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巨匠パブロ・ピカソの91年における、多種多彩な作風と泉のように湧き出る創造力により、強力な重力場と化した200点を超える作品群を2つの美術館で鑑賞した。

正直なところ、わたしはピカソ展に行きたいとは思わなかった。
なぜなら、日常生活のいつどこにでも、ピカソは溢れているからだ。

また、今年の後半の展覧会は静謐な世界が続いた。
フェルメール、ハンマースホイ、ミレイ、ワイエス、フジタと、である。

しかし、ひょんなことから時間が空き、わたしは迷わず六本木に向かった。
ピカソの作品を年代順に、作風の変化も分かりやすく展示されてあったので、とても見やすかった。

今回の展覧会で良かったのは、素描とオブジェだった。
特にパピエ・コレやアッサンンブラージュのような日用品などを用いた造形は、ピカソの自由な発想にわたしもスカッとした開放感を味わった。

「バイオリン」 1915年 立体構成;裁断し、折り曲げ、彩色した鋼板、針金
イメージ 1


ピカソの彫刻やオブジェは特にスタイルはない。閃いたら創作するという行為を繰り返しているだけだ。キュビスムの立体化の実証を試みたことはあったが。
その自由度100%の感性からコラージュやパピエ・コレという技法を発明した。
オブジェのほとんどは国立新美術館に展示されている。

サントリー美術館最初の作品はこれ。

「カザジェマスの死」 1901年 
イメージ 2

彼はピカソと同郷の友人で、いっしょにパリに出てきた。
ところが、生活が落ち着く間もないときに、カザジェマスはモデルに失恋して自殺してしまった。
死んだ友を、ゴッホのような鮮やかな色彩と筆致で包んでいる。
神々しい背景が、ピカソの友への精一杯の愛情を感じて、わたしはしょっぱなから感極まってしまった。


左;「自画像」 1901年 
右;「ラ・セレスティーナ」 1904年 (国立新美術館で展示)
イメージ 3


マジ、20才?ふけすぎだし、暗い。友人の死が深く影を落としているのかも知れない。
反面、右の片目が盲目の女性は気迫に溢れている。同じ構図でも受ける印象はかなり違う。

「蝋燭を持つ女、牡牛と馬の戦い」 1934年 ペン、墨、褐色クレヨン/合板に糊付けされたカンヴァス(国立新美術館で展示)
イメージ 4


ピカソの牛は彫刻もあるが、版画やエッチング、ペン画が細密で特に良かった。
この絵と同じモティーフで牛がミノタウロスの版画もある。蝋燭を持つ女はマリ=テレーズである。今回出品されなかったのが残念。
しかし、ミノタウロスをたくさん見ることができた。
闘いに明け暮れ、女を犯すミノタウロス、凶暴だけど、どこか滑稽なミノタウロスに惹かれた。
ピカソの分身といわれるミノタウロス。
サントリー美術館には、様々なミノタウロスが展示されていて、これが一番見応えがあったように思う。
牡牛と馬の戦いは、戦争の悲惨さを訴えるために作製された。

「磔刑」 1930年
イメージ 5

これはミノタウロスから続く、暴力と死の終着を意味するのかもしれない。
人間のおろかさを、キリスト自身も十字架上で嘆いている。
わたしは、ゴーギャンの黄色いキリストを思い出したが。

サントリー美術館で、わたしが惹かれた作品はこれ。
「彫刻家とモデル」 1931年 ペン、墨/紙
イメージ 6

左の女神のような女性は、マリー=テレーズである。彫刻家の肢体も首もぐいっと前に伸びて、彼女に見惚れている姿がほほえましい。

「草上の昼餐 マネにならって」 油絵、カンヴァス 1961年 スイス、ローゼンガルト美術館
イメージ 7

晩年のピカソは、マネの「草上の昼食」を模写?して、連作を描いている。
国立新美術館に展示されてたが、あまり好きじゃなかったので、別な作品を掲載した。
この時代のピカソは、さすがに描線がなだらかで色彩も大人しくなっていると思った。
マネの他にベラスケスの「ラス・メニーナス」バージョンも有名である。

生涯7万点もの作品を残したピカソだったが、常に追い求めたものは古典に存在していたのかも知れない。

毎度慣れてる展覧会のハシゴだったが、今回わたしはどっと疲れた。
作品数が多かったからではない。
作品のバラエティが膨大すぎて、一般人のわたしには到底収めることができなかった。
でも、かなり楽しかった。
ピカソのむき出しの闘志が、最近ゆるゆる気味のわたしを突然襲ってくるので、防戦一方の自分が情けなくも愛おしかった。

ピカソが政治家でなく画家で良かった。なぜなら彼のオーラは尋常ではないからだ。

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「蝋燭を持つ女、牡牛と馬の戦い」の細密な表現はすごいですね。
それと,すぐ下の彼らしい色彩感覚の「磔刑」との組み合わせが面白い。
ここで見ることができてよかったです。

2008/12/9(火) 午後 7:16 Don Vagabond 返信する

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les fleursさん、TBどうもありがとうございました。
親友カサヘマスのピストル自殺が“青の時代”のきっかけになった話は有名ですが、それにしてもそのこめかみの焦げた顔を描く気持ちはどんなだったのでしょうね?
後日談として、彼の失恋相手だったモデルを抱いたこともあったと知った時も、ピカソという人がますますわからなくなったのでした。
・・・・・ということでTB返しです。

2008/12/9(火) 午後 8:51 [ MuseuM ] 返信する

☆Vagabondさま
こんばんは〜♪京都のご案内、とっても興味深いです〜〜(^^♪
そう、ピカソの牡牛、またはミノタウロス、そして磔刑、同時代なんですよね。シュルレアリスムのちょっと前。ピカソはどんどん画風を変えて行きますから、わたし達は追いつきませんよね。
女に失望してたかと思えば、戦争でしょ。天才は凡人には計り知れないエネルギーがあるのでしょう。
コメントありがとうございます(*^_^*)

2008/12/9(火) 午後 10:55 les fleurs 返信する

☆MuseuMさま
こんばんは〜♪わたしの勝手なトラバにまたまたご丁寧にお返事ありがとうございますm(__)m
「カザヘマスの死」は衝撃的でした。こめかみの傷はやはり画家としての使命でしょう。わたしはモネのカミーユの臨終を思い出しました。
そうですか。ピカソと遺された彼女がですか。でも分かるような気がしませんか?お互い傷を舐めあうような、ピカソはプラス好奇心だな、きっと(笑)
またよろしくお願いいたしますね(^_-)-☆

2008/12/9(火) 午後 11:09 les fleurs 返信する

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今週サントリー美術館の予習はばっちりです。
自分なりにエネルギーを感じてみたいと思います。

2008/12/9(火) 午後 11:51 [ 無題 ] 返信する

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「常に追い求めたものは古典に存在していたのかも知れない」・・そうかなあそうだったんだろうなあと頷かされました^^

2008/12/10(水) 午前 9:55 月の骨 返信する

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カザへマスの死は、ピカソの友人の死に対する突き上げるような想いが込められた作品ですね。その後の青の時代へのきっかけになったことも容易に想像できる出来事だったと思います。ただ慟哭の感情の中にピカソの一抹の冷静さを感ずるのは、こめかみの貫通銃創をえがいている事。激情の中の冷徹な観察眼? また、自殺した友人の女性との関係など・・。私はピカソの感情の一通り出ない複雑さを想起してしまいます。テーマが似て非なる作品に、熊谷守一の「陽の死んだ日」という作品があります。守一の次男の陽が四歳で死んだとき描いた作品です。その時の熊谷の言葉「陽がこの世に残す何もないことを思って、陽の死に顔を描き始めましたが、描いているうちに絵を描いている自分に気がつき、描けなくなってしまいました。」ということを話しています。この作品から受けるものは「悲しみ・喪失感・慟哭」以外に何も連想しません。ピカソは感情と緻密な計算の画家で、熊谷は感情の画家???? どちらも天才ですが、なんとなく凡夫の小生は熊谷のような人間に惹かれてしまうのです。

2008/12/10(水) 午後 6:26 [ lax**40 ] 返信する

☆kimamaさま
こんばんは〜♪いよいよ明後日ですね。サントリー美術館も年代を追って展示されていますが、凝縮された分、中身が濃いかもです。
ご感想、楽しみにお待ちしております〜〜(^_-)-☆

2008/12/10(水) 午後 10:40 les fleurs 返信する

☆月の骨さま
こんばんは〜♪コメントありがとうございますm(__)m
ピカソの古典回帰、いや〜〜、本当じゃないかもです。わたしは最後がマネだったので余計にそう感じました。ウソかも〜(笑)
でもピカソは色んな画家の真似をしながら、オリジナルを追求したんですよね。才能って素晴らしいことなんだ納得しました(*^_^*)

2008/12/10(水) 午後 10:44 les fleurs 返信する

☆laxさま
こんばんは〜♪ありがとうございますm(__)m
laxさまに素晴らしい文章でまとめていただきました。おかげさまでとてもすっきりしました。
熊谷守一の「陽の死んだ日」、わたしも見たことがあります。生ではありませんが。「悲しみ・喪失感・慟哭」が、絵の中に静かにありました。ピカソは全く反対で彼の感情は外に向かっています。
熊谷氏の言葉と同じ事をモネも言ってました。死んでいく妻カミーユを見守りながら、無意識に筆を走らせている自分に愕然としたそうです。勉強になりました〜〜(*^_^*)

2008/12/11(木) 午前 0:14 les fleurs 返信する

les-fleurs様、こんばんは。m(__)m
遅くなりましてすみませんでした。m(__)m
ピカソ、私も今では知らない人はいないくらい有名すぎて、今度の
日曜日までこちらの名古屋市美術館での「ピカソとクレーの生きた時代展」をパスしようと思っていましたが、逆に行きたくなりました。
というのも、恥ずかしながらネットで今回初めて知った「朝鮮の虐殺」という作品なのですが、「ゲルニカ」と同じく妊婦や幼い子供を人格無視に虐殺する行為に平和への思いをより強く感じさせられましたからです。
ピカソの絵を人々は自由奔放な発想だけを見つめていますが、その根底に流れているものは一貫して平和への願いが込められていると深く思えてきました。平和への希求がギネスにも認定されるほどの膨大な作品を描くことによって世界中の人々に暗に平和の尊さを投げかけているように思えてなりません。
lesfleurs様のピカソが画家で良かったお気持ちがわかるような気が致しました。
記事の方から、またまたパワーを頂きました、ポチっと・・。
ありがとうございました。(*^_^*)m(__)m

2008/12/11(木) 午後 11:15 [ 優しいよっちゃん ] 返信する

☆よっちゃんさま
こんばんは〜♪いつもおやさしいコメントにポチありがとうございますm(__)m感謝感激です!
「ピカソとクレーの生きた時代」展、他のブログで何回かお見かけしています。今回の展覧会にも「朝鮮の虐殺」出てました。
ピカソの自由で奔放な表現の根底には平和の願いが込められている、とのよっちゃんさまのお言葉にわたしも深く納得いたします。
是非名古屋市美術館でご覧になられてくださいね(^_-)-☆
訪問が遅くなったからとあやまらないでくださいな。もったいなくて恐縮してしまいます〜〜(*^_^*)
またよっちゃんさまの美術館にも癒されに伺いますね(^^♪

2008/12/12(金) 午前 1:03 les fleurs 返信する

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今回の上京で日展だけでとなりのブースの
ピカソはキャンセル(過去にピカソ展は何度か拝見)しました。

見ずに住んだのは一つにはles fleurs さんが↑の用にきっと写真と解説をしてくれることを知っていたからです(笑)

私の年代の学生はピカソで育っています。
私は建築ですのでル・コルビシェを徹底的に詰め込まれました。

そろそろ21世紀は何か・・此の世界大恐慌時代artは何が出来るのか?
ピカソがゲルニカを書いたときartは戦争をやめさせることが出来るのか?と言う自問自答・・をしたとかしないとか!

2008/12/13(土) 午後 6:33 アトリエ・バラ 返信する

ピカソ展、行けませんでした。天才と言う言葉にピッタリな人。なおかつ、一時は同時代に生きていられた芸術家、ピカソ。
les-fleursさんの記事で堪能させていただきました。

2008/12/13(土) 午後 9:18 アンダンテ 返信する

☆アトリエバラさま
こんばんは〜♪
いや〜〜、恐縮です〜〜!弱輩のわたしのブログを参考に、だなんて、恐れ多いことですm(__)m
ピカソとコルビュジエですか!コルビュジュエは森美で見ましたが、良く分かりませんでした。
でもその後、さまざまな建築家の作品をTVや雑誌で見るようになり、20世紀前半はすごく贅沢な住宅を造っていたんだなと驚きました。
はい、さっそくお邪魔しますね。
ゲスブにもありがとうございます。
いつもご丁寧なコメントに深く感謝しております(*^_

2008/12/14(日) 午前 0:32 les fleurs 返信する

☆andanteさま
こんばんは〜♪
わたしの拙いブログに温かいお言葉をいただき、ありがとうございます。
怒涛の迫力を持ったピカソ展でした。ピカソは確かに天才ですね。創造が尽きることがなかったと言う点では他に追随するものはいないでしょう。
いつもご丁寧なコメントにとてもうれしい気持ちでいっぱいです(*^_^*)

2008/12/14(日) 午前 0:34 les fleurs 返信する

「カザジェマスの死」はピカソの思いが強く籠められた作品ですね。最後まで手放さずに手元に置いていた気持ちが良く分かる作品です。
ピカソはスペインに帰っていて死に目に会わなかったそうです。イメージで描いたのでしょうね。

2008/12/14(日) 午後 0:02 haru21012000 返信する

☆haruさま
こんばんは〜♪そうですか!イメージで描いたのですか!それで、弾痕がはっきりと描かれたのでしょうか。
最後まで手放さなかったのも初めて知りました。ピカソの温かさに触れたような気持ちです。
色々、教えていただいてありがとうございます(*^_^*)

2008/12/15(月) 午前 0:56 les fleurs 返信する

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私は晩年の一日一作の版画シリーズが好きです。なんか欲望を吐き散らしている感じがして、ピカソの精力が拡散して観る者を犯すような・・・天才はいくつになっても天才である証明ですね。

2008/12/21(日) 午後 0:58 CAVE 返信する

☆CAVEさま
こんばんは〜♪
わたしもピカソのリノカット、好きです〜〜(*^_^*)彫り方が独特なんですよね。
拡散する精力とはピカソにぴったんこの表現ですね!
天才ピカソのエネルギーは生涯枯渇することがなかったようです。
コメントありがとうございます(^_-)-☆

2008/12/26(金) 午後 4:38 les fleurs 返信する

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