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今日は「春分」。暦の上での春がやってきました。
太陽が真東から昇り真西に沈む、昼夜の長さが等しくなる時節。 暑さ寒さも彼岸まで、という言葉はありますが、 今年は冬の厳しい寒さからは想像もしなかった初夏が、すでに訪れました。 今日は日常の様々な用事があり、
いつものように北関東まで花めぐり、というわけにいきませんでしたので、 私宅から歩いて15分ほどにある公園へ。 ↑橋の上から眺めた公園の様子。木々を染める真っ白な霞はハクモクレンやコブシ。
その足元にユキヤナギやレンギョウも咲き揃い、すっかり春の彩り。 この歩道の先に、数十本の桜並木があります。 この界隈は温暖な千葉県といえども比較的気温の低い地域なのですが、
もうソメイヨシノが3分咲きに! 私の中で、この「春分の日」にソメイヨシノの写真を撮った記憶がありません。 しかも、これからようやく梅を楽しもうかというときに。 2月中旬くらいから暖かい冬であれば梅も早く咲き、次いで桜も早く目覚める。 それならばしっくりとくるのですが。 3月16日に、関東での開花の知らせを聞いたとき、 正直なところ、まだもう少し蕾のまま眠っていてほしいと思いました。 それでもこの姿に出会えると、その煩いを退けた至福に満たされるから不思議です。 比較的早咲きの品種「陽光」は見頃。
花だけが主役の公園ではないのですが、春はそこかしこで美しい花が見られます。 以前は、何度も記事に残してきた東京都江東区亀戸の公園で、
褐色の木々に赤みがさしてつぼみを宿し、 日ごとに薄紅色の光を増して、来るべき朝陽とともに目をさます瞬間を、
職場へ向かう道すがら、当たり前のように出会っていました。 それができなくなった今、
わずか3年余り前から住み暮らすようになったこの街で、
徒歩圏内に真新しい桜を眺められるのですから、 やはり私は幸せ者なのだと思います*** |
季節のことば
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昨日の栃木県北部の地震には、本当に驚かされました。
携帯電話の緊急地震速報の音、忘れかけていたあの不穏な緊張感。 人命には関わらなかったとのことが、せめてもの幸いでしょうか。 一日も早く、被害に遭われた方の日常が戻ることを心より祈ります。
暦の上で今日から数日は「霞始めて雲建く(かすみはじめてなびく)」。 春の霞が山野にたなびき、情景に趣が加わり始める様を表すそうです。 今年度中にとらなければならない休暇が累積してしまい、実は土曜日から4連休。 ようやく吹きすさぶ風が止み、今日まさしく「霞がなびく」瞬間に出会ってきました。 東京都文京区「小石川後楽園」。
JRや地下鉄の飯田橋駅から徒歩で数分の、いわば都会の森。 折角の連休ですので小田原や熱海あたりの梅林まで足を運びたかったのですが、 平日ならではの用事が細々とかさんでいたこともあり、比較的近場のこちらに。 関東各地の梅の名所での、開花や見頃が大幅に遅れている中、
驚いたことに此処の梅林はすでに6〜7分咲き。 桜や紅葉が主たる庭ですので規模こそは大きくありませんが、 その分、梅の花影、やわらかな香りがひとところに凝縮されているかのような光景。 広大な山々とともに望んでこそ真の花霞・・・そう思い込んでいた私に、
あまりにも鮮やかに眩しく、光とともに降り注ぐ梅の雫。 紅白の早咲きの品種のみならず、桃色の枝垂れまでもが見頃に。 飢え渇くほどに求めていた花の生命は、片道3時間も走らなくてもすぐ傍に存在する。
当たり前のことなのですが、私はそれを暫く忘れていました。 「遠くの夢ばかり追わず、足元に在る幸いを見逃すな」 そんな言葉をかけられたような気がします。 古来は北関東の山々を眺めることもできたという広大な回遊式庭園、
現在は高層ビル群を間近にしながらも、もの静かな自然の呼吸はそのままに。 初めて知ったのですが、小石川後楽園は江戸時代初期に水戸徳川の中屋敷として造られ、
いわゆる水戸黄門さま(水戸光圀将軍)の頃に完成した庭園とのこと。 水戸といえば偕楽園を真っ先に思い起こす私には、 この2つの庭が梅の花によって遥かまで繋がっているように感じます。 わずか2時間足らずの散策でしたが、本当に心が洗われました。
この感謝は半月あとに、水戸の梅たちにも捧げたいと思います*** |
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ここ数日は「雨水」の節の初旬にあたる侯で、
「土脈潤い起こる(どみゃくうるおいおこる)」。 春の暖かな雨に、地が潤い目覚める頃を意味するそうです。 先だっての週末も、土曜日は叩きつけるような強い風。 日曜日は全国各地で軒並み氷点下の朝を迎えるような状況でしたが、 「地が潤い目覚める」ことを想起させるひとときを、 栃木県栃木市「花之江の郷」で受け取ることができました。 冒頭は、以前の記事でもご紹介した「セツブンソウ」。 節分の頃に咲くはずのこの花が、2月中旬を過ぎてようやく見頃始めに。 枯色の地表に降り注がれた、やわらかな光は星屑のよう。
足元を注視しなければ見逃してしまうほどに物静かで、
楚々としたたたずまいの中に、却って健気さや強さが感じられます。 開花が遅れている野草たちが多い中、ほぼ例年通りに笑顔を見せる花々も。 こちらは、セツブンソウにどこか面差しの似ている「バイカオウレン」。 福寿草が元気な笑顔を見せるには、気温が低すぎました。
よく晴れた暖かな日中に最も美しく開くそうですが、 真昼でも6度に届くかどうかうという状況では、半開きのまでがやっと。 そのつつましやかさも秀逸で、紅色を帯びた品種はとりわけ艶やかに地を照らします。 まだ暫く心の傷みは消えそうになく、足元ばかり見て歩いている状態ですが、 北風がまともに吹き下ろす空に近い場所よりは、 生命の源である水分にも恵まれた地中や地表の方が数段、暖かいのかもしれません。 今は希望を回復するためにも、そんな地を見つめるのもよいかと思いました*** |
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ほんの少しずつながら、各地から春便りが聞かれるようになりました。 いま時分は、暦の上で立春の中頃を示す「黄鶯啼く(うぐいすなく)」の侯。 『春告げ鳥』とも呼ばれるウグイスが野山に声を響かせ始め、 梅の開花が次々と進んでいく頃を表すようです。 (「なく」は本来はかなり難しい書き方で、「日見 日完 く」=「なく」となりますが、 おそらくWebページでは文字化けしてしまいそうなので「啼く」と表記しています) 冒頭の写真は、以前の職場の傍にある「亀戸中央公園」で、
2007年2月の朝の通勤途中で撮ったもの。 この鳥はメジロですが、やわらかな朝陽に香を立たせた梅の花の中を 自由に動き回る緑の羽に、思わずウグイスかと驚きました。 実際のウグイスは、もっと茶褐色に近い羽色を持っているとのことで、
よく絵に描きあらわされているウグイスの明るい黄緑の羽は、実はメジロのものだという説も。 遥か昔、ウグイスの啼く声を聞きつけた人が、 目の前の木に止まっていたメジロが声の主だと思ったことが、その原因のようですが… いずれにしても、この若葉色をした羽を纏う鳥が、
ふわりと灯をともす梅の花々に寄り添う姿は、 真実の春の訪れを感じさせる、至福の1枚です。 明日の夕方、私はこの公園に行ってきます。 そのときに、この鳥に会うことはできるでしょうか*** |
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ここ数日、これまでの厳しい寒さを帳消しにしてしまうような暖かさ。
それが一転、今朝は大雪が懸念されるほどの冷え込みになりました。 最も暖かった2日の土曜日と、今日の最高気温の差は15度以上。
2月4日に立春を迎えても、このまま順調に春へ進むというわけにはいかないようです。 一年の暦を24の季節と72の侯で現した「二十四節七十二侯」によれば、 立春からの数日は「東風凍を解く(とうふうこおりをとく)」。 旧暦の新年を示し、暖かい春風に川や湖の氷が解け始める頃とのこと。 地域によっては「東」は春の象徴で、東風=春風を意味するそう。
「東南西北」ということばは、そのまま「春夏秋冬」に繋がるのかもしれません。 ひと月前までは、午後4時半を過ぎれば夕空は闇色に染められていましたが、
今では5時を過ぎても陽の色を感じられるほど。 まだまだじっくりと目を凝らさなければ早咲きの梅にも会い難いですが、
此処よりもずっと南方で温暖な地域では、 見頃を迎え始めている梅林もあると聞きます。 ↑こちらは、2010年の2月に訪れた神奈川県小田原市「曽我梅林」。
あと半月もすれば、この光景と同じほどに梅が咲きそろうのではと思います。 手の届く場所にそれを眺めることはできなくても、
その便りを聞けるだけでも今は充分。 私の心の中は新しい季節の息吹に満たされています*** |







