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突然降って湧いたような計画停電から1ヶ月半。
4月に入ってから停電もなく、
この先しばらく停電とはおさらばできそうな気温ですが、
夏に向けて個々に対策を考えなくてはいけないですね。
今ではすっかり見慣れたこのグラフ
ずっとグリーンゾーンなので
家電製品も計画停電前の水準と同じく使っています。
今日初めて気が付いたんですが、
電気予報っていうのがが出ているんですね。
更に見ると、
8時間分の詳しい電気予報と
週間電気予報まで・・・・・
ここまで先が見通せると
夏になっても多少動きやすいですね。
とは言っても、一番電力を使いたい
午後の最も暑い時間にレッドゾーンに入ることは
想像に難くないのですが。
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2011年04月27日
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福島で2番目に訪れた野口英世記念館。
コヤジ閣下が3年生のときに伝記を読んで
かなりはまった人物なので立ち寄ってみました。
こちらは本当に閑散としていて
野口英世の生家の中には
日曜日だったせいか、このような札が下がっていましたが、
実際のところ、見学者はコヤジ家ともう一組しかおらず・・・・
風評被害のせいなんでしょうか。
記念館に入ると、順路ではまず最初に
野口英世生家を見ることになります。
内部には当時の農村の暮らしぶりが展示されています。
野口博士の母シカさんは大変な働き者だったそうですが、
本業は産婆だったそうですね。
当時の産婆は特に資格は必要なく、
伝承技術でお産の立ち会いをしていましたが、
後に助産師の制度ができて資格試験が行われた際、
読み書きのできなかったシカさんは
近くの住職に頼んで読み書きを習い、
見事試験に合格したのだそうです。
大変な努力家ですね。
こちらはシカさんが副業としてやっていた養蚕の様子
外にはシカさんが植えた桑の木も移植されていました。
かなりの老木でした。
写真を撮ったつもりが電池切れでデータなしです
これが、1歳半のときに落ちて左手を火傷した囲炉裏
これが回り回って野口英世博士を生むきっかけになります。
人間、どこでどうなるか分からないものですね。
庭に置かれた石碑
余談ですが、これを書いた子爵松平保男(もりお)は
最後の会津藩主松平容保(かたもり)の子だそうです。
戊辰戦争で降伏開城した後も
松平家は存続して爵位も与えられていたんですね。
この石碑の下には博士の遺髪が収められているそうです。
記念館の中にある胸像
1階には博士の年譜が展示されています。
2階にはゆかりの品が展示されていました。
勲二等旭日重光章の証書
文中に日本国皇帝なんて書いてあります。
あの昭和天皇が皇帝だった時代・・・・・なんですね。
死後に贈られたものだそうです。
ネッタイシマカの標本
これに刺されて黄熱病にかかり命を落としました。
メリー・ダージス夫人
博士が描いた夫人の肖像画
油絵は趣味の一つでした。
直筆の書
うちにも飾っておきたいくらいです
売店でレプリカを売っていました。
身振り手振りがとてもリアルな野口英世ロボット
ボタンを押すと5つの質問に答えてくれます。
ボタンを押さなくても、ときどき何か言います。
ハクション
また来てくんしょ〜 待ってるなし
この2つは子ども達大受けでした。
コヤジ閣下が聞きました。
「どうして左手は包帯してるの?」
どの写真にも左手は写っていないんだよね。
だから本当の左手がどうだったか
誰も知らないんじゃないの?
ロボットの左手の指先には爪がありませんでした。
実際はどうだったんでしょうね?
帰ってきたばかりなのに
また行きたいと、コヤジ閣下は申しております。
また機会があったらね。
おまけ〜
もうじき北の方へ帰っちゃうんでしょうね。
福島紀行、次は鶴ヶ城です。 |
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