|
九州北部地方が梅雨明けした土曜日、天神に奥様とお出掛けしました。
天神についたところで、博多祇園山笠の飾り山笠を見ようと言って、天神の近くのものを見て回りました。
デジイチを持って行くのが面倒だったのでコンデジで撮影したものですが、どうぞぉ〜。
九番山笠 新天町
表標題 疾風迅雷六文銭(しっぷうじんらいろくもんせん)
真田幸村は「六文銭」の旗印を掲げ、押し寄せる十五万の徳川軍に対し、わずか五十騎で長躯、家康はあわてて逃げ出し、金扇の馬標は田んぼに放置された。しかし、幸村は拾う困憊の末討たれ、秀頼・淀君自害、大阪城は炎上して大規模な戦闘は終わりを告げた。
見送り標題 アニメ美食屋トリコ(あにめびしょくやとりこ)
グルメ時代を舞台に世界中を冒険し、未開の食材を捕獲する伝説のハンター“美食屋”トリコが、料理人の小松と共に「人生のフルコース」メニューを完成すべく、命をかけた冒険の旅へと出発する、人気アニメ「トリコ」。
十一番山笠 天神一丁目
表標題 季長元寇之武勲(すえながげんこうのぶくん)
蒙古軍が博多に襲来した元寇で活躍した武将、竹崎季長の勇姿を再現する。矢と火薬の兵器「てつはう」が飛び交う中、押し寄せる敵軍に突撃。一番駆けの武功を立てた季長。絵巻物「蒙古襲来絵詞」が記す武勇が華々しく展開する。
見送り標題 尊氏多々良浜誉(たかうじたたらはまのほまれ)
「太平記」の世界。足利尊氏が後醍醐天皇に反旗を翻し、九州で逆襲に転じた天決戦「多々良浜の戦い」を活写する。約二千騎で十倍の相手を破った尊氏の騎馬姿を中心に、足利直義、菊池武敏なども配し、ドラマチックに描く。
十二番山笠 渡辺通り一丁目
表標題 一寸法師話(いっすんぼうしばなし)
武士になる為に京の都に登った一寸法師が、その住むことになったお屋敷の美しい姫を奪いに来た鬼を、針の剣を使って退治する場面。
見送り標題 アニメ名探偵コナン(あにめめいたんていこなん)
アニメ名探偵コナン(あにめめいたんていこなん)
テレビや映画でも大人気!難事件を解決する為、江戸川コナンとその仲間たちが大活躍する。
十七番山笠 ソラリア
表標題 怪力相撲日田殿(かいりきすもうひたどん)
今から九百年程昔、田の地を治めていた大領、大蔵永興には鬼太夫永季という、とてつもない力持ちの息子がいた。鬼太夫の怪力ぶりは京の都まで届き、日本一の力自慢を競う天覧相撲大会に召し出される事となり、大原八幡宮で優勝祈願し都へと旅立った。都へ向かう途中の筑前大宰府あたりを通りがかった時、川のほとりで遊んでいた一人の童女が「あなたさまの相手となる出雲の小冠者は力の強いこどもを産みたいと願って毎日鉄粉を食べていたため、全身が鉄よりも固いと言われています。しかし、母親がつい一度だけ瓜を食べてしまったため、額に三寸程のやわらかい場所があり、そこを狙えば倒せるでしょう。」と告げると消えてしまいました。都に着き、天皇の御前で小冠者と相撲をする事になった鬼太夫は小冠者の引き締まった体やすばやさに翻弄されるが、童女の言葉を思い出し、小冠者の額に右手で激しい一撃を食らわし、日本一となり日田へと戻っていった。やがて鬼太夫は父の後をついで日田の大領となり善政を施し、領民から日田殿(ひたどん)と呼ばれ慕われた。
見送り標題 勇者ライオンズ(ゆうしゃらいおんず)
昭和二十六年に誕生、日本の高度成長期と時を同じくして「野武士軍団」と称賛され、福岡を本拠に五度のリーグ優勝、日本シリーズ三連覇、そして昭和三十三年は三連敗から“奇跡の逆転四連勝”を成し遂げ、「日本プロ野球史上最強軍団」と言われた西鉄ライオンズ。まだテレビなどの娯楽が少なく、野球が数少ない娯楽の一つであった当時、福岡の多くの方々が、地元球団「西鉄ライオンズ」を応援すべく平和台球場に足を運びました。稲尾和久・中西太・豊田泰光・大下弘など個性の強い選手と、度肝を抜く選手の起用・戦術で「魔術師」・「知将」の異名をとった三原脩監督。様々な伝説を生み、今も語り継がれるその魅力は衰えることがありません。今年は球団設立六十周年にあたり、日本が、福岡が元気だった当時の勢いをライオンズの山笠を通じて震災後の日本復興への祈念としたい。
十三番山笠 福岡ドーム
表標題 鷹昇快進撃(たかのぼるかいしんげき)
今年こそ過熱する春期時。東北地方では大変な震災で一変に事態が変わりました。しかし此れに負けず、九州男子ホークス若鷹軍団!!元気良くリーグを戦って居る場面です。
見送り標題 奮戦箙の梅(ふんせんえぴらのうめ)
寿永三年(一一八四年)兵庫の福原で行われた源平合戦は、別名一の谷の合戦ともいい、十万の兵を集めて再起を期した平家は、源義経兄範頼の攻撃の前に破れ去った。その戦いで源氏の若武者“梶原源太景季”は範頼に従って、大手の生田の森に出陣し、よく戦いました。彼はその先の宇治川の出陣争いでも有名な梶原源太です。源太は森の中に仄白く咲いていた梅を一枝手折って箙にさした。梅の花は背で清い香りを放った。その香りに勢いづけられる様に、敵中にかけ込み、全力を尽くして戦ったが、最後に強力な敵兵に囲まれ、討ち死にを覚悟した時、父の景時に救われました。この時、景季が手折ったという梅の木が、生田神社の参道にある。
| Photo by Panasonic LUMIX FX40 |
飾り山笠は、7月1日から15日まで14ヶ所で公開されています。
櫛田神社に向いた面を「表」とし、その裏側を「見送り」と呼ばれます。
「表」には武者物、「見送り」には童話やテレビアニメが題材になることが多いそうです。
「飾り山笠」は10メートル前後の高さだそうです。
展示用の「飾り山笠」と実際に動く小さめの「舁き山笠」に分かれていますが、上川端通の飾り山笠だけは現在も「走る飾り山笠」として追い山ならしや追い山で「櫛田入り」しているそうです。
※ 説明文は、博多祇園山笠のHPを引用させてもらったものです。
|