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あなたの体に会った時
私は泣けなかった
あなたを想った時
私は泣いた
魂なきものではなく
魂こそがあなた自身
悔やむことで
人は欲にさまよう
欲こそ生きること
生きる私こそ
あなたがくれたもの
涙がこぼれるたびに
母が私を抱く暖かさを偲ぶ
明日は晴れるかな
明日は笑顔になろう
言葉を飾らずに
ただ あなたを想いながら
ありがとうとつぶやこう
今日は母の祥月命日です
母は寝ている間に一人で逝ってしまいました
思えば思うほどいろいろな後悔があります
でもそれは生きている証でもあり、生きているこの体こそは母がくれたものなのですね
この曲は母が大好きだった曲で、送る時に流してあげたかったけどその時は何も考えられずに何もできませんでした
なので今日この曲を贈りたいなと思いました
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おはようございます。
大変な哀しみを胸に抱えてこられたのですね。
何も言う事が出来ません。
私の心に涙が溢れてきました。
お体に気を付けてお過ごしください。
[ huka tadashi ]
2015/7/11(土) 午前 6:40
こんばんは
亡き人とは いつも心の中で生き続けていますね
この歳になると かなりの人、友人、親族、恩師、お世話になった方々が
先に逝かれました。
だけど 心の中ではいまだ健在いらっしゃいます
ワタシもそろそろ終活と心得ていますが
自分では意外なほど 恐れも未練もありません
もしかして あちらで また会えるような気がしているからかもしれませんが
しかし我が娘・・・、ワタシの為に涙を流してくれるかな
そこがちょっと興味があります。
2015/7/11(土) 午後 7:10
最近、亡き人を思う気持ちになってきました
何かに追いかけられて生きてきて、やっと静かに自分の思いに語りかける事が出来るようになりました。
自分の人生や周りの人の事も考えられるようになった・・・・・今を大切にしたいです
2015/7/15(水) 午前 10:58
母を思い出しました。厳しい母でしたが無条件に愛してくれました。母に頼まれればどんなに辛いことも引き受けました。小学生の私はよく遊興の宿へ父を迎えに行きました。怒った父に突きとばされ、「かえれ」とどなられました。「母のためなら死ねる」と思って耐えました。今は母も父も鬼籍に入りました。
2015/7/17(金) 午前 11:16
> huka tadashiさん
コメントありがとうございます
母の知らせを聞いたのは出張先でした
すでに1日半経っていたので警察の方も入ったりしました
葬儀場の大きなビニルの袋の中に納められた母のそばで一晩過ごしました。その時はすぐには顔さえ見せてもらえなくて、涙を流すこともできませんでした
でも穏やかな顔を見た時安心しました
人の生き死には千差万別、いろいろな想いが湧きます
でも何年経っても母に思うことはありがとうという想いだけなんですね。
2015/7/22(水) 午後 3:01
> こまめさん
どなたかの葬儀で住職がこんなことをおっしゃってました
その人が長生きかどうかは、生きている長さで判断するのではなくてその人をどれだけ想い続けるかだと
本当にそうだなと思いました
命の長さは人それぞれですが、私よりも若い人が先立たれる辛さは身にしみるような気がします。その方が今の私の年だったらどんなだっただろうかなどと感じてしまいます。
いずれにせよ、人は今しか生きられません。だから毎日できることをしていけたらなと思います
2015/7/22(水) 午後 3:04
> nagi☆sa☆ちゃんはずっといろいろな方の為に頑張ってこられたんだなと思います
私も写真を撮ったり詩を書いたりすることがあってよかったなって思うのはその時だけは自分とちゃんと向き合えてるような気がするからかなと思います
今を大切に。。。難しいけど、それしか実はできないんですよね。
2015/7/22(水) 午後 3:06
> Ken’s voyageさん
私の兄もそんな時期があったようです。
まだ少年だったのに父の不徳に耐えかねて母に家出をしよう、僕が働くからなどと言ったことがあったらしいです。
兄は私よりもずいぶん年が上ですが、その兄よりも母はずっとずっと大人でした。
私の両親もすでにこの世にはいませんが、二人の想いはこの体やこころにちゃんと残っている気がします。
2015/7/22(水) 午後 3:09