが2本あるものです。
 
実は10月に国宝に指定するように文科省に答申されたばかりで、ちよっとホットなスポットです。
 
正式には来年指定されるということですが、内定をもらったようなものですね。
 
ロープウェイにも記念ヘッドマークが…。
 
イメージ 2久能山東照宮は、晩年に駿府城で過ごしていた徳川家康の遺言によってこの地に埋葬されました。
その後にここから日光東照宮へ御霊の一部が移されたそうです。
 
社殿などは50年に一度塗り替えが行われ、2006年に塗り替えられたばかりできれいでした。
 
祖母がおみくじをするのに係員に両替を頼んだところ、今降りた道を上がったところにある社務所に行くよういわれましたが、粘っておみくじの賽銭で両替させてました。
 
イメージ 3こちらは徳川家康が37歳の頃の手形だそうです。
合わせてみれば断然に私の方が大きかったです。
それも当り前ですね。
かつて三浦大輔(横浜ベイスターズ)の手形と比べてみましたがだいたい同じくらいでしたから。
 
ちなみに手形色紙というものが授与所で領布されているそうです。
 
 
 
 


次回予告
再び日本平へ戻り、富士の頂を眺めます。

近藤勇@板橋

イメージ 1JR埼京線の板橋駅を降りてすぐ。
近代化した駅周辺の中で、一か所だけ数本の木々が生い茂った空間があります。
そこが新選組局長・近藤勇の墓です。
 
以前に、調布市と三鷹市の境あたりに位置する龍源寺を御紹介しました。
 
子母澤寛の小説によれば、近藤の遺族が夜明け前に、官軍の見張り番に賄賂を渡して近藤勇の首なし遺体を掘り出して、埋めたということですので、これを信じれば、世間一般では、近藤の遺体はそのままこの場所に眠っていたということになります。イメージ 2
【近藤勇・土方歳三の墓→】
では、この板橋の墓を建てたのは、誰かと言うと、永倉新八という人物が建てたといわれています。
 
この永倉新八という名前は、近藤、土方、沖田に比べれば認知度は低いですが、新選組の主要メンバーの一人でもあります。
 
出自も松前藩士の二男としての生まれなので、元から武士の子ではありましたが、剣の腕は確かで、資料によっては沖田や斉藤をも凌ぐとさえいわれています。
永倉の剣術は、道場こそ違えど、桂小五郎などの
イメージ 3多くの長州藩士も収めたとされる神道無念流です。
 
【←永倉新八の肖像画】
近藤勇がまだ道場主であった頃に出会い、清河八郎の浪士組にともに応募した一人です。
新選組では二番隊の組長を務め、池田屋事件では、近藤、沖田、藤堂とともに初陣を切って突入し、沖田は戦闘中に倒れ、藤堂は額を切られて視界を奪われて戦闘不可となり、一時は近藤と永倉の二人きりで20名以上を相手にしました。
 
 
イメージ 4【近藤象と石碑→】
そんな、苦楽をともにした近藤と永倉ですが、度々衝突することもありました。
池田屋事件後すぐに、新撰組、ひいては近藤の株が上がり、我儘な振る舞いを見せると、会津藩主松平容保に、数名で嘆願書を出すなどしたこともあります。
その後鳥羽伏見で負け、江戸に敗走し、甲府で官軍に敗れた後。近藤との意見が対立し、袂を分かちました。永倉新八は、維新後も生き続け、1915(大正4)年になって病死しました。
 
 
イメージ 5【←近藤象アップ】
以前にもお話ししましたが、鳥羽伏見で負けて、江戸に配送してからは大久保剛(のちに大和)と名乗っていた近藤勇は、流山で捕えられ、越谷に連行されました。
この時までは、自分が大久保大和であると押し切っていましたが、元新撰組で、この時官軍に身を置いていた人間がいるため、ここ板橋へと移動させられました。
そこで、加納鷲雄という人物によって近藤勇であるとはっきり判別されてしまいます。
その後、薩摩と土佐の間でその処遇について対立もありました。
 
イメージ 6【永倉新八の墓→】
それは、この当時は「坂本龍馬を暗殺したのは新撰組である」という通説が真実だとされてたためです。
また、甲府で官軍を打ち迎えさせたのは勝海舟でしたが、近藤は「自分で決断し決行したこと」と主張しました。
これは、勝海舟だけでなく、自ら謹慎中であった元15代将軍慶喜を守るためでもあります。
結果、慶応4年4月25日に斬首され、板橋と京の三条河原で晒し首となったのです。

近藤勇座像@西光寺

イメージ 1
京王電鉄京王線の西調布から徒歩5分もかからない229号線沿いに長谷山西光寺さんがあります。
ここには、写真のように近藤勇の座像が建立されています。
鳥羽・伏見の戦いで敗れた新撰組は、幕府軍とともに江戸へ引き上げてきた後に、勝海舟によって進軍してくる官軍の制圧を命ぜられ、近藤勇は大久保剛(後に大和へ改名)、土方歳三は内藤隼人へと改称して甲陽鎮撫隊として、甲州へ進軍しました。
この時に最新の武器や多額の資金を提供されました。
その途中、この西光寺で休息したそうです。
しかし、一説によれば、江戸城無血開城に際して、断固として戦い続けることを主張する近藤ら新撰組を江戸から遠ざけるための措置であったのではないかとも言われており、近藤からみれば、死に場所を与えられたようなものでした。
それを感じ取っていたのか、進軍の際に多摩の各地で腰を落としていたために進軍が遅れて、甲府城にさえ入れずに敗退してしまいました。
ちなみにこの時、官軍を率いていたのが、土佐藩士であり、後に自由民権運動の主導者ともなった、板垣退助でした。
引き続き壬生界隈をぶらり。
イメージ 1
こちらは壬生寺です。
八木邸からも歩いてすぐです。
ここでは、大坂で芹沢が力士を切りつけたという縁から、小野川部屋が壬生巡業を行ったこともあるそうです。
この境内に小さな小屋がありまして、そこをくぐり100円ばかり支払いますと…
 
イメージ 2
龍源寺とまったく似た、近藤勇の胸像が置かれ、隊士の墓もありました。
暗殺された芹沢、平山。
新撰組になる前に病死したとされる阿比類など。
 
イメージ 3
こちらは、新徳寺です。
二百名あまりの浪士組が入京して、まずここに集められた場所です。
 
イメージ 4
こちらが噂(?)の屯所餅です。
中にはあんこが入っていますが、餅には「壬生菜」が細かく練り込まれています。
 
イメージ 5
愛犬には、このような土産を買っていってやりました。
 
【つづく】
イメージ 1
大阪へ戻り、新大阪へ行く前に、こんな車両が。
あわてて撮ったのでブレブレもいいところですが、北近畿タンゴ鉄道のKTR001形という列車で、「タンゴエクスプローラー」という愛称があるそうです。名前はかねがね伺っていましたが、なるほど。これでしたか。
 
新大阪で一度降りて、荷物をとりだすと、再び東海道線に揺られて京都へ。
 
桜のシーズンも相まってか。
海外からの観光客も多く、コインロッカーはどこもいっぱいに。
私は、預かり所を見つけたのでそこで預かってもらいました。
 
イメージ 2
お決まりの京都タワーを。
どのバスに乗ってよいのか分からず、30分も迷った挙句、私がたどり着いたのは…
 
イメージ 3
壬生の八木邸跡です。
ここは、文久三年に清河八郎率いる浪士組の近藤一派と芹沢一派が分宿された郷士の邸宅でした。
その後、清河ら浪士組と意見の相違によって袂を分かち、壬生浪士組、そして、新選組の拠点となっていました。
 
イメージ 4
中は撮影不可なのでパンフレットを。
入場料1000円で、ぼっ○りかと思いきや、見物後にお抹茶と屯所餅をいただけます。
 
イメージ 5
この残されている場所は、芹沢鴨が暗殺された場所でもあります。
芹沢鴨とは、当時、水戸天狗党にもいた人物であり、現在のように近藤勇よりも攘夷志士として名が知れ渡っていました。そのため、浪士組でも役をもらいうけ、袂を分けた壬生浪士組、新選組でも筆頭局長として君臨していましたが、資金調達の際の乱暴狼藉が重なり、朝廷や会津の名を受けて、近藤一派が酒宴を開き、酔わせた上で、芹沢と、その一派であった平山五郎、そして、妾のお梅がここで殺害されました。
それによって、近藤が新選組の頂点となったわけです。
 
【つづく】

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