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実家も自宅も「ごみ屋敷」 大阪2児放置死“負の連鎖”育児放棄
8月2日8時55分配信 産経新聞
育った家も子供2人を置き去りにしたマンションも「ごみ屋敷」だった−。大阪市西区で幼い姉弟が母親に放置され死亡した事件。原因は育児放棄(ネグレクト)とみられるが、下村早苗容疑者(23)を男手一つで育てた父親(49)は「仕事ばかりで子供をほったらかしにした面があった」と悔やんだ。多くの専門家は「ネグレクトをする親は、自らもその親からネグレクトされていた可能性が高い」と指摘し、「負の連鎖」を断ち切る支援が必要としている。
「家の裏にごみの山ができていた。何度注意しても聞いてもらえなかった」
下村容疑者が育った三重県四日市市の住宅街。近所の住民の男性は「事件のニュースで、(下村容疑者のマンションの)ベランダを埋めたごみの山を見て、昔の記憶がよみがえった」と話す。 下村容疑者は3姉妹の長女。10代で髪を染め、生活が荒れていたという。父親は離婚後も家事をする様子はなく、子供の面倒をあまりみていなかったという。この男性は「ベランダにも食べた菓子の袋などがたまっていた。父親はお金を渡すだけで、あとはほったらかしみたいだった」と振り返った。 児童虐待の死亡事例でネグレクトが占める割合は約2割に上る。児童虐待に詳しい東海学院大の長谷川博一教授(臨床心理学)は「一般的に母親には『母性が備わっている』と思われているが間違い。親の世話を受けることで学んでいく。親から世話をされない子供は、自分が親になっても同じことをする」と分析する。 下村容疑者の実家と自宅の両方が「ごみ屋敷」だったことについて、花園大の津崎哲郎特任教授(児童福祉論)は「ネグレクトをする親の中には何らかの理由で精神的なバランスを保てなくなり、家の中がごみだらけになるなど日常生活を維持できなくなる場合がある」と指摘。そのうえで、「周囲が気づいて家庭に関与しなければ、ネグレクトは防げない」と警鐘を鳴らす。 一方で、下村容疑者が出産後、まじめに子育てに取り組もうとしていた様子も本人のブログへの書き込みや周囲の話からうかがえる。 児童虐待防止全国ネットワーク理事長で駿河台大の吉田恒雄教授(児童福祉法)は「育児をがんばろうという気持ちはあっても自分自身の生活で精いっぱいになるなどして、結果的にネグレクトに走ってしまう親もいる」と述べ、専門家によるカウンセリングや育児支援の必要性を訴えている。 【用語解説】育児放棄(ネグレクト) 児童虐待の一種。食事を与えない、衣服を不潔なままにするなど身の回りの世話に関することのほか、病気やけがを医師に見せない、薬を適切に飲ませないといった「医療ネグレクト」も含む。体のあざなどから発覚する身体的虐待と違い、周囲に分かりにくい。厚労省の調査では、平成20年度に虐待死した67人(心中以外)のうち、ネグレクトは12人(21.4%)。このうち6人は生後間もない遺棄、4人は留守中の火災や車内への放置、2人は長期間適切な養育を怠ったことが原因だった。 幼い姉弟が放置されて死亡した事件、
詳しい事情が分かれば分かるほど
遠い世界の他人事ではないですね。
特に今の自分には「分からなくはないなぁ〜」と。
もちろん、この母親がしたことはあってはならないことで、
共感はできないですが、理解できないことはない、
そんな範疇にあります。
報道されているのが真実であれば、
離乳食もすべて手作りで、オムツは布オムツ・・・・・
頑張っていたんだなぁ〜と思います。
年齢から考えると、むしろ頑張りすぎていたくらいでしょうね。
育った環境から想像するに、自分を認めて欲しかったのでしょうね。
現にこんな事件になっても義父母は元嫁のことを
決して悪く評価していないですよね。
むしろ非の打ち所のないできた嫁だったと言っているようですし。
本来の性格はきっとそうだったのだと思います。
そんな自分に関心を持って認めて欲しかった相手は
父親だったのではないでしょうかね?
でも、自分が育った過程で経験したのと同じ無関心が
頑張り続ける気力を奪ってしまったのかな?
そんな風に思えます。
所詮、誰も応援もなしに頑張り続けるなんて
この事件の母親のように若くなくても、無理な話ですから。
私自身、父親はまったくもって育児には無関心でした。
母がいなかったら非行に走っていたことと思います。
でも、父親は「金があれば子どもは育つ」くらいにしか
思っていませんでしたから、いつも腹立たしい思いでしたが
同じ思いを共有できる母親がいたおかげで
どうにかまともに社会人になることができました。
母にはどれだけ感謝しても足りませんね。
亡くなってずいぶんの年月が経ちましたが
未だに頭の上がらない思いです。
もちろん、学費を出してもらった父親にも
感謝しなくてはいけませんが・・・・・・・・・
父親に関心を持ってもらいたかったという思いはありません。
それは医者という職業に就くことができたおかげなんでしょうか?
「医者」と言うだけで、本心はどうか分かりませんが
たいていの人が「すごいですね〜」と感心するので
いくら無関心な父親でも「そうなのかな?」と
思わされてしまっていたようでした。
何を勘違いしたのか、
父親は自分の手柄のように話していたようですけどもね
「いやぁ〜〜スポンサーしただけですから」とか、
謙虚なことを言えるような人じゃなかったですからねー
なんのかんの言って、自分は恵まれていただけ、
と改めて思います。
一歩間違えれば、
こうやってニュースの主になっていたかも。
本当に他人事じゃありません。
この事件をあり得ないことと思える育児世代は
どのくらいいるんでしょうね?
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