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1998年の秋、ランドクルーザーを作っている工場を初めて訪れた。
当時はナナマル系と100系を組み立てていた。
40系が好きで乗っている身には、申し訳ないが余りテンションは上がらなかった。
それでも印象に残っている事では、畳のような大きな鋼板が大きな檻に重ねて入っていて、それをロボットアームが1枚ずつ磁石で掴み取って大きなプレス機に送っていた。
あの当時、おそらくはボディに使われていた鋼板は0.75mm厚だったと思う。
おそらく鋼板の肉厚はさらに薄くなったのかな・・・と思える。
社屋の正面玄関を入ってすぐのエントランスホールに置かれたToyota jeep BJ型と、最初期のBJ40V。これを見せてもらった時は、工場内とは打って変わって大興奮だった。とくにBJ40Vは、所々がFJのボディパーツで、上からワイパーに片歯キーのドア、そして緊急用の『 燃料カットノブ 』が付いているレアモノだった。
この大きな模型、心底『欲しい!!』と思った。。。
( 持って帰ってもデカすぎて置く場所に困るが・・・)
最後にバックヤードの見える場所に回り、眺めて帰った。
余り興味の湧かなかったナナマルや100が、来たときよりもカッコよく見えたのは、、、
たぶん気のせいだろう。。。
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記憶(1998年)
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1998年の夏。
ランクル人生で、初めてパートナーなる女人を連れての紀伊半島の旅。
1泊目は、熊野本宮のすぐ対岸にあった河原のキャンプ場だった。
晩御飯は豪華に『日清やきそば』。彼女が出来ても、
何時ものビンボー旅行と変わらず質素倹約のキャンプ旅だったけどね。。。
なんかいる・・・と懐中電灯点けて大騒ぎ。。。
犯人はテントに不法侵入したサワガニだった。。。
キャッチボートが資料館になっている。
この甲板上で写真を撮るの撮らないので一揉めした。苦笑
2泊目は古座の荒船崎のそばにあったキャンプ場へ予約なしに滑り込んだ。
この日の晩御飯はレトルトご飯にレトルトカレー。。。
このトンネルの少し先でクルマが通れる道は終わっていた。
古座川の消防署にはゴーロクとロクマルの消防車が仲良く停まっていた。
このころすでにゴーロク、ロクマルの消防車は希少だった。
私は『最』の付く場所にめっぽう弱い。。。
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