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本日開店

 以下は、昨年とある公募のために書き綴った私の楽器演奏に関する、作文です。言ってみれば私の仕様書のようなものですが、見事に落選しました。しかし、せっかくなのでここに公開したいと思います。そして、これをこのブログの序章にしようと思います。

「キラキラ星」に導かれて      
  私が小さい頃、近所の幼馴染みの女の子が弾いてくれいた、「キラキラ星」を聞くのが大好きでした。大きくなれば、自分も弾けると思っていました。しかし、最初に不器用だと感じたのは、幼稚園のハーモニカの時間でした。「キラキラ星」の最初の音は、どの穴に口先を当てて、息を吹けばいいのか、吸えばいいのかもわからないうちに、曲は終わっていました。それは、小学校へ入学しても変わりなく、他にも体育の事業で、スキップなども苦手で大嫌いでした。さらに三年生になると、音楽の授業では、縦笛を使うようになり、苦手というよりは、苦痛でした。全ての穴を指で塞げば、ドの音が出るのはわかりました。しかし、笛の穴を半分開けたり、半音を出すために、指で穴を交互に塞いだりする事が、全くできませんでした。そして四年生になると一年間、笛を無くした事にして、学校に持って行かなかったのです。すると、通知票には、容赦なく「1」の評価が付きました。五年生になると、秋の運動会に学年全員三百人で披露する鼓笛隊の練習が始まりました。二曲を交互に演奏しながら行進するのですが、半年間掛かっても、笛は全く吹けませんでした。横の人に、足並みを揃えて行進するだけで精一杯でした。
 中学校に入学すると、授業で笛を吹く頻度は少なくなりましが、横笛を吹き、獅子舞も躍る地元の祭りには、参加しなくなりました。
なんとか入学できた高校には、音楽の授業は無く、少しは気が楽になりました。ただ、卒業間際、学校の許可が下りてすぐに、自動車学校に通い始めたのですが、実技講習では普通の人の補修時間の三倍ほど掛り、免許取得は、就職して一ヶ月後になってしまいました。「あの人、まだ免許が取れないの?」そんな周りの噂話が、切なかったです。
社会人になってからは他に趣味も無く、小遣いの大半を、レコードなどに費やしました。そんな事をしていると、自分の音を出してみたいという衝動に駆られ、そのころ流行りだしたパソコンと機材を買い込み、いわゆる打ち込みというスタイルの音楽制作を始めました。制作と言っても、楽譜に記された音を、ゆっくりとワープロで文章を綴るように、打ち込んでいくだけでした。思えばこの時に、楽譜の読み方や、楽曲の構成が身に付いたのだと思います。しかし、生の音でもなく、レコードのように完成された音でもなく、ただのデーターでしかない音楽に不満を感じるようになりました。「何か一生に一つでいいから、楽器を演奏できるようになりたい」と強く思いました。
そこで、初心者向けの教則本を手に取ってみましたが、うまくいきませんでした。「やはり、お金を出してでも習おう」と、決心するのに時間はかかりませんでした。しかし地元には、子共のピアノ教室か、中高年向けの大正琴の教室しかありませんでした。仕方なく、車で片道一時間半程掛かる、新潟市の大きな音楽教室へ習いに行く事にしました。
その当時は、バンドブームという事もあり、教室には様々な講座が用意されていました。どの講座も、一回数百円程度で受講できる体験講座があり、幾つかの講座を受講してみました。最初は、キーボードの講座でしたが、初心者向けと言っても実際のところは、ピアノなどの経験者が対象で尚且つ、家に鍵盤楽器がなければ、受講は難しいとのことでした。次に受講したドラムは、手と足を別々に動かし、更に「ワン、ツー、スリー、フォー」とカウントを声に出す事が基本でした。それは、音楽というよりは、体育の授業のようで、嫌な思い出が蘇えり、途中で受講した事を後悔しました。そしてその次に受けたヴォーカルは、声を出しながら、体でリズムを取るという点ではドラム講座に近い物がありました。「やはり、自分に楽器は向いていないのだろうか?」と思いました。そんな時に、目に入ったのは、三ヶ月限定のサックス講座の案内でした。受講を始めて三ヶ月後には、発表会のステージで一曲演奏して、受講終了というコースでした。楽器も教室では、無料で貸出すとの事でした。「これなら、続けられるかも知れない。一生に、一曲でもいいじゃないか」と思い、申込みをして帰りました。
最初のレッスンで、生まれて初めて、サックスという楽器に触れてみました。先生の言葉通りにやってみると、意外にも簡単に、音は出ました。そして、全ての指でキーを抑え、ドの音を出し、指を一本ずつ離していくと、ドレミの音階になりました。縦笛と違い、穴を指で直接塞ぐのではなく、キーを抑える事によって塞ぐのは、キーの微妙な感触の違いで、どこの指がどこにあるか解りやすく、快適でした。「しばらく、好きなように吹いてみてください。その間に一人ずつ見てまわりますよ」と先生が言ったので、その間に「ドドソソララソ」と吹いてみると、幼稚園の頃に吹けなかった、「キラキラ星」の出だしになりました。他人から見れば、およそくだらない事なのでしょうが、自分の中から、嬉しさが湧き上がりました。その後、レッスンが二回、三回と進むにつれて、どうしても家でも練習がしたくなり、一ヶ月後には、一番安い機種を、購入していました。その時点で、習うのは三ヶ月限定という考えは無くなっていました。そして、受講年数に応じて上がる月謝を、負担に感じ始めた六年目まで、教室通いは続きました。
一方、仕事の方は、同期入社の仲間がどんどん責任ある立場になって行くというのに、私は知識だけはあっても、「手早く」とか「見栄え良く」という技術が追いつかず、中途半端なポジションにいました。そして、不況で会社は、倒産の憂き目に見舞われてしまいました。債権者で協議された結果、倒産した会社の従業員で希望する者を受け入れる会社と、下請けだった会社が、残った工場と設備を使って、それぞれ、業務を行うという事になりました。私は、下請けだった会社に誘われ、失業を免れました。しかし、数年後、以前の従業員を受け入れた会社が、再び倒産してしまい、私のいた会社が業務も従業員も受け入れるという形になりました。そして、倒産した会社に、途中から転職してきた上司の下で、働く事になりました。
その上司は非常に仕事の要領がよく、部下へのアドバイスも的確でした。ただそれゆえに、私が彼の要求に応えられないと、目に見えて苛立っているのがわかる人でした。上司との間は険悪になっていきました。「もう、限界だ」と私は、二十数年間、勤めた職場を去りました。東日本大震災が、発生した頃でした。その後、求職活動は、五ヶ月間続きました。その間、世の中に対しても、家族に対しも、何より自分に対して後ろめたく、楽器に触る事はありませんでした。その後、なんとか別な業種の工場に、再就職する事ができました。
暫くして、部品の名称を覚えたころに、三人掛りで、自動制御の機械を運行する班に配属されました。しかし、機械の速度について行けなかったのです。最初の頃は、「そのうち慣れるから」と声を掛けてもらえましたが、同僚に迷惑を掛けてばかりでした。今までのように、逃げれば、それで終わってしまいます。なんとかしたいと、休憩時間も他の人の作業を見せてもらったりしましたが、現状は変わりませんでした。
ふと思い付いて、「不器用」という項目でネット検索をしてみると、自分と同じような体験をしている人が多い事に驚かされ更に、精神障害の可能性があると知りました。ためらいはありましたが、すぐに精神科を受診しました。医師に「誰でも、得手不得手はありますよ。でも一応、検査をしてみますか?」と促され、検査を受けました。学力検査のような項目、性格診断のような項目、手先を使ったゲームのような項目に二時間くらい掛かりました。その結果の、「間違いなく、障害と言っていい程度です」という言葉は、答え合わせのようでした。「怠けるな!努力が足りない!」今まで、自分に浴びせられた言葉の網から、解き放されるようでした。「自分のせいじゃなかったんだ」と、心の底から思いました。
その旨を、「発達性協調運動障害」と記された診断書と添えて、会社に伝えました。「会社としては、それなりの配慮はするが、公的な補助も受けるためにも、障害者手帳を取得した方が、自分のためにも会社のためにも都合がよい」と言われ、申請しました。二ヶ月後、「精神障害者三級」の手帳が交付されました。その後、会社には配置転換などをしてもらい、以前のようなストレスは感じなくなり再び、楽器を手にするようになりました。
さて、私の住む街は、城下町で海も山も川もある街です。ある時、気分を変えようと海辺の駐車場で、楽器の練習をしました。すると、相変わらずのつたない演奏ですが、奏でた旋律が周りの景色に溶け込むような、なんとも言えない恍惚感がありました。その後、私は市内あちこちで練習するようになりました。音を外に出さない電子笛を使って、街中で練習する事もあります。リズムボックスと管楽器だけの演奏で、祭りが盛大な土地柄と云う事もあり、「村上個人囃子」と称しています。拍手やスポットライトありませんが、生まれ育った街が、ステージなのです。
以前から自分は障害者だと知っていれば、楽器を手にする事は、無かったでしょう。しかしもし、障害がなければ、音楽を演奏する楽しさや、地域の景色の豊かさには、気付か無かったと思います。私にとって、「生涯学習」は「障害学習」ですが、演奏を続けて地域の趣にも触れて行きたいと思います。

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