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遠江の一之宮の事任八幡宮に行ってきました。
5/1に行きました。
御 由 緒
・創建時期は定かではないが、社伝では成務天皇(ジョウム)の御代(84年〜190年)としている。
古くは真知乃神(マチノカミ)、任事神社(ママノコトジンジャ)などと呼ばれ、延喜式神名帳には遠江国
(トオトウミ)佐野郡四座の1つとして「己等乃麻知神社(コトノマチジンジャ)」と記載されている。
・大同2年(807年)、坂上田村麻呂が東征の折、桓武天皇の勅命にり、それまで鎮座してい
た北側の「本宮山(本宮)」から現在地(里宮)へ遷座させたと伝わる。平安時代後期八幡信
仰が広まると、康平5年(1062年)、源頼義が石清水八幡宮から八幡神を勧請、日坂八幡宮
(ニッサカハチマングウ)や八幡神社とも称されるようになった。鎮座地が東海道沿いにあり、難所
である小夜(サヨ)の中山の西側の麓にあたることや、「ことのまま」の名が「願い事が意の
ままに叶う」の意味を持つことから、多くの人が旅の安全や願い事成就を祈るために立ち
寄った。江戸時代になると、幕府より朱印高百石余りを献上されるなどの崇敬を集めた。
・明治5年には県社に列し「県社八幡神社」と称し、昭和22年に社格が撤廃された折には、
由緒ある古来の社号「ことのままの社」に基づいて、「事任八幡宮」と改称する。しかし
その頃はまだ御祭神として神社本庁に認められていたのは、八幡大神のみであった。
・平成に入り、元々の御祭神である「己等乃麻知比売命」を再度里宮にお迎えする「ことの
ままおこし」を神事を執り行い、本宮(現在も本宮山の小社で祭られている)におられま
した己等乃麻知比売命さまを里宮にお迎えするとともに、神社本庁に主祭神として認めら
れるよう申請し、平成11年に県知事の認証書の交付を受け、主祭神に「己等乃麻知比売命
(コトノマチヒメノミコト)」と八幡大神三柱をお祭りする新たな「事任八幡宮」となった。
・「己等乃麻知神社」は多くの書物に記されている。清少納言の「枕草子」にも《ことのま
ま明神いとたのもし。さのみききけんとやいはれんと思ふぞいとをかしき》と書かれた項
があり、また鴨長明も《さやの中山のくちにあるなることのまま社》と書かれたこと等、
多くの和歌、鎌倉時代の吾妻鏡、そして江戸時代には十返舎一九の「東海道中膝栗毛」に
も「願い事が叶う神社」として登場している。
こちらから引用。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~ALLURE/kotonomama.html
詳細はこちら。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8B%E4%BB%BB%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
http://www.geocities.jp/kotonomachihime/iriguchi.htm
行ってきましたー。結構暑い日だったけど
神社の土地に入ってからはかなり涼しい感じがして、すごいよかったです。
雰囲気がすごいよかったですね。
願い事が叶うといいなー。
にしても杉もクスノキも大きくて壮大なスケールでした。
参拝してお祈りしてから、その願いが叶うかな?とお御籤をひきました。
そしたら大吉が出て叶うみたいでしたのでポジティブに頑張りたいと思います☆
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