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広島市安佐南区安佐北区で災害が起こって数日経つ。
被災地の区に在住しているので友人から心配のメールをここ数日頂いた。
幸いにも私たちの居を構えるところは何も被害がなく、平常通り過ごしている。
そこにちょっとした違和感も感じる。
ちょっと道路なり線路なり川を挟むとそこはどうしようもないくらい破壊された区域。
でも広島市の大部分は無事であり、何事もなかったかのような毎日の生活がある。
そこには明確な境界線がある。
東日本大震災では群馬にいたのだけど、震源地から遠く離れているとは言え、
いまの災害より、規模も確かに比べようもないのだけど、その群馬ですら多少の不便はあり、
さらには被災地をより身近に感じられたよう思う。
が、今回の災害ではそれがない。薄い。
広島市からアストラムというモノレールに乗り市街地から郊外に出るときの景色は、
低い山々とそれにへばりつくように家々が建っている感じで、山が侵食されているよう感じる。
テレビの宣伝でも山を切り崩して作った新興住宅地の宣伝が盛んである。
人口は増えるし、市街地の再開発も広島に限らずどこも難しいので山を切り崩すことになるけど、
それでも山にじわじわと住宅地なり大学なりが侵略しているよう見えるのは私にはあまり気持ちよく見えない。
自然破壊は思わぬ結果をもたらす。
犠牲者の方々には、とくに幼い子供たちには深い同情を覚えるし、居た堪れない思いもある。
が、山沿いの家を選べば土砂災害はあるし、海辺では津波、高波の被害もある。
それなりの覚悟みたいなものを忘れちゃったのかなとも思うし、動物的五感が鈍くなったのかとも思う。
シリアで拘束された民間軍事会社の日本人がいる。
内心、誰もが自業自得だと思うはずだ。
今回の災害で自業自得というのは酷な言い草だとは思うけど、それなりのリスクはどこでも存在する。
生きるというのは何かしらいつも何かリスクを背負っているものだとも思った。
通勤すれば交通事故や電車事故などのリスクはあるし、地震のリスクはいつでも存在する。
連日報道なのか救助なのか飛び回るヘリコプターだけが境界線をまたいで飛び、
その音が今回は境界線で助かったけど次はわからないと警鐘を兼ねているというのは大げさだろうか。
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