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遅くなりましたがお盆に今は亡き師匠のアトリエへ行ってきました。 |
原点
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今年は年明けから忙しく 今頃になって初の更新となってしまいました 更新が滞っているにも関わらず いつもご訪問頂いている皆様、ありがとうございます。 総社の家は検査が終わり、順調に内部・外部の工事が進んでいます。 さて、時が経つのは早いものでもうすぐ師匠の一周忌になります。 師匠に建築を教わった私ですが いわいる建築スタイルというのは師と弟子で少し違うものだねと 昔から付き合っている職人達に言われます。 それはおそらく良い事なのですが ずっと師匠に追いつきたいと思っていた私も 第三者からそう言われてみると 師匠と目指しているものが違ったのか?とも思うわけです。 【 PERPICUUS DOMUS PER AMOR 】 師匠が愛した建築家・白井晟一氏にならい (白井氏の建築には内容は不明なものが多いですがラテン語が掘り込まれていました。) 師匠の作った建築の表札にも刻まれたラテン語 【 愛のある明るい邸宅 】 この言葉に師匠の建築に込めた思いは感じ取れます。 建築に対する思いは間違いなく私も同じです。 一周忌を前に改めて考えました。
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人は生きていく上で必ず原点というものがある。 私は建築設計を生業としている訳ですがその原点といえば 師匠のアトリエです。 昨日の夕方、師匠の奥様より庭の草退治をしているので手伝って欲しいと連絡を頂き 急いで行って来ました。 師匠のお宅では、師匠が旅立ったあと、後を追うように師匠のお父様まで逝ってしまい やっと落ち着いてきたとは言うものの 奥様は11kgもお痩せになっていました。 『1人になると食べるものも適当になるし、世捨て人みたいに閉じこもっていたからこんなになっちゃった(笑)やせられて良かったわよ(苦笑)』 とは言うもののさすがに相次ぐ不幸で心労は目に見えるほどでした。 子供のいない師匠の家庭では奥様は本当に一人ぼっちになってしまった訳です。 『私にできることは何でも言って下さい、今日みたいにすぐ飛んできますから』 『体が鈍っているから、どんどん言いつけて雑用に使ってください草退治も田んぼもしますから』 と声をかける事しかできない自分になにか不甲斐なさを感じました。 話しを進めていきアトリエの話しに・・・・ 先日、事務所の廃業届けを出したということでした。 師匠はアトリエの開設者でしたが1級の資格は持ち合わせておらず 奥様が1級建築士でアトリエの管理建築士でしたので続ける事も可能でしたが 師匠が話せた最後の頃 『私になにかあったら事務所は閉めなさい。お前1人では建築の仕事は責任が大きすぎるから』 そう言われていたそうで、その通り廃業届けを出してきたそうです。 師匠の優しさをあらためて感じました。 ずっと2人でやってきた奥様1人にこの建築設計の仕事をさせるのは大変な事だと。 アトリエは生前のまま、すべてそのままになっていました。 事務所登録は廃業届けという形でなくなった訳ですが、静かなアトリエには ・大きな赤い打合せテーブル ・電球に大きな笠のオリジナル照明 ・ドラフター・平行定規・T定規 ・壁一面にかかれた原寸の寸法体系図 ・所狭しと置かれた書棚と書籍・図面 ・今も優しい感触のカーペット ・どこにでも図面が貼れ、原寸確認スケッチもでき、張替可能なロータリーベニアの壁 ・低い木毛セメント板の天井と表しの挟み梁 すべて活気のあったあの頃のまま、 二人が使いやすく考え抜いた設計事務所の為の事務所。 思い出を話している内に二人で涙してしまいました。 とても整理などできない。 このアトリエはいずれ奥様の気持ちの整理が付いたら私が借り受けることになっていますが できればずっとこのままにしておきたい、そう思っています。 奥様は少しずつ本を読み返しているそうで 『この間、白井さん(白井晟一)の本がたくさん出てきたのよ、私も知らなかったけどいつの間にこんなに高いのを買ったのかしらね(笑)まったく好きになるとすべて買い揃えないと気がすまない人だったから(笑)』 と見せて頂くとそれは 私も見たことがないような全集、いくらしたんだろう?と思うほど分厚いA2版のものが二冊ともう一冊。 『良かったらもっていきなさい』 お言葉に甘えてお借りしてきました。しばらく楽しめそうです。 その後夕食までご馳走になり帰宅しました。 帰り道 原点はいつまで経っても原点であって欲しい。 そう感じました。 |
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1月31日 |
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しばらく師匠の記事を書きませんでした。 |







