全てはウシとチーズの為に…

農業大国フランスでスローライフを実現するのです!

徒然なるままに…

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再会

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日本に戻ってきて10ヶ月目です。
早いものだ。

今回の帰国はフランスへ帰るための準備が目的でした。
乳加工の勉強をするにはカネがかかる、学費に加えて生活もしなければならない。
ともかく稼いで入学の準備をして、1年後にはフランスに戻る予定でした。

ですから、相変らずの貧乏暮らし。
先日20日にはやっと入学願書と添付書類の作成が終わって学校に送りました。
海外在住と言う事で面接試験の免除と言う外人特権をいただきましたので、書類選考が全てです。
書類が無事通過すれば、10月半ばの講座開講となります。

とにかく集中して貯金をするため、日本の友達には全然帰国を知らせていませんでした。
一部の留学仲間と家族だけが、私が日本にいる事を知っていたのです。
でも先日私の身を心配して大学時代の友達が実家へ問い合わせ、帰国していることがバレてしまいました。
突然その友人から誰にも知らせていないケイタイに電話があった時には驚いたの焦ったのって…。

そして今日、彼は他の友達とともに遊びに来てくれます。
出稼ぎで東海地方の街に住んでいるのに、わざわざ千葉・東京・香川(!)から集まってくれるらしい。
明日はともかく今日は何とか天気ももちそうだし、久々に温泉にでも行こうかなと思っています。

それにしても私のことを気にかけてくれる人、会うのを楽しみにしてくれている人がいるんだなぁ、と反省とともに嬉しく思っています。
自分の視点はいつもフランスとウシとチーズへ向かっていますから、その勢いで後ろを振り返る余裕がありませんでした。
この週末は彼らとユックリ過ごして、楽しい酒とともに4年分の積もる話をジックリ交換したいと思います。

歓迎と感謝を込めてささやかなアペリティフを用意しました。
Clemant de Bourgogne(クレマン=ド=ブルゴーニュ)。
発泡ワインはChampagne(シャンパーニュ)だけじゃありません、ボルドーでもアルザスでもロワールでもサヴォワでも、安くて結構美味しいモノが見つかります。
今回併せるチーズはCamembert de Normandie(カマンベール)、他にTome des Bauges(トム=デ=ボージュ)とBeaufort Chalet d'Alpage(ボーフォール)です。
私のしてきた事/したい事を説明するなら、食べさせた方が早いと思って…。

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私がまだ小さかった頃、『ニルスの不思議な旅』というアニメが放映されていました。
実は全体のストーリーなんてマルで覚えていないくらい幼かった頃のこと、首に縄を結んだガチョウとチョッキと三角錐の帽子がトレードマークのニルスとモルテンがいた事しか記憶にないのですが。

留学中に、きっかけは忘れましたがこの『ニルスの不思議な旅』が実はスウェーデンの物語だと知りました。
第二次大戦後に地理の教材として書かれたこのストーリーは、なるほど実際に読破してみたらスウェーデンをひと周りしながら各地の特徴を物語る様に組み立てられていました。

留学仲間だったスウェーデン人に『ニルスの不思議な旅』が日本でもアニメとして有名だ、と話したら、とても驚き喜ぶとともに、不思議がっていました。
なんであんな教材色の濃い話が遠い日本でウケたのか、と。
著者のセルマという女性はスウェーデンでとても有名な人物らしく、クローネ紙幣の図柄として『ニルスの不思議な旅』のワンシーンとともに採用されています。

そんな意外な縁もあって興味を持ったので、スウェーデンに一度だけ行ってきました。
日本からは直行では行けないほど不便な所ですが、フランスからなら簡単ですから。

EU圏内といっても、フランスなどとは全然違う雰囲気がまず印象的でした。
町並みの多くはレンガ造りで結構落ち着いていて、ある意味では歴史や価値を押し付けがましく見せびらかす西欧の建造物よりも好感が持てました。
フランスにはそれほど多くない金髪も、バイキングたちの子孫の北欧に来れば金髪の本場で、女性も男性もスラっと長身でスタイルも抜群。
郊外に点々と存在する家は皆平屋でそれぞれが真っ白な窓枠を除いて濃紺や赤に塗られ、いわゆるスウェーデンハウスの可愛らしさを醸し出していました。

ヨーロッパの一国と言っても、西欧に比べてここの人々はずっと慎ましく質素に生活している印象を受けました。
食生活の主食も魚だし、日本人としてこのかけ離れた国に不思議な共感を覚えた旅でした。

出かけたシーズンが3月と中途半端で、しかも時間がなく北極圏に入ることは出来ませんでした。
極寒の中とはいえオーロラ観察など稀な経験が出来たかもしれない、ちょっと勿体無かったかな。

それ以来スウェーデンをはじめフィンランド・ノルウェーなど北欧諸国はフランスを除けば私が最も気になっている国々です。
そういえば、『ニルスの不思議な旅』だけじゃなく、レゴも『ムーミン』も北欧の生まれ。
私の成長を助け見守ってきてくれたこれら物語や玩具が私に不思議な親近感を持たせてくれているのかも知れません。

※ 驚いたことにこの旅では全然写真を撮っていませんでした。この画像は北海とバルト海の間にあるカテガット海峡上での一枚です。

続 オヤジの理想宮

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毎年夏に大変な思いをして家族で出かけていたオヤジの理想宮でした。
子供だった私にはちょっと奴隷小屋の様に感じられていたのにも拘らず、成長するにつれて価値のあるものに思えてきました。

一つには自然の中でドップリと不自由な生活に浸ることに面白みを感じられるようになったからでしょう。
高校時代にサイクリング部に所属して、群馬・長野・山梨などの山中を走り回っていたことも無関係じゃないはずです。
気が付けば山のある風景、牧歌的生活、自然が醸し出す都会とは違う時間の流れにホッとするようになっていました。。
両親の両親の時代から東京に住む私の家系では、「お隣が数百メートル先」とか「ウチの前の土地は放牧地」とかいった状況はありえませんでした。
雄大な山に見守られてユッタリと時間を過ごしたり、時には自然と格闘したり、ありえない程の数の星をずっと見上げていたり、そんなことがとても楽しいことに変わったわけです。

この小屋の別の魅力は、築30年を経てもまだ未完成なこと。
行く度に「こうしたらもっと快適じゃないか」「あれをこう変えたら便利にならないか」とアイデアがいくらでも出てくるのです。
もっとも折角の「不便な」空間ですから都会的改造はしたくないし、あまりお金もかけられないから多くはアイデアで終わってしまうのですが。

常にハプニングが付き物なのもこの小屋に飽きない理由の一つです。
年に数日しか使われない井戸は弁が簡単に干からびたり痛んだりするので、常に悩みの種です。
いつだったか、雨戸の内側で越冬をしたコウモリにビックリしたこともありましたし、ネズミ害やアリ害に苦労したこともあったし。
先日のゴールデンウィークでは、屋根にキツツキが巣を作っていて仰天しました。
どれも東京でならあり得ないか大変迷惑な話ですが、非日常での出来事なので「困ったなぁ」と言いながらもつい楽しんでしまえるのです。

オヤジはここを「タイムカプセル」なんだと言います。
確かに私と同い年のこの小屋には時々しか来れないぶん、出来事が記憶に鮮明に残り思い出となっています。
窓から見える山を少しずつ隠す防風林の成長も見守って来ました。
電気がないので、小屋にある道具は全て電気がなかった時代に考案されたものです。
壁には記憶にないほど小さな頃に兄弟3人が描いた風景の絵が貼ってあります。
驚くほど古い漫画や雑誌もワザと残して、小屋が出来上がった当時が伺えます。
つい最近まで、いつの時代のかもわからない様なとても良い状態の高島屋製の自転車が、移動の手段になるかも知れないと置いてありました。

この小屋が私に及ぼした影響は計り知れないという気がします。
他にも要因はあるでしょうが、東京で育って東京の大学を出て就職をしたにも拘らず私が全く都会的ではなく、むしろ田舎志向が強くスローライフの実現を試みているのもこの小屋があったからこそだと思うのです。
そう考えると、オヤジの教育の成果というかオヤジの策略にまんまと嵌ったというか…。

オヤジの理想宮

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ウチのオヤジは、他の人があまり持っていない(であろう)モノを一つ持っています。
それが画像の小屋です。

とある田舎に土地を買って自ら設計をして組み上がったのは、私が生まれる寸前だったと聞いています。
タイトルには「理想宮」なんてカッコいい表現を持ってきましたが、実際には単なる小さな山小屋。
電気も届いてないし水道も屋内にはない、トイレは汲み取り式のボットンだし、もちろん電話なんてあるわけがない。
それでも近年家から数メートルの位置に井戸を掘ったし、携帯電話が辛うじてアンテナを拾うので随分と便利になりました。

私が小さかった頃は夏が来るとココに家族全員で来ていました。
でも普通のサラリーマンで子供を3人も抱えていた我が家はこの山小屋の代わりに車を諦めていましたから、全員で食料まで詰め込んだ大きなリュックを背負って電車を乗り継ぎ乗り継ぎ、まるで疎開のような長旅でした。
最寄り駅周辺には買い物が出来そうな商店なんて当時はなく、駅から小屋までは徒歩で1時間もかかっていました。

小屋に近づいてもホッとする間はありません。
公道から小屋への小道は大抵雑草や茨によって塞がれていて、探検隊さながら伐採しながらでないと小屋へたどり着けないのです。
やっとの思いで小屋に到着しても、まず第一に掃除をしないと落ち着けません。
1年に1度しか来れないので、ホコリやハエの死骸に床が占領されているからです。
掃除をする一方で乾いて水が落ちてしまった井戸の復旧もする必要があります。
晴れていれば一冬越した布団を干したいし、井戸が使えるようになればバケツに汲んで小屋まで運ばなければならないし。

ご飯も大したものは作れませんから、大抵カップラーメンとかレトルトのカレー。
皿洗いや洗顔は井戸でやるので、水は手が悴み頭が痛くなるほどの冷たさ。
日が暮れると急に冷え込むので雨戸は全て閉め、電気がないのでランタンで明りを取ります。
でもこの明かりの下では本を読むことはおろか、トランプすらちょっと暗くて厳しい。
結局晩飯の後は程なく寝てしまうしかありませんでした。

サラリーマンは長期休暇を取れませんから、2泊もすれば東京へ戻ります。
ここでまた小屋の掃除・次回の準備・戸締りなどをして1時間歩いて駅へ向かい、満員の自由席車両に立ちんぼで帰らなければなりませんでした。
夏休みの遠出とは言え、全然ユックリと時間を過ごすこともできず、殆どただただ掃除をしに出かけたようなもの。
家族で楽しく名所観光なんて全然ありえませんでした。
子供心には何が楽しいかサッパリわからず、むしろ殆どイジメに近いと感じていたことをよく覚えています。

≪つづく≫

成人向け映画?

いよいよ今日ですね、『ダ・ヴィンチ=コード』の上映開始日は。
ボージョレ=ヌーボと同じく日の昇る国日本は、フランスを除けば世界で最も早めにこのフィルムを楽しむことの出来る国の一つです。

でもこの映画、日本では「成人向け映画」に指定されてしまったと聞きます。
理解が出来ん、何でだろう?
特別に性的な内容でもないし、ストーリーから想像するにそんなシーンは多分ゼロ。
何人かは殺されるけど、宮崎駿の世界でだって人は死ぬしアメリカ映画にはもっと殺しまくる、破壊シーンが売りのモノも少なからずある。

問題なのは「危険思想」ということでしょうか?
「イエスには妻などいない」、「イエスが元娼婦のマグダラを妻として愛したはずはない」、「ましてやイエスに子孫なんかいるはずはない」…。
確かにイエスが特定の女性を男として他の信者よりも愛し、聖書の中でも重要な位置にいるマグダラのマリアが禁じられていた「姦淫」をイエスとともに犯していたとしたら、キリスト教の協議や歴史は傷つくことになるかもしれない。

でもこれまでの映画界ではどれだけ常識や歴史や現実とかけ離れたストーリーがフィルム化されてきたことでしょう。
小説を書くのも、映画を作るのも、数ある作品から好みのモノを選んでその世界に浸るのも、全て個人の自由のはず。
ストーリーがキリスト教という『大物』を相手にしたからって、日本と言う国家(倫理委員会は国家機関じゃないでしょうが)が制限を設けるのはおかしいと思う。
国教がキリスト教の国々なら話は分かるが、日本は無宗教の国で政治や経済が宗教によって左右されてはいけないはずでしょう。

私は個人的に、『ダ・ヴィンチ=コード』が決して「青少年に悪影響を与えかねない危険思想を助長する映画」だとは思えません。
映画館に足を運ぶかどうか、ストーリーを一つの仮説として信じるかどうかは一人ひとりの判断に委ねられるべきで、国が「キリスト教の為にあのストーリーを信じちゃいけないよ」なんていう権利はないのです。

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