ピコピコする時間

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わたしの初ゲームはゲームボーイのテトリスだった。90年代初頭のころだった。
あれから20年以上が過ぎ、いまだにゲームを続けている。まったく身にならない最高の娯楽である。
 
<ゲームボーイとわたし>
初プレイした『テトリス』はご存知任天堂の名作落ちゲーである。年は幼稚園にあがったばかりだったか。その単純なルールは幼児でも理解でき、ちょくちょく父親にせがんではプレイさせてもらった。親の持ち物であったゲームボーイは子供心に非常に魅力的で、この頃からゲームに対しての中毒症状が出ていた。しかし父親の持つソフトは『信長の野望』『ファミコンウォーズGB』など、子供には難しく、テトリス以外はあまり興味をそそられるものではなかった。
だが、出会いは突然だった。スーパーマリオとの出会いである。
『スーパーマリオランド2 6つの金貨』が我が家に(いつのまにか父親の元に)やってきたのだ。テトリスとは比にならないおもしろさ。なんだこの爽快感は?なんだこのウサギ耳のオヤジは?わたしは衝撃だった。それから毎日のようにプレイした。プレイを重ねるたびに少しずつ行ける場所が増えていく。今でもマリオの新作をプレイするたびに思うのだが、この達成感こそマリオの、いやゲームへの依存と興奮を与えるものなのだろう。すでにこの時から、なんとなく感じていたのだ。しかしある時、その進撃を止める出来事が起こる。どうしてもラスボスが倒せない。というかたどり着けないのだ。攻略本もない、父親も下手でどうにもならない(どうして買った?)。あきらめてクリア済のステージを再プレイする。だが、それでも楽しかった。今では考えれないが、この終わらない(終わらせない)ことがゲームに熱中できるしょうもない体質になったのかもしれない。後にこのゲームのラスボスがクッパではなくワリオであったことを知るのはもう少し先の話だ。
そして、我が家にはスーパーファミコンが到来するが、外で遊ぶ時にはゲームボーイを持参していた。母親には持ち出し禁止されていたが、そのうちなにも言わなくなった。小学校にあがるころにはゲームボーイはわたしの所有物になりつつあった。『ドンキーコング』『コントラ』『飛龍の拳外伝』『ゼルダ伝説 夢をみる島』『モグラ〜ニャ』『星のカービィ2』『カエルの為に鐘は鳴る』『メトロイド2』などなど、ゲームに肝要な父親のおかげでかなりのゲームをプレイすることができた。
そしてついにあの名実ともにモンスターゲームと出会うことになる。『ポケットモンスター』が発売されたのだ。だがポケモンは発売当初から爆発ヒットとはならなかったのは有名な話だ。当然私も最初は特に面白そうとは思わなかった。しかし、特撮好きであった私は早々にその魅力に取り付かれることとなる。怪獣たちを自由に名づけ、育て、戦わせる。現在までのヒットを確信していたと言ったら言い過ぎだが、すぐに「もっと種類はいないのか?」「あのポケモンは進化しないのか?」などと続編を希望する思いが生まれていた。クラスでもじわじわとその知名度が増して行き、人気はすさまじいものとなった。まさか自分も今の年齢までポケモンをやり続けるとは思ってもなかった。
その後。わたしはゲームボーイポケットを手に入れ、そして早々にゲームボーイカラーへ移行。念願だった『ポケットモンスター金/銀』や『ワリオランド2盗まれた財宝』をはじめ、以前からもっていたカラー非対応のソフトも繰り返し遊んだ。液晶が大きくなり、ボディは軽く小さくなった次世代のゲームボーイに夢中になった。
だが、年齢とともに少しずつプレイ時間は減っていった。その後、ゲームボーイアドバンスに出会うころにはゲーム熱は冷めていってしまった。わたしのゲーム暗黒時代へと続いていく。
 
<私とスーパーファミコン>
あのマリオがテレビで出来る?そう、かつて多くのちびっ子がファミリーコンピューターが発売されたときに、アーケードだけのゲームがお茶の間でできるという衝撃に震えたと思う。だがゲームボーイ→スーファミだったわたしにとっては、液晶がブラウン管になることで同じような驚愕の仕方をしていた。当時はファミリーコンピューターの存在は知ることもなくスーパーファミコンこそ、元祖テレビゲームだと思っていた。(中学生に上がってからレトロゲームおたくの友人宅でプレイすることになるのだが)テレビCMでは頻繁にソフトの宣伝。多くの友人宅に常備されていたので、わたしが欲しがらないわけがなかった。
友人宅でのプレイは至福の時間だった。とりわけ山口くんの家でやらせてもらった『スーパーマリオワールド』には頭がどうにかなるかと思うくらい楽しかった思い出がある。
なんとか我が家にも!そう切望するが、親の財布はホイホイ緩むものじゃない。父親もゲームボーイソフトはホイホイ買うくせにファミコンにはあまり関心が無いようだった。誕生日に!とせがむ私。何度も断られ続けたが、そこに救世主が現れる。姉だ。姉の誕生日は私と1ヶ月違いで、なんと姉もスーファミがやりたいとのこと。ふたりの誕生日プレゼントを合わせる形でなんとか神ハード・スーパーファミコン様が我が家に降臨されることになった。だが、ここで思わぬ弊害が生まれた。買ってもらえるソフトは1本だけだというのだ。わたしは当然『スーパーマリオワールド』を押した。しかし姉は『スーパーマリオカート』をねだる。親のジャッジは二人で一緒に出来るものという判断で『マリオカート』が選ばれた。とんでもなく悔しかった。最後の最後で我が手をスルりとぬけていった。『スーパーマリオワールド』はこの後、しばらくして中古で買ってもらい、鬼のようにプレイしまくるのだが、この時のなんといえぬ喜びの中の悲しみは今でも忘れない。
『ストリートファイターⅡターボ』『ロックマンX』『がんばれゴエモン2からくり将軍マッギネス』『キング・オブ・モンスターズ』『スーパーメトロイド』『カービィボウル』『ドラゴンクエストV天空の花嫁』『スーパーマリオコレクション』『スーパーマリオRPG』『ヨッシーアイランド』などなど、友人から借りたものも含めれば数え切れないほどのスーファミソフトをプレイしたものだ。
だが、数あるソフトのなかでベスト3を選ぶとすればこれらしかない。
勿論『スーパーマリオワールド』、そして『スーパードンキーコング』と『星のカービィ スーパーデラックス』である。『スーパードンキーコング』はその歯ごたえのある難易度、スーファミ最高のグラフィック、どこをとっても最高峰のアクションゲームだった。『1』は雪山にトラウマをかかえるほどにやり込んだが、もちろん続編もすべてプレイした。どの作品も名作で、今でも配信終了前に購入したWiiバーチャルコンソールでたまにプレイする。そして『星のカービィ スーパーデラックス』はマリオとは違ったプレイ感覚にコピー技の多彩さが魅力で、ストーリーやルールの違うアクションゲームが複数収録されている。しかもそのどれもが面白く、お得感は半端ではなかった。カービィファンになるきっかけでもあった。ただ、データが消えやすい難点もあり、そういった意味でスリル満点のプレイを楽しめたものだ。
そして時代はうつり、次世代機であるニンテンドウ64をはじめ、まわりにはプレイステーションにセガサターンなど、さまざまなハードがひしめいていた。そしてわたしもそのさまざまなハードに浮気心を見せいくのだが、このスーパーファミコンこそがわたしのベストハードであり、20年近く前に購入したいまでも現役で活躍してくれる最高のゲーム機である。
 
 
 
 
 

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