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今年度最後の弁論大会に出場してきました。
この大会は通常の弁論とは違い、高校で福祉を学んでいる生徒が、体験を通して感じたことをもとに、さまざまな福祉の諸問題と自らの将来の夢や目標を述べるもので、名称も『高校生福祉体験発表会』と言います。名前はほのぼのしていますが、今日実施されたのはれっきとした県大会で、勝ち抜けば九州大会そして全国大会まであるハードな大会です。
毎回レベルが上がり、本当に厳しくなっています。
そして今回、ついに我々の敗北を実感する発表が相次ぎました。もちろん、わが校の生徒はミスすることもなく、練習通りの完璧な弁論をしてくれました。しかし他校は、福祉科の先生が本気で指導をされたのだなとわかる内容で、率直に負けたと思いました。専門的な分野だけに、ホンモノに負けた瞬間だと自覚して覚悟をしました。
すべての発表が終わり、成績発表。
呼ばれたのは、わが校と生徒の名前でした。本当に驚き、呆気に取られてしまって、どんな表情をしていいかわかりませんでした。
審査員の講評から、類推をすると”伝わる話”だったか、という観点が、勝敗を分けたようでした。内容をいかに伝えるか、この意識がほんの僅かだけ、わが校の生徒が上回っていたということだと思います。そういった意味で生徒はよく頑張ってくれたと感謝しています。
平成30年度を笑顔で終えることができました。
感謝。
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教師最終章
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今年も弁論大会のシーズンはほぼ終わりました。
弁論を生徒に取り組ませるにあたり、実体験をさせます。その際に、さまざまな取材活動をさせるのですが、夏に取り組んだ『社会を明るくする運動弁論大会』では、犯罪被害者の方に取材を行いました。
2006年に二十歳の若さで殺人事件により命を落とした女性のお母さんとコンタクトを取り、幾度かのメールのやり取りをする中で、生徒はさまざまな学びを得ることができました。
そのお母さんは、娘さんの死に関して、犯罪被害者の支援はもとより、刑務所に服役している受刑者に対しても支援の活動をされています。生徒は、その活動に強い関心を抱き、生徒なりに一生懸命にお話をうかがいながら、文章を書き上げました。
今日はそのことがご縁となって、そのお母さんを本校にお呼びして講演会を開催することができました。
まさに弁論が紡いだご縁と言えるでしょう。
お母さんの心からのお話は、そこにいた全員の心を突き動かしたことはいうまでもありません。犯罪が悲惨なものであることはもちろんですが、命の意義について深く深く考えさせられ、生徒たちは口々の感動の感想を述べていました。
弁論で勝ち負けを云々していた自分が恥ずかしいです。
人の心に訴える、ということの本物を今日見た感じがしました。
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6日(木)・7日(金)に福澤諭吉記念第 57 回全国高等学校弁論大会が大分県中津市で、そして7日(金)・8日(土)に第2回全九州高等学校総合文化祭弁論部門が鹿児島市で開催されました。
何で全国大会と九州大会が被るんだ〜!と叫んでも仕方がない…一部を割愛しながら2か所の弁論大会に臨みました。この三日間で移動距離約1100km。少々疲れましたが(やっぱりGT-Rは、ラクです)、何とか終わりました。
結果を申しますと、両大会とも入賞は果たせず、上位大会の厳しさを改めて感じました。一番の収穫は、生徒たちが充実感と今後も続けていきたいという意欲を持ってくれたことです。成績自体も前年度より上昇していますし、私も手応えも感じました。そして、審査委員長の講評も非常に役立つ内容で、参加して良かったと感じています。
年内はこの大会が最後となり、今年度は年明けにあと一大会を残すのみとなりました。
いや〜、弁論は本当に面白いです。
また、生徒たちと頑張ります。
(日本一カワイイ女子高生に選ばれた生徒です。)
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ちょっと自慢話です。(私の話ではありませんが…)
私の勤務校にスゴイ人物がいます。
高校なので、その人はフツーの先生です、数学の。
実はこの数学の先生、偉大なるコンポーザー、作曲家なのです。何と彼は、今を遡ること数年前、まだ学生だった頃、彼の書いた曲が全日本吹奏楽コンクールの課題曲となりました。
全国で何万人もの人々が、必死になって取り組む課題曲の作曲者だったのです。今でこそ、ただの(失礼)数学教師ですが、ちゃんと音楽の分野でも、小さな光を放ち続けています。
今日、彼の新しい作品を聴くことができました。系列校の大学の学生から委嘱されて出来た”木管5重奏”の曲です。
『みどりの森の小組曲』。
著作権とかいろいろあるのでUPはできませんが、非常に可愛らしい、心がほのぼのとするいい曲です。彼のやさしい人柄がにじみ出た感じで、本当に心が洗われていくようです。
そんなコンポーザーと一緒に仕事ができていることが、私の自慢です。
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