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思師
人生に「我以外全て師」なる名言が在るが
それだけに
実に悲しいが「真実」の師は決して多くはない。
我が師の中で
1948年、朝鮮豊能小学校で出会った朴先生
1951年、豊中市立蛍池小学校で出会った女性教師の田崎先生
1960年、京都朝鮮高級学校でであった呂先生、夫先生
1964年、朝鮮大学校でであった、チョン(全)先生、康先生
2000年、大阪のハングル講座でであった金先生
金先生以外は全て他界された。
小学校時代、中学校時代
田崎先生を除いた全ての日本人先生は
「時代」だったとは言え教育者にあるまじき強い民族差別者だった。
いつの日か必ず「目に物を見せてやる」と一人密かに誓った
その誓いは社会に出でて二十年も忘れる事も棄てる事もできなかったが
日本人に朝鮮語を教えながらその「恨み」を昇華させた裏には
皮肉にも
朝鮮語を学ぶ日本人と教育委員会の職員たちの学ぶ姿と真摯な言動だった。
嘗ての、氷よりも冷たく、刃物よりも鋭かった諸教師の言動さえ
懐かしく思えるようになった。
彼らは今でも恩師とは思えないが
時代人としての彼らを見られるようになり
心が澄んでいる
これが人生かも知れない…
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