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yahooブログ終了

そうか。yahooブログ終わるのか。ろくな更新頻度ではなかったとはいえ、中1のときに解説して10年以上経ったこのブログも消えるのか。
このブログを読んでるのは、もはや自分しかいない。だが10年分の俺がここにはいる。誰にも言えなくて吐き出したあの日の葛藤も、何者でもない自分が嫌でひたすら自転車で旅をしたあの夏休みも、全部詰まっている。読めば当時の自分に会える。
1年に1回くらいしか読み直さないけど。
どうしようか。新しくブログ作って、記事全部移そうかな。それともこのまま消えるのを待とうかな。

どうせ戻れない「青春」へのケジメとして、このまま消えゆくのも美しいかもしれないなぁ。
いつまでも昔を懐古していてもしょうがない。
このブログは、自分という、人様がまとめてくれるほどの人生は送らないであろう凡人にとって、ある種年表のようなものになっている。
もちろん、読者は未来の自分。
若い内から達観し、自分の信念を曲げずに生きている人間に憧れて、そうありたいと願うものの、なかなかそうはならない。
自分の中の、中学生高校生の頃の自分や、浪人前の大学の生徒であった頃の自分の面影は、残念ながら段々薄くなっていく。
自分でも忘れがちだが、「大人の持つ思想の方が正しい」というのは、偽だと思う。
中学生には中学生の論理があり、それを無視するのは、大人である「今」にのみ価値を見出そうとする、「今」の自分の傲慢だ。
であるから、この先の人生で一番若い今の自分の価値観や日頃思っていることを保存するのは意味がある。
過去の自分は、自分に一番近い「他人」だから。
前置き長くなったが、めんど臭くなるまで、テキトーにツラツラ書いていく。
いつから書くのがいいだろうか。羅列するか。


大学3年4月
再び東北へ。被災地の今と市長の効率的な思考を聞く。そこで、まぁ人と再会を果たし、結果として、傷つける(と俺は思ってる)結果に終わる。これについては、語らない。これを読んでる未来の俺も思い出したくないだろうから。

大学3年7月
飛行機の大会。高校以降の自分の全てが思い出され、それが終わったことや、結果が上手くいかなかったことに泣く。

大学3年8月
東欧1ヶ月バックパッカー。それなりに楽しんだ。が、高校の時の、あれに比べれば、満足感は格段に薄かった。

大学3年10月
1ヶ月の1人旅での経験をもとに、ネタを作り大ウケする。プロにも褒められる。

大学4年8月
大学院進学が決まる。

大きなイベントはこんなところ。友達にカミングアウトしたり、親にもカミングアウトしたり、と小さなイベントもあったが、日付も覚えてない程度のことだ。
大学院の話は、また別にどこかで書くから、ここで書くと満足してしまいそうだから、詳細は省くが、簡単に言うと、宅浪を思い出して、そこそこキツかった。

今の俺の価値観を書いておこう。
俺は「やりたいこと」以外やりたくない。お金を対価に、本能的にやりたくないことはできない。続かない。自分の得意なこと、好きなことだけやって生きていくつもりだ。「ビジネス」や「ニーズ」といった単語にどうしても、逃避感情が起こる。
お金は欲しいが、そこまでは要らない。仮面ライダーやスーパー戦隊のおもちゃをコンスタントに買えるだけあればいい。
でかい自分の家は要らない。賃貸でいい。
高級車も要らない。そこそこ燃費の良い丈夫な軽でいい。
ひどく感覚的な説明になるが、「曜日感覚がない」毎日を送りたい。実際、大学3年と4年の春休みから、院試勉強が本格化するまで、それに近い状況だった。
昔の自分が理解できていないことを整理できて、その時の院試勉強は楽しかったし、飽きたら、テキトーにゲームしたり、人と遊んだり、バイトもバイトで、確かに起きるのは面倒だし、前日には「うわー行きたくねー」とも思うんだけど、内容が自分の本能に反していないため、楽しんで取り組んでしまっていた。
「バイトがある日は何曜日」で他は全部一緒だった。時折、休日で家族がいたり、いなかったり。
「趣味は?」と聞かれても、すぐに答えられなかった。「やりたくないこと」の対義語として「趣味」という語を捉えるなら、その時の自分に趣味は、全てだった。
強いて言うなら、課題に追われて焦っていた時間や、昔を思い出すなどしてネガティヴに過ごしたあの時間、などの「普通に」嫌なことがあった時間、以外の全ての時間が趣味だった。
まだ卒論のテーマすら決まっていないのに、その先を考えるのはアホくさいが、そういう生活、できれば更に「普通に」嫌なことを減らして、よりワクワクすることを増やした日々を送りたい。

今、それに一番の近道に思われるのは、博士課程への進学だ。できれば海外大学院の。
日本で博士課程に進むと、ただ職の選択肢が減るだけで、楽しそうなのは、その3年間だけ。ただ海外への就職も視野に入れるなら、金持ち企業で研究させてもらえる可能性はグッと大きくなる。
アカデミックの世界で生きていくにしても、日本では、少ないポストを巡るカシコの熾烈な争いに勝てる気がしないし、そもそも、争いごとで疲れるのも嫌だ。
どこの国でもいいってなれば、多少は勝ち抜ける機会が増えるように感じる。
海外大学院博士課程への進学を、かなりの希望的観測をもって考えていることは否定できないが、今までの経験から、こうやって前もって考えられている以上、進学してしまったこと自体を後悔することはなさそうだ。
後悔するのは、いつも、土壇場でのノリの判断。前の大学への入学もそうだった。
その場で、重大な決断を下してはいけない。分かってはいるけど、悩むこと自体が面倒だから、やってしまう時はやってしまう。
最後、少々話が飛んだが、まぁこんなところだ。「好きなこと」だけをやって生きる道で、海外大学院博士課程は、光って見える。

1年ほど前の俺は、「もうすぐ人生の第2章が終わる」と感じていた。去年の夏の大会が節目で、あの時までの俺にとって、競技が最も重要なものだった。それが終わるのだから、章が終わるのも納得できる。今の自分は、大会が終わったあの時の自分と地続きだ。
ならば、第1章と第2章の区切りはどこだろう。ふと、疑問に思った瞬間に解は降ってきた。高2の時の、あの旅だ。
あの旅が終わって、受験にもがき苦しんで、大学生になったらやると決めていた競技を、実際最後までやった。
あの期間は線で繋がっていた。
俺の人生で初めてと言ってくらい、大きなちゃんとした成功体験。と、今でも時折思い出して、苦しさに声を出しそうになる挫折と、失恋相手に対する罪悪感。
全部入っていて、全部キッチリ終わってる。
パッケージとして相応しい。

今、高校生の時の行いを振り返って、そこに意味付けするのは、愚かで、あの時の自分をエンタメ化してるようで、気に食わない。
が、今思い返すと旅が終わった後、「ああ、やっぱり、俺ロボットとか機械とか、作る好きだったんだな。」って、「それやらなきゃな。」って思った、ような「記憶」がある。
少なくとも、高校1、2年で、「俺は、何がやりたいんだろう。何になりたいんだろう。」と悩んでいたのは事実で、その悩みは「第2章」の俺と、「第3章」の俺は持っていない。
そういった感覚からも、ここで切るのが正解だ。

中学生や高校生の「思春期」は大人と子供の間。といったことはよく言われる。確かに、あの時期から、自分の人生の決定権が親から自分に移ったと肌で感じるし、顔を伺わずに文句言うようになったとは思う。その自分の主張の正偽は別として。
ただ「大人になる」と意識したことはなく、ただ年齢が上がって、交通費も大人料金になったくらいでしかなかった。
今の方が感じている。2浪したお陰で、今大学4年の俺の、高校同期は、もう就職寸前ないしは、就職している者が多くいる。
最近、みんなと会う機会が増え、「将来について」語るのだが、「彼女と結婚する」、「ある程度したら落ち着いて子供育てる」なんて聞くようになった。
もちろん、ほぼ同じ内容のことを、大学生初期から語る奴も多かった。特に前者。「どうせ別れるのに、盲目だ」なんて言うわけはないが、心の中で押しとどめていた。
ただ、今は違う。具体的なビジョンが俺にもみんなにも見える。簡単に現実になりうる。現実一歩手前で、線路の先に見えている。
「今の彼女と結婚する」。「へえ(どうせ別れるのに子供っぽいな)」なんて、思っていた俺の方がまだまだ子供のままだった。
俺の線路の先は、まだまだ何も見えない。とりあえず、次の修士課程が見えるだけ。その先もたぶん線路があるんだろうってことしか見えていない。俺だけ。
そりゃそうだ。23にもなって、彼女が一人もできたことがなく、まだ大学に通っている人間の方がおかしい。
これは、単純に自分を卑下してるわけではなくて、これから「大人」になていくことへの希望が含まれている。まぁ確かに自分が子供っぽいことに悩むこともあるのは事実だけど、それだけじゃない。

もしかしたら、今やっとボヤけが取れてきた人生観を握って、この線路の先が見通せる「大人」になることが、今の「人生の第3章」なのかもしれない。

なんてことを、西日本豪雨災害のボランティアへ向かうバスの車内で考えていた。

about English

Thinking in English is more difficult than talking in English. This is because in order to thinking, ability of speaking and listening in English.
When you think, you speak to yourself and listen to yourself with your voice in your brain in any languages.Thus you have to know professional words, if you think professional things. Needless to say, not only vocabulary but grammar and idiom are necessary for thinking.
When it comes to English, my ability of speaking and listening in English is, of course, weeker than my that of Japanese. This is the reason why the things like the title happen.

Dairy April.25th

 What do I think about? What kind of feeling do I have? I know that abstract thought like this is meanless.I know,but I suspect I don't know how I feel now.This is because I got low score of EQ test (emotional inteligence).It may difficult for me to understand not only how others feel,but also how I feel.
 If it is true,I have to learn what to do,when I am caught by negative feelings.However, EQ is still new thought and there is seldom propere EQ test ,even less the training.Serching about EQ on the Internet in Japanese,you see only shady sites just aiming to get money with no any believable source.
 I may have to use English to improve my mental situation.

Diary 20th.April

Thesedays, I feel I am different from others especially in a viewpoint of mentality.I know I am negative and sometimes think I am bad at estimating what others think ,but I hesitate to consider it deeply and spoil thought like it, because things like it is too abstract to think deeply and suspect whether or not there are not the answers to them.
I took a class treating developmental disorder in the last semester, because I was interested in human brain and developmental disorder is related to brain.At the first half, the teacher talked about social aspect of it,so thex class was boring .I didnt have interests to relation between society and disease. In spite of the boring of the first half, I has become more and more interesting.This is not only because the lecture started to treat the neural aspect, but also the contents of the class may related to me. I was estimated to ADHD, a kind of developmental disorder.
The teacher talked about the story about a about ten-year-old boy who have Asperger syndrome and ADHD at a class, as an example that people with Asperger are likely to have other developmental disorder and other mental or neural disease. I noticed that the symptom of not the boy's Asperger syndrome but that of ADHD was surprisingly similar to me when I was a child. I dont remember the symptom itself in detail,but I remember clealy that all the symptom of ADHD was applyed to my childhood.For example, he was not morning person, bad falling asleep,talkative and bad restless.
I have not had a medical examination yet, so I dont know whether I am a patient of ADHD, but it may be true I am tend to have developmental disease, because you cant define what developmental disease is all about. というのも健康は特にメンタルヘルスは、0か1か、病気を持ってるか持ってないかの2つに分けられるものではなく、0から100まで小数点以下も含めて健康から不健康まで、普通か普通じゃないかまで連続的なものだからだ。
 また、今朝の授業でEmotional Inteligence(一般にEQ)なるものを習ったので、ネットで無料テストをしてみたところ、平均が100なのに対し、俺の点数は40だった。もちろん無料のテストなんて眉唾ものだから、そのまま鵜呑みにはできないが、それにしても低い。一般の人が答えそうな回答を想像して、さっきと違う選択肢を答えたところ、それでも90点だった。俺は人の気持ちを読むのが苦手なのかもしてない。このEQなるものは、ビジネスチャンスになるくらい、トレーニングプログラムの研究が盛んだ。受けてみたら何か変わるかもしれない。なので変に悲観しているわけではないが、とにかく俺は普通からは少し離れているようだ。
 以上のように、俺は精神的に他の人とは違って、感情、情動の使い方が下手くそなのかもしれない。

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