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静岡駅から歩いて4,5分の所に、浮月楼という料亭があります。 ここは、明治維新の時に、江戸城開城時の最後の徳川幕府将軍、徳川慶喜が、江戸から移った際、使用した屋敷です。 慶喜は、政権を取った長州らの武士に、首をはねろと主張されたのですが、命は助けられて、ここ静岡に移ります。 その後、明治政府に逆らわない姿勢を示したのでしょう。 写真など、趣味の世界に入り、慶喜の撮影した、当時の駿府即ち静岡の人々や自然の様子が残っています。 屋敷は、駿府城の南、町人町通りであった、呉服町筋の南側筋違いにあります。 おそらくその屋敷でも、夜、池に浮かぶ月を楽しんで、酒を呑んで、恭順の意を示していたのだと思います。 池に浮かぶ月、そこに立つ建物、これを浮月楼(ふげつろう)と名付けたのです。 池に浮かぶ月という状況は、趣のある風流な名前ですが、実は、もっと深い意味が込められています。 この命名の参考になったのが、柴田錬三郎の「徳川三国志」という小説です。 この小説は、大変面白いですよ。 歴史的事実を正確に反映しながら、家光の時代の政情を舞台に、繰り広げられる政争の歴史娯楽小説です。 歴史小説がお好きな方は、読まれるとよいでしょう。 きっと、満足されると思います。 そのなかに、浮月と命名した、展開が出てきます。 そのことを、明日、時間があったら、記事にします。 お楽しみに。 |

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シュウウンさん
素敵な場所です(^_-)ネッ
こう言うところで、ゆったりと景色を眺めて食事できたらいいな〜
でも、料亭ってめちゃ料金がお高いんでしょう(*σ・_●・)σネッ☆彡
2010/6/20(日) 午後 10:12
おお!浮月楼!
実は生まれたのがこの池の横・小さな頃には塀の隙間から、この池に入ったような・
国1沿いの郵便局の前で、今ではレンタカー屋の車置き場になってますが(笑)
2010/6/20(日) 午後 10:24
こんばんは☆


浮月→ふげつと読むのでしね!
はずかしながらそれを読むことができませんでした。
柴田錬三郎ってハードボイルドだと思っていましたが歴史物も書いていたのですね!
興味がありますのでさがしてみます。
大政奉還後の慶喜についてはあまりかたられることが少ないですがこのような屋敷に住みひっそりと世をしのんで暮らしていたのかと思うと哀れでもありますが気楽な晩年だったのかも知れませんね
将軍職を職務と割り切っていたからこそ大政奉還に応じ江戸城開城し残党をかき集めたり薩長と血の戦いをくりひげることもなく余生を送ったのですから新政府に参加を希望もしなかったり半分武士で半分公家の考えだから出来たのかもしれませんし、やりたいことをやってきた人生だったのかも知れませんね
もし、PCやネットがあの時代あれば慶喜もユーザーだったのでしょうかね!
2010/6/20(日) 午後 11:27
ひろみっこままさん。
ブログに載っていた料理の値段は、2万円でした。
庶民には高いですね。
2010/6/21(月) 午前 7:05
kazさん。
国道の郵便局前と言ったら、静岡の中心じゃないですか。
駅周辺はきれいになりましたね。
2010/6/21(月) 午前 7:07
pcgさん。
静岡と言うところは、家光時代の徳川忠長以来、城主のいない天領として、おさまった城下町です。
駿府城は、5層の天守閣のあった、立派なお城だったんです。
柴田錬三郎は、歴史娯楽小説多いですよ。
気楽に読める案外面白いものが多いと思います。
2010/6/21(月) 午前 7:13
うわ〜〜〜♪
景色も素晴らしいです〜〜☆
きっと料理も最高なんでしょうね〜〜〜(ノ´∀`*)
こんな所は 滅多には行けないと思いますが、夫婦の記念日には最適かなぁ♪
是非一度は行って見たいなぁと 思います☆^^
2010/6/21(月) 午後 3:55
クロさん。
たしかに高級感があって、入りにくいです。
静岡では、ここでの食事は金がかかるので、ちょっとした料理屋さんで宴会する時、
「本日は浮月楼で宴会を予定していたのですが、あいにく・・・・」などと、わざわざ名前を出して冗談を言うくらいの料亭でしたよ。
2010/6/21(月) 午後 5:05