|
オリーブの葉に緑の幼虫がゐた
10cm近くもあらうかというそれは ゆつくりと 新芽を食んでゐた 老人がのんびりと畦道を歩いてゐる
唸り声のやうに鼻歌が通り過ぎてゆく 小判草が一斉にざわめく
…大丈夫…
…大丈夫… …行かなゐの… 近所の小学生が座り込んで、小型のゲーム機で遊んでゐた 母親は男と車ででかけて行つたきり まだ帰つて来なひ 喉が渇いたといふので
麦茶を飲ませてあげた 決まつた
こんな時は比較的簡単に決まる
行 か な い
もう帰る場所はありはしないのだ
オリーブの葉を食みながら幼虫がちらりと見た
泣きなさいと云つた
泣いた。 蕾だつた百合がいきなり咲いてゐた
*・゜゜・*:.。..。.:*・*:゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*
いぬふぐり人信じたき日和かな NOA
|
詩
-
詳細
コメント(23)
|
Andrew Wyeth「幽霊」1949年
緻密なタッチで筆を走らせながら
イーゼル越しにのぞく アーモンド型の瞳は 猫科の狩人のようで
その他大勢など視界に入らない
あなたと私を繋ぐ直線のエリアだけが 熱を放っている Tシャツ越しの体
全て見透され 血管や筋肉 細胞までもが あなたを通してろ過され キャンバスに焼きつけられる 壁の落書きも
照れた笑顔も 無口な横顔も 全てあなただけど 一点だけが
鮮やかに紅く燃えていて
その紅さで
私を射抜き 全て抱え込んで 強力に反転する もう帰ってこれない
…とすら思えてしまう アンドリュー・ワイエスのこの絵の原題は「The Revenant」。
「黄泉の国から戻った人、亡霊、幽霊」という意味がある。
長い間閉めきられていた部屋のドアを開けて、
埃にまみれた鏡に映った自分の姿を見た時、
幽霊と間違えて驚いたのだとか…
自画像というよりは、あくまで部屋の一部としての自分、
窓際の蝿の死骸、ぼろぼろに破れたカーテンと共に、
そこにある小道具としての自分を描こうとしたのだろうか。
本当の主題は白。彼にとって白は死のイメージにも通ずるようである。
この「幽霊」の描かれた1949年に、ニューヨーク近代美術館に
「クリスティーナの世界」を買い上げられ、
これをきっかけにワイエスは一躍有名になった。
「幽霊」はちょうどその時期の作品であり、
彼がそのような意図を込めて描いたかどうかはさだかではないけれど、
突然降って沸いた名声に居心地の悪さを感じている、
彼の違和感・驚き・不安をも感じられるようである。
この部屋の鏡を通して彼が観たふわふわと幻想的な姿は
この時期の彼の内面を表した、やはり紛れもない自画像であると思う。
|
|
夢を見ていた
辿りつけそうで辿りつけない そこを目指しているときには気が張り詰めていて 困難も気力で乗り越え 寝ている時も戦っていた ふと気付けば
子供の頃に封印した筈の傷がぱっくりと開き
上からも下からも血は噴き出し 刻まれた深い傷は 今更のように痛みだす もう元には戻らない 重圧に押しつぶされそうになりながら
そこを目指し 手に入れたものは 何だったのだろう 今もこの手にあるんだろうか
辿りついた先に何があるかなんて
わからなかった 何処かに辿りつけるのか
何かが手に入るのか 今もわからないまま これからも
歩き続け 戦い続け 進み続けるしかない
強くても弱くても
ひとりでも
絵/【空間概念 期待】Lucio FONTANA(1899〜1968)
水性絵の具、画布115.7×89.0cm
台風が直撃するようですね…
先日のも大変でしたが、
今回は更に大きく被害が心配です。
皆さまお気を付け下さいね…
|



