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次の雨に、悲しみを洗ってもらえばいい。
次の光に、涙を拭ってもらえばいい。
次の風に、背を押してもらえばいい。
苦しみはこの世のわずか一部でしかない。 すべてではない。 独りの力で乗り越えなくていいのだと、 時空を経たことばが聞こえたとき、 私は受けとめた。 真実の救済を。 ******************************************************
こちらは、茨城県石岡市「茨城県フラワーパーク」。
今日、無事に此処を訪れることができたことに、 まずは感謝しなければなりません。 毎年のように綴っているので、もう詳しく記すことは控えますが、
7月3日は、私が深く尊敬していた友人の8回目の命日。 その時は何も知らず、足を運んでいたのがちょうどこの場所でした。 昨年のこの日は、誰彼と会話をすることすら苦しく、
ひとりデスクに向かって考え事をしてもまとまらず、 仕事に出ても何もかもがうわの空。 これでは却って迷惑になりそうだと、今年は潔く休暇をもらうことに。 海のように、空のように、研ぎ澄まされた青の世界。
ただ静かに、深い眠りを護るようにたなびく紫陽花の河。 かの友人も、いつも心に清廉の青を携えているようなひとでした。
荘厳な森を吹き抜ける初夏の風は時に冷涼、
微かな陽光を受ければ、ひとひら帯びる夏の色。 雲の切れ間から陽が現れたかと思えば、
木々さえも揺るがすような風とともに雨が行き過ぎる、不安定な天候。 まるでこの数時間に、この季節に存在する天体現象を、 できるだけたくさん集めて、この処に届けてくれているかのよう。 天と地、光と影、喜びと悲しみ、そういった相反を宿す空気感、
其処を永遠のように染める紫陽花の美しさは、8年前と何も変わりません。 快晴の空のもとでの花めぐりに勝るものなし、
普段の私であれば、きっとそう思うはず。 ですが今日だけは特別。
失われてしまった多くの歳月を、この一日に凝縮し、
未だ悲しみと連結する私の心に次の希望が与えられるよう、 灰色の雨の雫と透明な陽光の共演を、 天が計らってくれたようにさえ感じました。 |

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