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国の範囲
日野原重明氏(元聖路加病院長)が毎日新聞(2012.12.24)のオピニオンで「今こそ小日本主義を」で「領土問題」について述べている。
彼はこう言う。
本来、日本の領土は北海道と本州、四国、九州の本土だけで、他はすべて日清・日露などの戦争を介して獲得した領土だ。沖縄だって元々は琉球王国を接収したものです。
北海道が日本の「本来の領土」?
江戸時代は一部を除いて「外地」だった。そこでアイヌ民族を奴隷化していた。
明治政府が無主地として「接収」したのではなかったか?しかも、琉球処分とほぼ時期も一緒。
だいたい「国の範囲」を特定しようとすること自体ナンセンスだが…
確か、氏は徴兵制賛成論者だった。
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アイヌ民族共有財産裁判
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幕末の探検家松浦武四郎に魅力を感じたのはいつだろう。
探検、放浪、アイヌ民族とのかかわり、実に魅力的な人物だった。
北海道の名付け親となり、明治政府から仕官を乞われたが政府が武四郎の提案したアイヌ民族政策をとらないので、全部の仕事を止め、全国の知人友人から木片を寄進してもらい、一畳の庵をあんで河鍋暁齊に自らの涅槃図(午睡図)を書かせ隠居したという「つわもの」である。
ただ有名人か?というと自信がない。
伊勢三雲町に記念館ができた時、中川駅の駅員もタクシー運転手も武四郎を知らなかったからだ。
東京・京橋のINAXギャラリーで、その「一畳敷」をメインした展示が行われている。
なんとレプリカがあって、中に入って座ったり、ねっころがったりできる。私は寝てみた。
INAXギャラリーは主にデザインを中心にした展示をしていて、カタログ(図録)もいいものを出している。
今回の展示も「一畳敷」という建築物がメインで、やはりデザインからのアプローチである。
カタログに松浦武四郎記念館の山本命氏の「旅を愛し歩き続けた松浦武四郎の生涯」という解説が載っていて、その中でアイヌ民族の激減の理由として「過酷な労働を強いたことが一因」となっている。
アイヌ民族激減の要因は、和人が持ち込んだ梅毒、痘瘡である。
これは武四郎も著作の中で「和人がアイヌの女性を強姦し、妊娠すると薬で流産させ、梅毒に感染すると山へ捨てるという実情」を切々と訴えている。また、病状が進み離れた小屋で住んでいる女性を探して見舞っている。 カタログの文章は、松浦武四郎について書かれたものとしてはどうだろう?「アイヌの人々」という政治的な表現もある。
武四郎は常に反権力の立場にあって、アイヌ民族に心を注いだ人である。
残念というより、寂しいという思いだ。
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「方言」、アンゲロプロス、アイヌ
ある公営放送を標榜するテレビ局で「方言」の特集をやっていた。 木下順二は戯曲に「方言」をよく使ったが、彼は「地域語」という言い方をした。しかし戯曲で用いられたのは「創作地域語」であった。木下は使用地域を限定しない地域語を用いることによって、普遍的な「地方」を表現しようとしたのだ。
教科書に載った「夕鶴」を政府や自民党が批判したのは地域語使用だからではない、と思うが… 「方言」という言い方は、中央に対する地方であるので、私も地域語という言葉を使っている。
そのテレビ局の番組は各地域の「方言」を紹介するとともに、「方言」に対する愛着度のアンケートがあり、年齢が下がるに従い愛着度が増すというデータを出していた。かつての中央集権制の下での「方言」禁止政策からの呪縛から解かれた世代が増えているということであると思った。
また他地域の者が「かわいい」あるいは「表現がソフトになる」という理由から地域語を使う例も示されていた。 その中で、沖縄弁?琉球弁?あるいはウチナグチ、というのか沖縄で使われている地域語も出てきた。私はアイヌ語が出てくるのではないかと期待していたが、アイヌ語は出てこなかった。
ウチナグチの中で、沖縄県出身のタレントが「方言札」の話しをした。
スタジオ内で驚きが広がった。やや意外だった。確か英語の教科書に載っているからだ。 それはウェールズ語がイングランドで禁止された時、ウェールズ語を使った生徒に「ウェルシュ」という木札を首にかけ罰とした、というエピソードの中で沖縄の「方言札」の写真もあったからだ。 そのタレントはもちろん方言札を知らない若い世代だが、方言札のことが語り継がれているあかしを示したもので、なぜか嬉しかった。彼はウチナグチーを多用していたし、あるいはお笑いタレントだったからだろうか?もし、国民的タレントだったら「日本批判した」とバッシングされたのかもしれない。
他民族支配のシステムのひとつは言語を奪うことである。
言語が思考体系の基礎となり、感情表現の土台となるからだ。また、秘密通信の防御にもなる。 明治以降の尋常小学校教科書から始まる天皇制とカップリングされた言語教育もその例に入るのかもしれない。 ギリシャのテオ・アンゲロプロスは私の好きな映画監督のひとりだが、彼の作品の多くにスーパーインポーズをつけている人に池澤夏樹がいる。彼は現在サッポロ(アイヌ語から来ている地名なのでカタカナ表記にしている)在住で、アイヌやオキナワに関する発言も多い。
その池澤夏樹が9月7日の朝日新聞の連載エッセイ「終わりと始まり」の中でアイヌ語辞典を書店で探したら「語学」の所ではなく、「方言」の所にあって驚いたと書いている。
そして、言葉は機能的に「普遍語」(ラテン語や漢文のような)「現地語」(各地域で普遍的に使用されている言語)「国語」(国民国家の成立に伴い整備された現地語)に分類できると、なかなか興味深い論考を展開している。
また、「方言が失われたのは国民国家が標準語を強制したからだった。それで失われた生活感は少なくないし、そこのところを石牟礼文学は掬いあげた」と石牟礼道子の作品に言及していた。
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今年は8月8日に開かれることになった。
2010年《東京・イチャルパ》〜シンリツモシリ・コイチャルパ〜
8月8日(日)13:00〜17:00 於:東京都港区芝公園内(みなと図書館近く、開拓使仮学校跡) JR浜松町駅より徒歩12分、地下鉄御成門駅より徒歩2分 但し、交流会は予定されていない。
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宇井真紀子写真展 2月25日から3月8日まで。9:00-21:30 |





