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本番が終わる
作られた世界が音も無く崩れる しかしその空間には 50分ないし 60分程度 作品の残像や残り香が充満して 静寂張りつめたその場に 新たな磁場を作り出して 何も無い空間に透明な何かを 残す しかし これは信仰というか そう信じてるので独りよがりであって そんな事も無く 本当にただ音も無く 淡々と 過ぎて行く 何も無かった様にではなく 本当に何も無かった 何も起こっていない空間として つまり僕の作品は終わりを迎えたと思っていても その場に何も起こっていなければ 始まってもいなく そんな行為をしてしまってはいけないのです そう心に思いがけながら踊る様になったのは ほんの数年前から 恥ずかしい話しですが しかしだから今は常に心がけています 作品は死ぬのです 死ぬ為に生きる 平原慎太郎 |
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死を身近に感じる時、生を強く意識するのではないかと思います。
寒い地域の人は特にそうでは、と感じます。
体で表現して人に伝えることの出来る慎太郎さんは素敵で羨ましいです。
2011/10/16(日) 午後 11:26 [ kao*i*g_d0_**_27 ]
kaoringさん>
北海道の人間が生を意識するかどうか、僕もそう思う事が多いですよ
そして表現はその意識の先にあると思っています
精進します
Masaさん>
「さようなら」受け入れを自らするという決心の言葉
その死に行く作品とそうであるならと接する
そうすると出会いにまた深みが出るのかもしれませんにゃ
是非踊り続けていきましょう
2011/10/18(火) 午前 11:53 [ Shintaro ]