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参議院議員選挙は明日投票。安倍首相は秋田から秋葉原に登場したとのこと。この部分は訂正しておこう。また国民民主は定員複数の選挙区では全滅に近いと書いたけど、いくらなんでも愛知は当選するだろうから、全滅は言い過ぎかもしれない。とはいっても、国民民主が後退し、野党の戦列に新たにれいわが加わることの意味は多い。前回と前々回の記事で指摘したように、次の衆議院議員選挙での野党共闘の形態、とりわけ候補者の構成に大きな影響を与えることになるからだ。
今回の参議院議員選挙が、前回の衆議院選挙とは比較にならないくらいにメディアが無視し続けていることの大きな理由は、前回の希望のような保守オルタナティヴを八百長的に作り出すことができなかったため。逆になりふり構わぬかたちで煽っているのが政治的無関心。投票率を低下させ、浮動票の影響を食い止めようとしている。しかし、このことのは意外な形で、自民党の今後に影響する。それは4連敗の中で前回僅かに向上を見せた総獲得票数、絶対得票率が再び低下するだろうという問題。つまり「確固たる」支持者を減少させてしまうということ。
またかりに今回の参議院議員選挙をそうした策謀(メディアの協力による無関心の誘発)で乗り切ったとしても、それでは次回の衆議院選挙ではどんな策があるというのか。希望のような保守オルタなティヴをもう一度作れるのか。維新を利用して?もはやそんな策は通用しない。
それよりもシールズへの支持、前回の立憲民主党への急速な支持の拡大、そして今回の街頭でのれいわへの支持が示していることは、メディアに圧力をかけ、司法・警察権力を悪用し、さらにはネットで小細工を弄しても、そのことが逆に批判的な人々の大規模な街頭化を促しているということである。ソ連の崩壊も、アラブの春も、あるいは歴史の中で多く繰り返されてきた街頭行動をとおしても権力の崩壊という問題は、権力の乱用が行き着くところに行き着いた結果だった。
権力の恣意的な濫用に対して批判的民衆の街頭化という状況が潜在的に定着し、機会ごとに顕在化している中で、仮に改憲発議を強行すれば、さらに大規模な街頭行動を誘発し、保守権力が永続化していた日本政治に、これまで考えられなかったような大きな変化をもたらす可能性もあるだろう。そうしたリスクは、おそらく賢明な保守派は避けるはずである(賢明でない安倍首相がどういう行動を取るかはわからない。墓穴を掘りたければできるだけ大きい穴を作り、できるだけ多くの自民党議員を道連れにしてくれればこれほどよいことはない)。
こう考えると日本政治の今後として見えてくることは、基本的には安倍首相のオリンピック花道退陣論となる。オリンピック開催の前に、大規模なデモを誘発するような政策はとれないからである。もちろんその前に今回の選挙での大幅な後退を理由とした辞任や、消費税率値上げをさせた後で、御用済みということがあるかもしれないけれど。
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