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青いらんくる♪
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書庫記憶(1993年)

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KEEP ROLLING LETTER MEETING
 
 
日時   1993年11月12〜13日
 
場所   兵庫県猪名川町  大野アルプスランド
 
1993年秋、ヨンマルをはじめとする旧式小型ディーゼル搭載の4駆を取り巻く状況はいよいよ危ういものになっていました。 事実上の車庫飛ばしか、大枚を叩いても、ガソリンに載せ換えるか、ガス検にパスできる保証も危ういような対策装置の他にはこれと言った決定的な救済案も無いままに古い順にXdayの執行猶予が付けられ、対象地域に居るランクル乗りに容赦なく圧し掛かっていました。 そんな中、とにかくなんとか存続できる方法を模索し車種を超えて連携していこうという趣旨で連絡会が組織され、その情報交換のために冊子が作られるようになりました。  その冊子に付けられた名前が 『 KEEP ROLLING LETTER 』 ( ころがし続けようぜ ) でした。
この連絡会の関西の主要メンバーが昨年の40MEETINGの実行主要メンバーであったので、この KEEP ROLLING LETTER MEETING は40系以外の車種も参加出きるが 事実上の第2回40ミーティングという共通認識で行われていたと記憶しています。
とはいえ、第1回の時のような盛り上がりは無く台数も淋しいミーティングでした。
 
これ以後、1999年まで40ミーティングは休眠する事となります。
 
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当時はまだ珍しかったディフェンダーを初めて見ました。
運転もさせてもらって、 “ 雲の絨毯 ” のような乗り心地と
クセのあるシフトレバーに驚いたものです。
 
 
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あのTOYOTAがオフロードコースを作った。
猿投(さなげ)という聞き慣れない地名を知ったのはこの頃だった。
初めて走ったS・A・Fのコースは、
・・・まるで “ サイクリングコース ” みたいだった。。。

若かったこのころはただ単純に
「 走るには物足らないな・・・」
としか感じられなかった。 

その後、ブラッドレーカップやS・A・Fカップのたびに手を加えられ
良くも悪くも今の姿になった。
 

鳥ヶ池

 
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                                            長野県 大鹿       1993年 秋
 
 
 
 
☆ 1993年 秋 クラブツーリング
 
このツーリングは、大鹿村を起点に、南アルプス越しの山梨までを2泊で走るというものだった。私的には、入会して初めて準備を任されたクラブ行事だったこともあり印象に残っている。そういえば、専門誌が取材に来ていた。 同行取材なんて初めての経験だった。。。
 
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以来、クラブが・・・というか、会長がマスコミと絡んでいく事が多くなっていき、次第に 『 神格化 』 されていった。

その専門誌は遠の昔に無くなったが、この “ 大いなる勘違い ” は今だに続いている。。。
 
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関東、中部、関西より有志が大鹿の鳥ケ池に集結。 
器用なメンバーが手早く揚げてくれるてんぷらで酒がすすんだ。
 
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じつに天候に恵まれたツーリングだった。 
秋キャンプの良さに気付き始めたのもこの頃だった。
 
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 分杭峠へ行く途中の河原へ下りて小休止。 
ここで1台がタイロッド/リレーロッドを曲げてしまうアクシデントに見舞われた。
 
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タイロッド/リレーロッドを痛めたヨンマルは、
ハンドルが明後日の方を向いて走りにくそうだったが、
キャンプ地までなんとか騙し騙し乗っていき、
到着した後にメンバーによって手早く修理され復活。
会長がエンドプラーを工具箱に忍ばせているのには驚いた。
 
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2日目は白州の駒自然センターでキャンプ。 
予約しておいたヤマメを塩焼きにして酒がすすんだ。
 
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翌日は青木鉱泉を目指して林道を行く。
 
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青木鉱泉でひとっ風呂浴びて、楽しかったツーリングも帰りの支度。
 
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京都へ帰るメンバーの1台が不調になった。ダイアフラムが破れてスローが利かなくなった。 予備の部品が無いので修理は出来ず、上がったアイドリングをブレーキで無理やり落としながら、クラッチ操作で騙し騙し走っていたが、林道は危ないと判断して、諏訪南 I C まで引き返して中央道でゆっくり帰って行った。入笠山で関東のメンバーと別れ帰途に就いた。出先でのトラブルを目の当たりにして、いろいろ考えさせられた。しかしそのいずれもが普段の備えで対処が可能であるのがシンプルなヨンマルの利点でもあるなと、改めて思った。       
 
 
 
 
 
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 ランドクルージング in 四国  (1993年 夏)
 
 
 注) この文章には、合成着色料および超強力ふくらし粉がふくまれております。
 
 第六章  『 四国最後の日 』   
 
イメージ 3あかん・・・だいぶ遊びすぎた。。。
junちゃんを徳島まで送っていけるやろか
心配になってきた。
幸いというか、これから先のルートはJR
沿うように走っていくルート。 最悪の場合、
途中から電車になってでも待ち合わせには間に
合うようにしなアカンけど。 junちゃんが
徳島への到着時間から逆算して時刻表で時間調べたら、どうもこのままランクル
で走り続けたら厳しいかも知れん。。。 このまま一緒に行けるだけ行って、
間に合いそうになくなったら途中の駅で別れて電車で徳島へ行こうか、
っていう事になり出発する。
イメージ 4国道に戻って飛ばす。 高知市まで約1時間掛かった。 市内で渋滞にあったけどなんとか抜けられた。
I さんから 「 高速に乗って最初のPAでjunちゃんロクマルに行ってもらうし 」 と無線が入った。
「 ハイハイ、ほんなら助手席片付けとくし〜 」 と無線で返事したものの、高速まではまだけっこうあるみたい。
昨日までやったらちょこちょこ止まりながらやったけど、今日は時間が無い
から河原からノンストップですっ飛ばしている。 そろそろ疲れてきた。。。
 国道56号線から離れて南国方面へ、途中のコンビニで小休止。
イメージ 5ここでjunちゃんがロクマル
に移動。 
ここから先頭はJrロクマル、
T 姉ちゃん、 I さんの順番で
高知道に入った。 途中に56の
消防車が置いてあって 「 あれも
ランクルの兄弟やで 」 とjun
ちゃんに教えてあげた。 “
 たくさん種類があってようわか
らん ” とjunちゃんは言ってた
けど、「 対向で走って来るヨン
マルには手を振ってはるよ〜 」 と T 姉ちゃんが無線で教えてくれる。
ようやく南国インターまで来た。ここから川之江まで一気に行ってしまう。
 いままでベラベラと無線で喋りまくっていたのでここいらで静かにして走り
に集中しようかという事でマイクを置いた。 しばらくすると T 姉ちゃんが
アカン・・・黙ってたら睡魔に負けそう・・・ 」 と無線。。。
いままで頑張ってきたけどついに自分のバッテリーが切れる寸前みたい。。。
I さんから 「 ほんなら、最初のPAで止まるし 」 と無線。 しかしトンネル
ばっかりでなかなかPAがあらへん。。。だいぶ走って、ようやく
( 馬立 ) PAで停車。 クルマから下りて T 姉ちゃんの所へ。
イメージ 6一見してしんどそうなのがわかる T 姉ちゃん。 心配そうに声を掛ける junちゃん。 時間はpm4時ごろ。 このままやったらjunちゃんを徳島まで乗せていくのに無理が出てきた。 どうするのが良いか・・・ Jr と I さんで最善の方法を考える 。 電車の時間を調べてみたら徳島へ行く本数があんまりあらへん。 徳島で待ち合わせの
時間に間に合うやつ見たら直近の駅 ( 阿波池田 ) に行くにしてもあと1時間
もあらへん。。。
しゃ〜ない!、こうなったら Jr のロクマルに junちゃんと T 姉ちゃん
乗せて、T 姉ちゃんは後部座席で寝かせて駅まで走ろう、 という事になった。 ここからは T 姉ちゃんのランクルをマーちゃんが運転して “ 陸送 ” するように
言うと、 「 オレ、ヨンマルあんまり運転したことないし・・・ 」 とビビる
マーちゃん。 そこで、とりあえず Jr は先に出発して、 I さんがPAで “
 臨時ランクル教習所 ” を開設してマーちゃんに運転に馴れさすようレクチャー
することになった。
イメージ 7線対面通行で時速60キロ制限の高知道を、そんなんかまってられへん! Jr のロクマル。
高速を下りても、追い越し禁止の国道192号線を “  時速三桁弱 ” ですっ飛ばした。 
・・・助手席のjunちゃんの顔が引きつっているような・・・。。。でもなんとか電車の時刻には間に合った
T 姉ちゃんはどうやら眠気のほうもとれてチャージ完了したみたい。
I さん兄弟も出発の5分前くらいに無事到着。 junちゃんとはここで
お別れ。挨拶もそこそこに、junちゃんが列車に乗ったのを見届けてこちら
も出発した。 国道が途中までJRと併走している。 走り出して暫くしたら
列車が追いついて来た。 junちゃんの姿を捜すが見つけられなかった。
「 疲れてシートにうずくまって寝てるんとちゃうか 」 とマーちゃんが無線で
言ってる。 
イメージ 2予想通り、徳島市に近付くにつれ渋滞してきた。
 I さんが、吉野川の対岸沿いの県道を使えば
鳴門市まで一気に行けると無線で教えてくれる。 こっちの道がかなり停滞してきたので、テキトー
に橋を見つけて渡ってしまい対岸の県道に入った。 こっちは嘘みたいにスイスイ走れた!。
気分よく走れるのはいいけれど、いつの間にか
太陽もどっか行って暗くなってしもうて、
お腹も減ってきた。。。けど店がぜんぜんあら
へん。。。
やっとみつけた、あんまり旨そうやないラーメ
ン屋に入った。 今ごろはもうjunちゃん徳島
の友人と会えてるはず。 「 junちゃん無事
に着いたやろか? 」 そんな話しながら 
ミソラーメンとミソギョーザを食べた。。。
人間の腹ごしらえも済んで、次はランクルの腹ごしらえ。 
新装開店したばっかりのガソリンスタンドに入って給油。プレゼントに
100円ビールを6本くれた。。。
もう少しで、本州四国連絡道路の鳴門インター。 もうここからは迷う事無く
本州四国道路に乗り、真っ暗けの海の大鳴門橋を渡って淡路島に入った。
 
終点の津名一宮インターで下りて、国道28号線で甲子園フェリー乗場が
ある津名港に到着。
関西地方に帰ってきた。もうすぐ家に着く。。。
やっと港に辿り着いたけど船があらへん・・・。
出て行った直後やったみたい。
次の船が来るまで待合室で暇つぶし、約1時間待ってやっと乗船。
船内は空いていてゆったり座れた。 西宮まで2時間寝られる。。。
クーラーのよう効いた船が動き出したらすぐに I さんが寝てしまう。
 I さんの顔見てたら、なんかこれまでの苦労をものがたってるみたい。
四国に来て一回もヒゲ剃らへんかったから余計ににそう見えた。
続いて T 姉ちゃんも。。。 寝難そうな恰好でマーちゃんも。。。
最後に Jr も寝てしまい、この間だ〜れも何も記憶あらへん。
 
イメージ 10
 
完全に熟睡してる間に日付けが変わり。。。
イメージ 11T 姉ちゃんにみんな起こしてもらって車両甲板へ。 
各自ランクルに乗り込んで、14日am12時半に西宮に
上陸を果たした。
あとは名神高速で帰るだけ。夜中やしお盆やしトラック
もほとんど走ってへん。
 
最後に無線で 「 それじゃぁまた十数時間後に、保津川の
河原で会おう! 」 と言って I 兄弟が京都南で下りて行き、Jr は京都東で、T 姉ちゃんは瀬田西で下り、それぞれ
am2時ごろには無事に帰宅できた。
まあいろいろあったけど各自何事もなく無事に家に着いた。
反省せんとアカンところもあるけど、なんとか月例ミーティングにも間に
合ったし、ヨカッタヨカッタ。
 
 
ああ、ところで一木さん、 この “ 四国珍道中の反省会 ”   何時すんねや?。。。
                                                               完                      最初(プロローグ)に戻る
 
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四国ツーリング 1993年8月 あとがき
イメージ 15 
 
19年前の四国レポート、いざ書き出してみるとあまりに
長くて・・・転載がたいへんだった。。。
( A4紙 のべ22枚分・・・笑 )
文章をなぞっていると、当時のこの旅に対する思い入れが
伝わってきた。
 
けっきょく、これの反省会をやることはなかった。
あれから早19年、大した反省も進歩もなく現在に至っている私がここに居る
わけだな。。。
 
 
イメージ 12船に愛車を載せて渡って行った19年前の旅は、ほんとうに
 『 遠い四国への旅  』 だった。
それは速ければ良いのではなく、たとえば船を待つのも汽車を
待つのに似た旅の醍醐味だった。 頑丈一点張りのスパルタン
なヨンマルに揺られ、汗と疲労にまみれながら幾重にも重なる
山を越え、オドロオドロシイような三桁の国道を延々と踏破し、
鄙びた温泉を巡るキャンプの旅は、道のりがそうそう容易くは
なかったからこそリアルだった。 行きのフェリーでは海を眺めながら旅情を
膨らませ、帰りのフェリーでは旅の余韻に浸り、そして何より私とヨンマルに
貴重な “ 休息 ” を与えてくれた。
 
イメージ 13どんなに良い道が出来ても、便利なハイウエイオアシスが
出来ても、車中泊に具合が良くて性能&機能もそこそこ満足
させてくれる“お高い車”が出来ても・・・。便利になった分
だけ怠惰なドライバーが増えただけなように見える。 
こういう輩に限って、それだけの運転スキルも無いくせに
カネと暇に飽かしてどこまででも入りこんで来るようだ。
 近年、節操の無い中高年夫婦や子供連れが目立つ。
パジャマやジャージ姿のままで夜の 『 道の駅 』 やSAを堂々と闊歩
している姿は、昔から旅を重ねてきた私の目には醜悪にしか見えない。
こちらの興が醒めるのである。。。
クルマがマルチパーパスである事は歓迎する。 
しかし結局最後は人間次第なんだ。
 
旅ってなんだろう。 何を求めて旅に出るんだろう。。。
 
イメージ 14
 
そこまで書いて、ふと思った。
それじゃぁ同じ旅を、現行のランクルである
プラドや200でやるのと何が違うのだろう・・・?。
それはそれで構わない。快適でよく走り安全性
も増して結構なことだと思う。
 
 
ただ・・・あくまでも私に限っては、、、
 
あれだけの距離、峠の高低差、山深さ、海の蒼さ、道の匂い・・・
 
それらすべてが、しんどいヨンマルに乗って下道で行くほうが、
私には RIALなんだろう。・・・たぶん。。。
 
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