母への言葉

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母が亡くなってもう8年になります。
あまりにも早過ぎた死でした。
これまでも感謝の気持ちでいっぱいでしたが、子供を持って改めてその気持ちは強くなりました。
存命中に言えなかった『たくさんのありがとう』。
ようやく少し吐き出せそうになってきました。
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家事に休みなし

小学3年生の時だったと記憶していますが、
年度末の3月にインフルエンザにかかりました。

当時はタミフルもリレンザもない時代ですから
ひたすら熱を出し続けて自分で闘うしかなかったのですが、
悪いことに、家族3人全滅という状況でした。

しっかり1週間寝込んだのをよく覚えています。
おかげで終業式も欠席しました。
通知票などは友達が届けてくれました。
今の時代には考えられないことですね。
個人情報がどうだとかこうだとか・・・・で。



そんな最悪の状況の中、熱を出しているとは言え、
食べないで過ごすことはできないわけで、
誰かが食事の支度をしないといけないんですね。


当たり前のように母が犠牲になりました。


フラフラしながら

「主婦はね、トイレに行ったら鍋の一つでも
洗わないわけにはいかないのよ」

ぼやいていたのを思い出します。


いま、その気持ちがよく分かります。


親孝行、したいときには親はなし。ですね。

まさかの坂

母の四十九日法要のとき、お坊さんが言ってました。

人生には3つの坂があります。
上り坂、下り坂、まさかの坂


この世を去った母にとって
そして家族にとって
49歳の死は『まさかの坂』だったという話。


先日、喪中の挨拶のはがきが届きました。
亡くなったのは小学生のときにお隣に住んでいた哲ちゃんのお母さん。
66歳だったそうです。

去年、「哲ちゃんがやっと結婚しました」って年賀状をくれました。
その年賀状が今年は来なかった・・・・・。


母が亡くなったとき、
「これからもずっとともちゃんと仲良くしていくからね」
と母に声をかけてくれたおばちゃん。
年賀状は毎年欠かすことなく届いていました。

それが届かないって・・・・何かあったのかな?
そう思っていたら嫌な予感が的中でした。

12月に突然亡くなったそうです。
年末近くになくなったのか、喪中はがきも間に合わなかったみたい。

あまりに突然でビックリしました。
66歳だったそうです。
とっても元気で働き者だったおばちゃん。
まさか、こんなに突然亡くなるなんて思いもしませんでした。


これで、思い出話をできる人がまた一人いなくなりました。
過去の記憶がどんどん消されていくようでとっても寂しいです。

最後の言葉

母が亡くなってから今年で10年を迎えました。
あっという間の10年。

その間にいろんなことがありました。
父の再婚、自殺。
自分は心身共に壊れて大学病院を退職。
そしてその後ずいぶん家族が増えました。
人間が4人と犬が20頭ばかり


こんなことすべて、母は想像もしていなかったことでしょう。


亡くなる前々日、
いつものように母の病室から当直先に出勤しました。
勤務していた大学病院に入院させていたので、
母のいた病室は仮の実家のようなものでした。


そのときに弱々しい声でかけてくれた言葉

いってらっしゃい
気をつけてね・・・


これが母の最後の言葉。
モルヒネを使っていたので、意識が少し混濁し、
若干ろれつが回らないような感じでした



当直先に着いて数時間がたった頃、病棟からポケベルに連絡があり、
折り返し電話をかけると

レベルが300になりました

という知らせでした。

ついに昏睡状態(意識不明)になったという知らせです。

当直は始まったばかりでしたが、
そこの病院はお産の件数が多いこともあって
常に医師が2人で当直しています。
この2人で前半・後半を分けて仮眠をとり、
緊急事態の時にはもう1人を起こして応援要請をする。
それでも足りなければ自宅待機の医師を呼び出す。
そんなシステムになっている病院でした。
幸い、早朝に大学に戻らなくてはいけないので
私は前半働くコース。朝4時までが拘束時間です。

事情をお話しして「4時で上がらせてください」
と言ったところ、
「バカ言っちゃいけません。すぐに行きなさい。」
と、速効で無罪放免になって病院に駆けつけました。
この辺のところ、出身校の同じ先輩で心強かったです。


でもね、駆けつけたところで
すでに話もできないんですよ。
話ができないどころか、何もしてはあげられないんです。
ただただひたすら時間が過ぎるのを待つだけ。


まだ意識がハッキリしていた頃に
最後の入院をする前だったかな、家で聞いた記憶があるんですけど

死ぬまでに話しておきたいことがあるの

って言ってたことがありました。

いくつもそんな話があったんじゃないかと思いますが
結局1つも聞くことはできなかったね。

その話、私が聞くにはまだまだ子供過ぎたのかな?
何だったのか、ずっと気になってます。


10年たった今、子供を3人持つ母となり
改めて母と話してみたいことがたくさんありますね。


そして、やっぱり ありがとう って言いたい。

私は今、コヤジ閣下でものすごく参っていますが、
たぶん閣下よりも育てるのに苦労をかけたであろう私。
家庭環境の問題もあったわけだけど、
それを一手に背負いこんでしまって早逝した母。


気が付いたら
子供が1人育っただけだった


そう、ポツリと言ってましたね。

これからが自分の時間って時にすべてを奪われてしまいました。
でも、生きていたらまた私にこき使われてたのかもね。
そう思うと、いいサヨナラだったのかも知れません。
母の死によって私は強制的に自立することになったわけだし。


もっともっと自由な時間を楽しんで欲しかった。
今の自分にならそれを助けてあげられるのに。
「親孝行、したいときには親はなし」ってことだね。



最後の瞬間まで母親でいてくれたこと、
自分にはとっても真似できそうにもないけど、
これからもずっと忘れずにいます。

そうすれば、少しでも辛いことが乗り切れそうだから。

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