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Because I have loved life, I shall have no sorrow to die (私は人生を愛したので、死ぬことを悲しまない。) ********************************************************* 1月から立ち上げた書庫『心に残ることば』。
今日は「明日に捧ぐことば」として書き残したいと思います。 こちらは、1940年まで生きたアメリカの詩人であるアメリア・J・バー氏によるもので、 自分の生き方や、生命そのものについて考えるときに思い起こす言葉です。 3月に入り、私は昨年の震災のことをリアルな感覚で思い出すことが多くなりました。 あの瞬間から、自宅に戻れず今は無き職場のデスクで、 夜中の3時まで独り眠る気にもなれず過ごした時間。 そして、夜が明けても決してこの出来事が夢ではなく、
混乱した街、駅、電車を抜けて、大過なく済んだ自宅に戻ったときのことを。 早いもので1年がもうすぐ経とうとしています。
なんとか残された命を、責任をもって生きようと、 自分なりに努力をして、失敗も多く重ねながら、また3月11日を迎えようとしています。 私の人生は、花とともにあり、
花を愛することが、私自身の人生を愛することに繋がるのですが、 もしかすると、以前のようには花を訪ね、花に会いに行くことができなくなるかもしれません。 そのとき、私は自分の人生を愛することができるだろうかと。
ですが、最後には必ず、今日のことばのような思いを持てるよう、 明日も、明後日も、その先も、 自身が何らかの必要な役目を果たせるその時まで、 生きていられたらと思います*** ★この書庫についてのご説明は「お知らせ」をお読みいただければ幸いです。
(http://blogs.yahoo.co.jp/lavender1829blue/52429696.html) |
心に残ることば
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Do what you can, with what you have, where you are. (あなたの持てるものの中から、
あなたの居る場所で、あなたのできることをせよ。) ********************************************************* 1月から立ち上げた書庫『心に残ることば』の第6回目。
こちらは、アメリカ第26代大統領・ルーズベルト氏によるもので、 漠然とした焦りにかられてしまうとき、自分の心を治めるためのことばです。 数在る友人知人たちのように、家庭を持ち、お子さんを持っているならば、 何か自分たちが特別な才能を発揮して、 ものすごいことを成しているという意識を持っていなかったとしても、 偉大な生命を世に残し、育てているという素晴らしい貢献を行っています。 ですが、私には、ただ花を愛するこの身ひとつしかありません。
伴侶という人を持っていませんし、 これからも、恐らく持つことはないでしょう。 それ故に、昼となく夜となく、
何か自分にできることはないか? もっとできることはないか? 自分はいま、世の役に立つことをひとつでもできているのだろうか? そういった押し問答を頭の中で繰り返してしまうのだと思います。 ・・・そんなとき、このことばを振り返るのです。
歴史に名を刻むような、大それたことをする必要はない。 たとえ誰の目にも心にも留まらない些細な事柄だとしても、 いま自分ができることをする。身の丈の力で。 その積み重ねが少しずつ「自分にもできること」を増し加えていくものと、思います***
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“It is always darkest before the dawn.” (朝日の前はいつも一番暗い)
********************************************************* 1月から立ち上げた書庫『心に残ることば』の第5回目。 イギリスの格言として伝えられている言葉です。 いまだ明ける兆しのほとんど見えない厳冬の最中、
比較的温暖な千葉県でさえ、氷点下に近い冷え込みの朝が2ヶ月近く続くと、 寒さに弱い自身には相当に堪えますが、そんなときはこの言葉を思い浮かべます。 これまで体験したこともない寒い冬の先には、 これまで見たこともない奇跡のように美しい春が、待っているのだと。 毎年早春の頃に訪れる埼玉県皆野町「宝登山」。
こちらの写真は、一昨年の1月に足を運んだときのもの。 漆黒の野山に金色の色を挿すロウバイが8分咲きほどまで進み、
北風の届かない南面の散策路は、 春の訪れのようなぬくもりに満ちていたことを思い出します。 今年は2月中旬に至ってもまだ満開には程遠く、
最も早咲きの領域でさえ4分咲きとのことですから、 その寒さの険しさは計り知れません。 ですが、尋常でなく深い眠りから覚めた花たちがこれから見せてくれる世界は、 待たされた分だけ輝かしく、想像もつかない至福に満ちていると信じています。 (寒さによる血の巡りの悪さが頂点に達したのか、 今日は数年ぶりに仕事の最中にめまいに襲われてしまい、 やるべきことだけはなんとか終わらせて帰宅してきました。 そんな苦しみからも早く解放されたいものですね***) |
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“Late is worth more than never.” (『全くしない』よりも『遅い』方がまだ良い。) ********************************************************* 新しい書庫『心に残ることば』の第4回目。
せっかちで不器用…と先日自身のことを表現しましたが、 この言葉はそんな私に対する戒めであり、励ましであることば。 これは今に始まったことではないのですが、 本当に私は欲張りなくらいやりたいことを持っていて、まったく時間が足りません。 “長年取り組んでいる「色彩を日常で活かす方法」を、 Webサイトなどの形にまとめて広くいろいろな人に紹介したい” “これまで全くできなかった英語の勉強をして、
日本の方以外にも、北関東の美しい花景色について伝える力をつけたい” そしてもちろん、
“このブログにできるだけたくさんの記事を書き残したい” ・・・数え上げたら本当にたくさんありすぎて、 現在就いている仕事においても同じように、 急ぎではないけれど必要性を感じ、やり遂げておきたいことが幾つかあります。 これまでは、思い立ったらすぐにでも、すべて完成させてしまいたいというほどに、 直情的で白黒をつけたがる性質も災いして、 その気持ちが強くなりすぎると、「すぐにできないくらいなら、もうやめてしまえ」 という結論に至ってしまうことも多かったように思います。 ですが最近、ようやく、そうではいけないことに何となく気づきました。 時間をかけてゆっくり進むことで、色々なものが見えてきて、 却ってよい結果に繋がることもある。 時間を書けるうちに淘汰されるようなことであれば、 そのときに「やめる」という選択をすればいい。 やりたかったこと、やろうとしていなかったことを「全くしない」というのは、
ある意味で非常に気持ちに負担がかかると思います。 速度が遅くても、途中にどれほどの休止が入ろうとも、
やりたいと思ったことを続けていくこと。 たとえ成果や結果がすぐには出なくても、続けるということだけで 自分の支えになったり、励ましになったりすること。 そう考えると、寧ろやりたいことの多さと、時間の足りなさに、 感謝の気持ちさえ心に浮かんできます*** ★この書庫についてのご説明は「お知らせ」をお読みいただければ幸いです。
(http://blogs.yahoo.co.jp/lavender1829blue/52429696.html) |
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“The truly happy person is the one who can enjoy the scenery off the main road.” (回り道をしたときにその景色を楽しめる人こそが、真の幸せ者) ********************************************************* 新しい書庫『心に残ることば』の第3回目。
これは私が凡人だからかもしれないですが、 自分のやろうとしていることを思うように成し得なかったり、 進もうとしている方向に真っ直ぐには歩けていなかったり・・・ ということが、日々の暮らしの中で本当にたくさんあります。 もう何もかもやめて、流されるまま生きてしまおうかと思うことも。
それでも、順調にいかないからこそ、 自分の見落としていた大切なことに気づいたり、 驕りや過信からはほぼ無縁の生き方ができる、 そんな恩恵を受け取れているのかもしれません。 だから、短期的でも、長期的でも、何らかの夢や帰着点を心に描いて、 焦らず、それでいて過度に怠らず、そこに辿りつけることを願って歩き、 その過程で出会ったこと、気づいたことを大切にしていきたい。 私は不器用なうえにせっかちな性質の人間ですので、
何かおかしいと感じたときにはこのことばを思い出し、 どんな状況にも何らかの楽しみを見つけられるようにと、いつも思います*** |







