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この一週間は福岡市内で「Dancing!」というWSのセンセーをやった
夏休みの一週間をダンス漬けにするという無謀な企画に集った20人 下は9歳から上は18歳まで バレエを頑張っている子からサッカー部だった子までキャリアはバラバラ 初日はお互いを牽制して、緊張感がある中で訳の分からないコンテンポラリーダンスの動きに四苦八苦 しかし二日目、三日目と徐々に距離が近づき、四日目になると初日できなかった事が皆ができるように すごい事だ 五日目照明、音響さんが入ってくれて大発表会 これは成果を試す為に40分の長編で、でもダンスやった事のない子も有る子も全員流れをばっちり覚えて 本番にのぞんだ なんだか変な言い方ですがすごく子供らしさがすごく見えた本番だった 楽しい所はめちゃくちゃ楽しむ 真面目なところはとても緊張感がある 場面の空気を嗅ぎ取りその通りに集中する 本当に素晴らしい この柔軟さと素直さも大切なとこなんだな〜 終了後は皆でジュースで乾杯 よく頑張りました いや、むしろとても良い時間をありがとうございました こちらも学ぶ事がかなり多かったよ とは言え、また会える事を信じてこれからも好きな事も嫌いな事もやっていきましょ 一週間お疲れ様 そろそろチラっ 蝉の声を聞きながら東京に帰るか〜!! 慎太郎 |
瞬 project
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数年一緒に居たダンサーが遂に日本を離れる
日本っていうよりも すぐ会えるみたいな距離だったのから そうならない距離の場所へと といった感じか 一期一会という言葉が重くのしかかる様になってきた というのも最近様々な別れがありその度にもっと掛けたかった言葉 示したかった態度を思い浮かべる メールやSMSは一瞬で自分を伝える が、気持ちを伝える事と説明する事はちと違う 気持ちはその相手と向かい合わなければ中々伝わらず どう言うか、何を送るかとかの気持ちの説明的な伝達より そこにどれだけ機会や時間を相手に費やせたかなんだと思う 平等な時間と気持ちの相関 ふと忙しいとは時間と気持ちのバランスを表す言葉なのだなと思った かつてNOISMを去る時 そして去った直後 一気に失った様な気持ちになった 技術も知識も得た様に思ったが それは幻想で 空手の一人のダンサーに戻った そこには人との関係が自信や、プライドみたいなのをもたらす事もあるんだなと考えた 瞬projectは北海道を中心に活動する つい先月10日間毎日顔を合わせて稽古をして新作を公演したのが 2日後にはしばらく会えない距離へ離ればなれになる もう慣れたと思っていたが今年が一番苦しかった なんでか解らないが、きっと言いたい事が山の様に積もりながらも風化する臭いを嗅ぎ取ったからかななんてのも思う これも掛けたい言葉や示したい態度が未遂で終わったのと似てる 「ただいま」 ただ、今 今だけは ただ中にあって今は傍に ただただ、今だけ しかし今だけは傍にただいま すごく気持ちが詰まる言葉である 寂しいとか思っている訳じゃないよ 一人っ子の性分で一人で居れる事が自分のモチベーションにも繋がると信じている が、 居なくなるとか居るとかってすごくセンシティブな状況なんだと心に入れとこうと 思った ただただ どっちの感情に流れる事なくただただね そうすればもうちょいとだけ人に何かをやろうと気になるのかなと思いまして 自分の時間ってそういう為に使うのかなって ようやく最近 平原慎太郎 |
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瞬project「SEVEN」好評の内に終わりました。
東京、札幌お越し頂いた方ありがとうございました。 特に東京はワークインプログレスをしといて本番は当分ないという、状況を作ってしまいました。 どうにかやりたいと思っています。 なんせ、札幌版は東京からの流れを踏みつつも、かなり変化しました。 ストーリーに沿った内容だったものから作品の雰囲気やその中に眠るメッセージを探りそれを強く打ち出す事ができたと思います。 特に柿崎の呟くシーンはやってる事が一緒ですが受け方が全然変わるようになりました。 あとセットも上田君(舞台監督)とスガちゃん(照明)によりかなり良い物が出来ました。 本当に東京や関西圏でやりたいのです、が良くも悪くも様々な問題があり難航しています。 というのも、柿崎麻莉子が今年の八月からイスラエルのバットシェバのJrカンパニーに入団する事が決まりました。 これは嬉しいニュースです。 彼女の表現力と身体能力が世界に理解されたのです。これは嬉しいです。 イスラエルはダンサーにとっての環境がすこぶる整っています。 彼女の年齢でこうした場所に行ける事はダンサーとして飛躍するチャンスです。 勿論、国内にも良いダンサーが居ますが日本は環境が整っていない事や、劇場の方針などが難しく良いダンサーが潰されたり、海外にいってしまう事が多々あるのです。 ワールドカップとかあったら日本代表としてまた集まって試合ないし公演ができるのでしょうが、文化的な活動している人間は創作環境も活動に大きく左右するのか行った人間はそう帰ってはきません。 嬉しいニュースですが、実は深刻だなぁなんて考えます。 彼女がまた日本で活動出来る様な場所(それが帰って来ても来なくても)を作る事がちょい年上の僕らの使命かもしれません。 こないだNOISMを見ましたが、やはり文化的な活動をする専門家を市政が支えるというシステムはありの様な気がしました。 作品の好き嫌いはあるかもしれませんが完成度はものすごく高かかったです。 おっと、話しがそれた。 瞬projectね。 年内は難しいかもしれませんが、絶対に再演をしたいと心から願います。 それまで各自やれる事やっていつか来る再演に備えます。 足を運んで頂きありがとうございました!!! 平原慎太郎 |
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ダンスを教える事
木野彩子さんというダンサーはブログでこのように書かれています http://saikino.blogspot.jp/2012/06/blog-post_26.html 僕はNOISMを辞めて5年が経った 週に4カ所くらいでダンスを教えている ダンスを教える意味は中々とらえどころの無いように思う 教える教えないは完全に個人の自由 プロフェッショナルという立場が存在しづらい(もしくはしない)この国で 教えた後その人の何処まで責任を教え側は背負い、当事者は何処に行くのかという疑問は確かに残る では、ニーズがあっても教えないのかという事にもなる ダンサーという職業が成立しずらい国でもダンスを学びたいというニーズはあるし、 コンテンポラリーダンスを見たい人も居れば、その道のプロフェッショナルになりたいという人も居る そんな職業ないのにプロフェッショナルになりたいと思う そこには途方も無く悲しい響きがある しかし実際にあるのだ ではなぜプロフェッショナルが無いのか それは僕はしっかりとした技術や舞台に立つ上での考え方を教える人が少なかったからなのでは ないかと感じる 技術とはテクニックの事だけを指してる訳ではないはず 例えばアカデミックなテクニック、舞踏、HIPHOPのテクニックなどなど 身体的な技術の鍛錬だけではなく、ダンスを介した他者とのコミュニケーション、洞察力、空間に対するコンポジション、新しいダンスの定義発案などなど舞台における必要な要素を把握させる事もテクニックだと思うし その中で個人のプライオリティを決めて行く事を磨かせるのも重要な役割だと思う それは空間把握に対する思想や哲学にも繋がる ダンスは現在ダンサーの物だけではないし ダンサーは逆にこれらを熟知し方法論として話せる存在でなければならないのだと思う そういった専門知識を持った人間の連なりがより専門的な強度を持った作品を産み プロフェッショナルダンサーという人達が生き残れる環境を作るのかもしれないという 夢を抱いて日々やっている 僕がダンサーになった時代はコンテンポラリーダンスの流行の波が急速に引き、誰でもがダンサーと名乗り舞台に上がれるようになった ダンスの大衆化は素晴しい事かもしれない しかしその結果専門家と呼ばれる人間は少なくなったのかもしれない 専門知識が無い専門家っていうのは存在し得ないと思うのにだ 金森穣氏がNOISMの芸術監督になってもう八年が経つが 彼から学んだ事はテクニック的な事の他にも、限りなくなくあったしまだまだ気づけなかった部分のほうが多いだろう 僕は彼に出会わなければここに居ない つまりこういった専門家をどんどん育てて行けばビジュアルアーツ、パフォーミングアーツのプレイヤーや作り手の強度が保たれ洗練専門的な知識と感覚を持ったダンサーとして成立し 様々な分野でその知識を活かせる時代が来るのではないかと思う 楽観的ではあるけどもそう信じてる そしてその人間は必ず生活をしていなくちゃいけないと思う これは当たり前の事だがダンスで生活をするという事に神経を尖らせ拘り成立させていかなくてはいけない そうやって無理矢理にでもでダンスで生活する人間が増えて行けば結果的にはダンスでも生活する事ができるという状況が作り出せるんじゃないかと思う なぜなら考える機会になると思うからだ 生活のどの部分にダンスが必要なのか、どこにニーズがあるのか 教育はダンスを通して何を社会に与えたいのか 社会は教育にダンスを用いて何を伝えたいのか、、、 とまぁ、なんか、もういいや、 長くなってしまった 夜は危険だ 僕はこの記事を多くの人に読まれたくないので残念ながらどっかのタイミングで消すとは思うが 最後に一つだけ ダンサーが絶対にしなくては行けない事が教えだとすら思っている 人が人に何かを伝えるのを辞めたらそれは途絶える 勿論盗める人間は盗めば良い だが教えるという事はコミュニケーションの始めだとも思うし そのコミュニケーションを止めては生活すら楽しくないのだ 子供がなぜと教えてを求めたらまずゆっくりと語りかけるのが先に生まれた者の宿命なのだ 平原慎太郎 |
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東京に戻って来て早くも5年です。
この間に様々な事がありました。 大植、柳本達との出会い 近藤氏との再会 カルメン、アレハンドロとの共演 神奈川県民での3人のアーティストとの対峙 小林さん、前川さん等演劇人の新しい世界 大きいソロ公演の経験 そして何よりその前のNoismのキャリア それらをフルに集結して公演を企画しております。 2013年1月5日、6日に両国シアターカイにて、 今の日本人に於けるコンテンポラリーダンスというものを見出したく、 スペインの一線で活躍するカルメンワーナーの作品と、私の作品のダブルビルです。 二つの作品を比べる事で世代や地域や思想の差がはっきりと出れば 現状が解るのではないだろうかという意図を持ちます。 社会にすっとダンスを滑り込ませる潤滑剤をイメージし「グリース」と名付けました。 そこでその公演の平原慎太郎作品に出演して下さるダンサーを募集します。 応募規定、詳しい詳細は面倒かもしれませんがリンクよりOrganWorksのサイトで確認下さい。 http://theorganworks.com/ 今までダンサーとして裏打ちされた経験を持ち稽古を研鑽を重ねて来た方や、ダンサーとしての活動の幅を広げたい方、自分を表現の海に投げ出し試したい方、これからダンサーを目指す熱い思いを持ったダンサーまで幅広く募集します。 オーディションはワークショップオーディションの形式をとりますのでワークショップのみの受講も可能です。 何卒宜しくお願い致します。 平原慎太郎 |



