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6月25日14時26分(ロサンゼルス現地時間)、マイケルジャクソン逝去。50歳でした。
僕はマイケルジャクソンが大好きでした。
好きになったきっかけは小学生の頃におばあちゃんの家に遊びに行ったときにあったムーンウォーカーという
ビデオです。
もう、衝撃でした。
こんなに歌とダンスがうまくて、カッコイイ人今まで見たことない!
それから今までずっとマイケルの曲とミュージックビデオを見て聴いてきました。
ロンドン公演も行けないながらも楽しみにしていました。
しかし突然の訃報。
ものすごくショックでした。
世間ではゴシップばかりが取り立たされ、報道される内容も酷いものばかり。
僕は小さい頃から何も先入観がない状態でマイケルを知ったので真実を知ってたし、どんな報道を
されても好きに変わりはなかったですが、マイケルに親しみがなかった人たちからすれば一方的に
取り立たされる奇行報道やゴシップによって少なからずいいイメージは持ってないのではないでしょうか。
そしてまだまだ誤解されている方もいると思います。
マイケルの肌が白くなった本当の理由。
『尋常性白斑』という病気です。
肌の色素が破壊されていく病気。
既にマイケルはスリラーの頃から発症していたようです。
初めのうちは黒いファンデーションで隠せる程度でしたが、やがて隠せなくなり、
やむを得ず白いファンデーションを使うようになりました。
「Dangerous」を歌っている最中にズボンに白いファンデーションが付いてしまった映像もあります。
その後どんどん症状は進み、現在のマイケルは爪の先くらいしか色素は残っていなかったそうです。
メラニンが無いため日光に当たるのは厳禁です。
奇行とされていた日よけの傘などは膠原病の方たちには当然の予防策です。
マイケル自身この病気を正式に発表しています。裁判の時にも検察も認めています。
それでも肌を漂白したというゴシップはずっと一人歩きし続けました。
しかし彼はそれに対し説明を繰り返すことをほとんどしていません。
亡くなった夜の某テレビ局の追悼番組で「ずっとファンだ」と公言した小倉さんは『肌を脱色した』
『白人になりたかったのかも』と言ってたそうです。
僕は別段、小倉さんが嫌いではないですがこの発言には心底がっかりしました。
社会的にも影響力のある立場の人間が(時にファンを公言している身が)真実とは異なることを安易に
発言をすることは決して許されません。
昔、なぜもっと病気のことを言わないのか?と聞かれたマイケルは
『これは僕のプライベートな話だからあまり言いたくないんだ』
徹底的なまでのプロ意識。
世界で最も誤解され、世界で一番純粋で言い訳をしない人物だったのかもしれません。
また以前テレビインタビューで白くなったことを責められたマイケルは
『黒人に憧れて日焼けをする人はたくさんいるけど批判はされない。なんでその逆は批判されるの?』
『(病気は)神様がきめたことなんだ、僕にはどうしようもないんだ』
さらにマイケルのもう1つの持病。
『全身性エリテマトーデス』
これは全身の臓器や血管、関節が炎症を起こし大変な痛みを伴う病気です。
日光に当たると皮膚が腫れ上がるのでサングラス、マスク、日傘は必要。
全身の痛みがあるので強力な消炎鎮痛剤も必須。
同じ病気の方の話によると、鎮痛剤がないと普通の生活は送れないそうです。
これもマイケルは正式に公表しています。
これら病気を抱えてのロンドン公演。
並々ならぬ決意だったのだと思います。
さらにマイケルの整形。
きっかけは1979年にステージの床に鼻をぶつけ骨折するという事故によるものです。
この事故のため手術せざるを得ない状況になりました。
しかし医者が不適切な手術を行ったため呼吸困難を訴え、再手術が行われました。
もちろんマイケルは整形についても認めてます。
ちなみに1992年、ゴシップに強いデイリー・ミラー誌がマイケルの顔を醜く加工した写真を掲載し
話題となり、1998年正式に謝罪しています。
3番目の子供を窓から見せた行動。
マイケルは『ファンに赤ちゃんを見せたくてつい興奮してしまいました。とても反省してます。
赤ちゃんを危険にさらす気はありませんでした。ごめんなさい』
と正式に謝罪してます。
それについても悪意的な報道によってその一部の映像しか使われていません。
みなさんはマイケルが慈善活動に尽力を注いでいたことをご存じでしょうか。
We Are The Worldで有名なUSA For AFRICAを始め、世界中で膨大な数の重病の子供たちを励まし、
様々な慈善活動を行なっていました。
中には、余命数日の子供たちもいたという。
どんなに忙しい時でも、苦しむ子供たちを励まし続けました。
ところが、一方で他の大人たちが全員泣いてしまうような重病の子供がきても、マイケルだけは終始笑みを
浮かべていたという。
どうして悲惨な子供たちを見ても平常心を保てるのかについてマイケルはこう言っている。
「神様はこのために僕を地上につかわしてくださったんだ。子供たちのために尽くすのが、
僕の人生の一部なんだよ。
僕は神様の特別なメッセンジャーなんだから、気持ちが乱れるはずないじゃないか。」
どんなバッシング、ゴシップに対しても多くを語らず、常に許すことを信念とし、
ステージの上で歌とダンスのみで訴え続けたマイケル。
だいぶ前に『もう80年も90年も生きたような気がする・・・』と呟いたそうです。
彼が抱えてきた重圧、そして孤独は計り知れないものだったと思います。
そして追悼式でパリスちゃんが贈った言葉。
「お父さんはわたしたちが生まれたときからいままでずっと最高のお父さんでした……パパ愛してる」
一人の人間として、一人の父として彼女の言葉によって一番救われたのはマイケル本人だったんじゃない
でしょうか。
巷ではまだ「マイケルの死の原因」、「整形の話」、「借金の問題」などパーソナルな面にも
まだ焦点が当てられています。
しかし、彼が亡き今、真実を語る事が出来るのは彼の残した作品だけだと思います。
僕がマイケルの曲で最も好きな3曲。
ビリージーン
スムースクリミナル
ヒールザワールド
彼のカリスマ性、ダンスパフォーマンス、歌唱力(ロックからバラードまで歌える音域の広さ)の
素晴らしさはキング・オブ・ポップと呼ばれる所以だと思います。
彼が残した作品を大切に聴き、見続けていきながらキング・オブ・ポップの早すぎる死を心より痛み、
彼の思い描いた平和な世界が一日も早く実現されることを祈りたいと思います。
最後に。
ありがとう、マイケル。
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