|
生きることに起きるすべての事柄に意味があるように、心の病気といわれる症状にも、必ず意味を持っています。
いわゆる神経症といわれる症状は、その経過を追っていくと、なるほどと思える事件と症状の関係が理解できます。
例えば、潔癖症といって、手洗い行為をする人があります。なぜ手洗いにこだわるかというと、その手に関わる負のイメージ体験があるからです。そのどうしようもないほどの嫌悪感が、意識下に潜って、その後の症状に影響を与えます。
この負のイメージが起こる原因の多くは、親子関係にあります。母親とうまくいかなくて、その人の中心となる言動を奪われてしまっているような場合、母親の言動に敏感に反応して暮らしています。その中で、例えば、母親が、指を舐めて本をめくっていた場面を強烈に嫌な感じを意識したとしましょう。その嫌悪感を直接親に母親に注意することはできませんし、その意識をそのままにしておくわけにはいきませんので、心の奥にしまいこみます。
手洗い行為の最初は、ちょっとした不安感を持った時に、たまたま手洗いをした時に起こります。その時の、心地よさが、より快感に感じられ、忘れられません。
現代は、ストレスは山のように転がっていますから、だれでもいつでもストレスに侵されて病気になってもいい時代にいます。神経症を起し易い人は、特にストレスに敏感に反応しますから、いつでもまいってしまう状況にいるのです。
そんな状況に置かれていて、しかも、お母さんと何らかの条件に似た上司が傍にいて、その上司が、帳簿や電話帳を舐めてめくっていると、それが異常に不潔に思えて、その上司の触れたものを触れなくなります。それでは、仕事ができませんから、上司の触れたものを触れるたびに、手を洗って仕事をする、いわゆ手洗い儀式が始まります。こうして、手洗い行為がますます増えていいくのです。そのうちに、なぜ手洗いをしているのかがわからなくなってきます。そうすると、こんな自分って変じゃないか、この変な自分を周囲がどのように見ているかが気になって気になって仕方なく、心療内科に通うようになるのです。
神経症といわれる心の問題は、様々な症状を起こしますが、手洗い行為のように、必ず過去の体験と関係して、精神的な不安が強固になった時に、それと密接に関連した症状を起こすのです。
|