原点

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いつかきっと

遅くなりましたがお盆に今は亡き師匠のアトリエへ行ってきました。

私の原点に振り返ります。

私は建築とは全然関係のない家庭、オーボエ奏者の父とピアノ教師の母との間に生まれました。
一見すると良い所のお坊ちゃんのように見えますが音楽で食べていくのは今も昔も簡単ではなく。
家庭は私が幼稚園の頃崩壊。離婚しました。

そして母方の実家にお世話になって暮らしました。
その近所に師匠のアトリエがあり小さい頃からかわいがってくれていた事もあって
高校の頃にはアトリエで少し手伝ったりしていました。

母子家庭の家計は大変で大学には進学できず、アルバイトしながら夜学の短大に行くのが精一杯でした。
そして高校卒業の頃にはすっかり建築家かぶれしていた私は大学に行かない建築家ではきっと
世間では相手にされないだろうとかなり落ち込みました。
その頃好きだった建築家はアーキグラム・ハンスホライン・磯崎さんや菊竹さんなどエリートばかり。


それでも師匠は【建築が好きだったら雇ってやる】と夜学の為早く帰宅する何もできない私に建築を教えてくれました。
実際は学校よりもアトリエでの実務が私の勉強でした。

学歴の低い建築学生が今でもそうであるように安藤忠雄氏に親近感を持っていた私ですが師匠は

【でもなお前と安藤は違うぞ。時代が違うしあんなにたくさんのパトロンがお前にはいないだろ?】

【残念だが学歴がないと有名にはなれないぞ、しかし頑張れば本物の建築家にはなれる。そういう業界だ】


今思えばなるほど・・・

挫折しそうな時もたくさんありましたが師匠に励まされ(怒られ)

敬愛する建築家も高校時代から見ると現実的で人間的な方に代わっていき

【いつかきっと、自分でやりたい建築が作れるときが来る】

そう信じてやってきました。
住宅ばかりですが今では少しずつ仕事を頂ける様になり色々なところへ行けます。


 いつかきっと、いつかきっと。


建築家の本当のデビューは60代からと言われています。まだまだです。
これからも諦めずにやっていこうと思います。


仕事に対する戒めとして
師匠との過去の記事を【原点】という記事にまとめました。

大切な人は恩返しをしたい時にはもういません。
できるときに精一杯恩返ししましょう。

あれから一年

今年は年明けから忙しく
今頃になって初の更新となってしまいました
更新が滞っているにも関わらず
いつもご訪問頂いている皆様、ありがとうございます。

総社の家は検査が終わり、順調に内部・外部の工事が進んでいます。

イメージ 1


さて、時が経つのは早いものでもうすぐ師匠の一周忌になります。
師匠に建築を教わった私ですが
いわいる建築スタイルというのは師と弟子で少し違うものだねと
昔から付き合っている職人達に言われます。

イメージ 2


それはおそらく良い事なのですが
ずっと師匠に追いつきたいと思っていた私も
第三者からそう言われてみると
師匠と目指しているものが違ったのか?とも思うわけです。

【 PERPICUUS DOMUS PER AMOR  】

師匠が愛した建築家・白井晟一氏にならい
(白井氏の建築には内容は不明なものが多いですがラテン語が掘り込まれていました。)

師匠の作った建築の表札にも刻まれたラテン語


【 愛のある明るい邸宅 】


この言葉に師匠の建築に込めた思いは感じ取れます。

建築に対する思いは間違いなく私も同じです。

イメージ 3


一周忌を前に改めて考えました。

原点

人は生きていく上で必ず原点というものがある。


私は建築設計を生業としている訳ですがその原点といえば

師匠のアトリエです。


昨日の夕方、師匠の奥様より庭の草退治をしているので手伝って欲しいと連絡を頂き

急いで行って来ました。


師匠のお宅では、師匠が旅立ったあと、後を追うように師匠のお父様まで逝ってしまい

やっと落ち着いてきたとは言うものの

奥様は11kgもお痩せになっていました。

『1人になると食べるものも適当になるし、世捨て人みたいに閉じこもっていたからこんなになっちゃった(笑)やせられて良かったわよ(苦笑)』

とは言うもののさすがに相次ぐ不幸で心労は目に見えるほどでした。


子供のいない師匠の家庭では奥様は本当に一人ぼっちになってしまった訳です。

『私にできることは何でも言って下さい、今日みたいにすぐ飛んできますから』

『体が鈍っているから、どんどん言いつけて雑用に使ってください草退治も田んぼもしますから』

と声をかける事しかできない自分になにか不甲斐なさを感じました。


話しを進めていきアトリエの話しに・・・・

先日、事務所の廃業届けを出したということでした。

師匠はアトリエの開設者でしたが1級の資格は持ち合わせておらず

奥様が1級建築士でアトリエの管理建築士でしたので続ける事も可能でしたが

師匠が話せた最後の頃


『私になにかあったら事務所は閉めなさい。お前1人では建築の仕事は責任が大きすぎるから』


そう言われていたそうで、その通り廃業届けを出してきたそうです。

師匠の優しさをあらためて感じました。

ずっと2人でやってきた奥様1人にこの建築設計の仕事をさせるのは大変な事だと。


アトリエは生前のまま、すべてそのままになっていました。

事務所登録は廃業届けという形でなくなった訳ですが、静かなアトリエには


・大きな赤い打合せテーブル

・電球に大きな笠のオリジナル照明

・ドラフター・平行定規・T定規

・壁一面にかかれた原寸の寸法体系図

・所狭しと置かれた書棚と書籍・図面

・今も優しい感触のカーペット

・どこにでも図面が貼れ、原寸確認スケッチもでき、張替可能なロータリーベニアの壁

・低い木毛セメント板の天井と表しの挟み梁


すべて活気のあったあの頃のまま、

二人が使いやすく考え抜いた設計事務所の為の事務所。

思い出を話している内に二人で涙してしまいました。

とても整理などできない。



このアトリエはいずれ奥様の気持ちの整理が付いたら私が借り受けることになっていますが

できればずっとこのままにしておきたい、そう思っています。


奥様は少しずつ本を読み返しているそうで

『この間、白井さん(白井晟一)の本がたくさん出てきたのよ、私も知らなかったけどいつの間にこんなに高いのを買ったのかしらね(笑)まったく好きになるとすべて買い揃えないと気がすまない人だったから(笑)』

と見せて頂くとそれは

私も見たことがないような全集、いくらしたんだろう?と思うほど分厚いA2版のものが二冊ともう一冊。

『良かったらもっていきなさい』

お言葉に甘えてお借りしてきました。しばらく楽しめそうです。

その後夕食までご馳走になり帰宅しました。


帰り道

原点はいつまで経っても原点であって欲しい。

そう感じました。

別れ

1月31日

師匠は大変な苦悩から解放され新たな旅へ出かけられました。


自邸へ戻られ、自分の居場所であるアトリエに足を踏み入れることも無く

彼は旅立ちました。



元気だった頃とは別人のようになり病気の壮絶さが感じられました。



かれこれ1年半以上の闘いでさぞかしお疲れになったことでしょう。


これからはゆっくりと世の建築を空から探訪し

ダメな弟子が創る建築を批評してください。


葬儀にはあなたの設計した施主様がたくさん来ていました。

【 今でもどこも直さず立派に住んでますよ、息子の家を頼もうと思っていたのに・・・ 】

と築後20年のお施主様が仰っていました。

とてもうれしかった。

いかにあなたが建築を愛し、人とのつながりを大切にしてきたか、良く分かりました。



あなたの旅立ちが早すぎて皆は呆然としておりますが、あなたの建築思想はこれからもしっかりと

受け継いでいきます。


私がアトリエをやめる時

【 もう教えることは無い。なんてな(笑)】

と言って頂きましたが

まだまだたくさん教わりたいことは山ほどあります。


奥様よりアトリエの整理を頼まれました。

あなたとの思い出を整理なんて出来ません。しばらくこのまま私の戻る場所として残させて下さい。


師匠であり父でもあったあなたが旅立つことは本当に悲しいことです。

未だに現実を受け止められませんが

どうか安らかにゆっくりとお休み下さい。

そして一番言いたかった言葉



【 ありがとうございました。】


さようならはまだ言えません。。。。。





*たくさんのお心遣いのコメントを頂いた皆様、祈りも届かず師匠は旅立ってしまいました。
 
 私自身、皆様のお心遣いに励まされ、すごく感激いたしました。

 本当にありがとうございました。

 

 しばらくの間、更新が滞るかもしれませんが

 また皆様と楽しい会話が出来るよう気持ちを落ち着かせます。

 その時はまたひとつよろしくお願い申し上げます。

拝啓師匠様

しばらく師匠の記事を書きませんでした。

昨年12月

師匠は広島に名医がいると言う事で、遠路広島に行っています(もちろん奥様も)。


ということで師匠の家とアトリエは留守になっています。

先日、奥様より

『 たまには家に風を入れて欲しい 』

との連絡を頂き、家とアトリエに風を入れてきました。



そこで私は師匠との思い出がめぐり一人大泣きしてしまいました。

・・・・・

師匠と私は

師匠のアトリエと私の実家が近所だったこともあり

子供のいない師匠は息子のように私を面倒見ていただき、そして建築の楽しさを教えてくれました。

私にとっては師匠であり父親のような存在でした。


私は高校卒業後、家庭の事情で稼がなければいけなくなってしまい

行きたかった都内の大学に行くことができず

日中働ける地元の短大(夜間)に行く事になり

これでは建築家になんてなれない と真剣に落ち込んでいると

師匠は

【 学歴なんて関係ない、建築が好きなら雇ってやる 】

と当時何も出来ない私を雇っていただきました。

このアトリエでたくさん怒られ、笑い、朝まで模型を見ながらスタディした時もあった。

何度も何度も図面を書き直させらたこと。。。。

思い出があふれそうなほど詰まっている。

そこから何十年、厳しい師匠の背中を追いかけて今日まで建築を続けて来れた事への感謝は忘れない。


たくさん教えていただいた大切な言葉。

今も私の手帳のトップページにはあなたの言葉を毎年書いています。

あなたが大切にしたモレスキンの手帳に。。。


【 建築家は人の為に設計する事を許された限られた職業、どうあっても押し付けはいけない 】

【 人が創造出来る事は必ず人が実現できる 】JulesVerne

【 依頼された以上、他の人に引き継ぐことは絶対してはいけない 】

【 自分の引いた線でどれだけの人が動くのか考え責任を持って線をひけ 】

【 自分で作れるくらいまで詳細に検討する 】

・・・・・・・・・・・・・・・etc



どうか元気にとは言いませんがあなたともう一度建築の話をしたい。

あなたの設計した自邸、アトリエは今も変わらず人を迎え入れる暖かさを持っています。

あなたの帰りを待っています。

まだまだ教わりたいことは山ほどあります。

・・・・・・・・・・・



電話口で泣き崩れてしまった奥様、師匠は頑張って病気と戦っているそうですが、、、、、

できれば師匠に会いたい。感謝の言葉を言いたい。


ちょっとしんみりしてしまいました。すみません。。。

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