愛されたい(天使ヨハネのハートフル・ワールド)

愛を見失い愛を求め、迷路を彷徨う女性のための救愛軍

家族愛

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反抗期の娘

反抗期の娘

悪気があってのことではない。
ただ、
反抗期なのだろう。
言葉遣いが悪い。
祖母は悲しむ。
しかし、
悪いことをするわけではない。
娘と私の関係が良くないわけでもない。
二人になれば、
昔とまったくかわらない優しい娘。
今でも一緒に寝ている。
世間の人は可笑しいと言うかもしれない。
だが、
私達父子には自然なことであり、
当たり前なことなのだ。
勿論、
息子も一緒に隣のベッドに寝ている。

反抗期の子供達は、
人の目を気にする。
仲間の目を気にする。
仲間はずれになることを一番恐れる。
友達、仲間が、
何よりも最優先で大切な時期なのだ。
本人達に反抗しているつもりはない。
ただ、
ちょっと大人になるということが、
どういうことかを勘違いしているだけ。
いっぺんに理解しろと言っても無理。
頭ごなしに叱咤しても逆効果。

まず、
彼ら、彼女らを認めてやること。
受け入れてやること。
反抗期の若者は、
否定されることを一番嫌う。
否定されると反抗する。
否定されると全てが嫌になる。
彼らが正しいわけではない。
間違っていることもある。
だが、この時期頭ごなしに否定したら駄目なのだ。
認めて理解させる。
失礼な態度にムキにならず、
まずは軽く受け流すこと。
そして、
認めるところは認め、
非は非として気付かせてあげる。
時間も労力もかかる
面倒なことだ。

だが、
自分の反抗期を思い出してみてください。
まったく同じことをしていたはず。
これは一種の病気、
登竜門。
反抗期を通り過ぎて、
また一つ大人になるのです。

ムキにならず、
受け流し、
認めてやることしか、
反抗期の治療薬はない。
人がこの世に誕生して以来
繰り返される反抗期。
あまり心配しすぎない。

そして、
何より
親が大人として、
子供達の手本として
恥じない日々を送ること。
それしか解決法はないようだ。

家族の関係

「家族の関係」

家族とは、
人にとって、
一番身近な小さな社会である。

子供が育つ段階で、
一番最初に触れる社会、
それは家庭である。

家族とは、
父と母
そして、
兄弟姉妹からなる。
時として、
祖母や祖父もそこに加わり、
場合によっては叔母や叔父も家族という社会の中に存在したりもする。

普通
子供達にとって、
一番身近で信頼すべき存在は、
母である。

その母は、
父や姑の悪口を言ったりする。
父の駄目さ加減を子供達の前で愚痴ったりする。
子供達にとって祖母である姑への憎しみを吐露したりする。

子供が成長し、
成人するまでは、
子供達は母親の味方である場合が多い。
それは、
子供達にとって、
母親が一番身近な信頼できる大人だからである。
他に比べる者がいないからである。
例え、
多少の違和感や問題があったとしても、
一番身近な頼れる大人である母親を敵に回して自分にプラスはないので、
子供ながらに、
見てみぬ振りをする。
そんな経験はないだろうか?

母親が機関銃のように連射する父親の悪口。
その悪口を聞くのが嫌で仕方がない
と感じたことはないであろうか?

祖母の悪口を垂れ流す母親に
嫌悪感を感じたことはないだろうか?

放屁をたれる母親に
幻滅したことはないだろうか?
男なら、
誰でもそんな思いを持ったことがあるはずである。
また同時に、
そんな母親に、
淡い恋心を抱いたことはないだろうか?
男ならあるはずである。
母親は、
一番身近にいる頼れる大人であると同時に、
男の子にとっては、
一番身近な女でもあるのだ。

女性への興味を持ち出した頃、
女性のことが知りたくてしょうがない。
しかし、
女性に触れる術などまだまったくない。
女性と道ですれ違っただけで、
生理的現象が頻発する思春期、
母にさえ女を感じてしまう。
姉妹にさえ女を感じてしまう。

夜中に人知れず起きだし、
両親が読み終わった週刊誌を探し出し、
貪るようにグラビア・ページの女体に興奮する。
ベランダに干された、
母や姉妹の下着を見ては、
生唾を飲む。
そんな経験は、
男なら誰でもあること。

しかし、
そんな母への思いも、
気付くと消え去っている。
その頃より、
母へ対しての疑問が自分の中に頭をもたげる。

本当に父は、
母が言うような人なのだろうか?
本当に祖母は、
母が言うように酷い人なのだろうか?
何故、
自分の実の姉妹とも母は喧嘩ばかりして、
仲良くする姉妹と
無視する姉妹を作るのだろうか?
男の子には、
理解できないことがどんどん増えてくる。
しかし、
その時は目を瞑るしか方法はない。
何故なら、
他を知らない。
他を見ることができない。
比較することができないからだ。

それでも、
学校を卒業し、
社会に出てみると、
あの時の
若かりし日に抱いた母への疑問が、
解決する時が、
予期せずして訪れる。

社会にでてみると、
父の方が現実的に頑張っていることが身に染みてわかる。
母の言っていたことの方が、
非現実的で理不尽なことに気付く。

やはりそうだったのか、
と何年ぶりかで答えを見つけ出す。
しかし、
そのことで母を責める気にもなれない。
ただ、
あの頃より、
無意識の中で意識しながら、
母みたいな女性のことは、
好きにはならないと自分の中で決めていた。
そのことが現実のものとなる。
母とは正反対の女性と、
偽善者ではない
派手な女性ばかりを好きになる。
母のように世間体を気にばかりし、
人前では偽善者を演じ
真面目な外見で、
ニャンニャンニャン喉を鳴らす女を遠ざける。

当然のことながら、
母は嘆く。
何で私と違い、
派手な頭のよくない女ばかりを好きになるのかと。
この子は女運がないと。
この子は女のことをわかっていないと。
女にばかり騙されていると。
そして、
結局、
嫁と姑の関係が繰り返される。
歴史はやはり繰り返される。
こんなに小さな家庭という社会でさえも。
愛するということを忘れて、
憎しみの連鎖を繰り返す。
愛する家族の形をも見出せずに、
長い迷路に迷いながら。
答えは簡単、
愛だというのに。
母は気付かない。
愛することに。
何故なら、
母は、
人を愛することを、
十の昔に忘れ去ってしまったから。
愛の素晴らしさを忘れてしまったから。

娘の入学式

「娘の入学式」

今日は娘の入学式でした。
寮制の中学校です。
強制ではないので、
兎に角一年間だけでも、
と思い入寮させました。

娘も私も、
何だか複雑な気持でここ数日間過ごしてきました。

何故、
寮に入れたかというと、
親子の良い距離感を見つけ出したい、
ということが第一の理由です。
うちは父子家庭なので、
親子関係は、
比較的親しい間柄で、
息子とも娘ともここまでやってきました。
しかし、
小学校から中学へというこの時期は、
子供達にとっても、
親にとっても、
最初の大きな転換期だと思っています。
少しだけ大人の仲間入り、
でも、
まだまだ精神的には子供。
これからが、
凄く難しい時期に入ると思っています。

息子とは、
彼が寮に入ったことで、
非常に良い距離感を掴むことができました。
反抗期でありながら、
親友のような、
何でも語り合える非常に良い関係を見つけ出すことができたのです。
このことは、
私にとって大きな喜びでした。
ただ、
娘とは、
これからが正念場だと思っています。
やはり、
女の子は、
理由なく、
男親を敬遠したり、
拒絶したり、
鬱陶しく思ったりする時期があるようです。

私は、
娘のことは、
目の中に入れても痛くないほど、
本当に大切に可愛く思っています。
自分の命より大切な宝物です。
ですが、
そういう私の気持が邪魔に感じるようなこともでてくるのではと思っています。
今のところ、
まだ極端にはそんな症状は出ていません。
が、しかし、
以前とは違うことだけは間違いありません。
ちょっと前までは、
ハグなどのスキンシップも普通にしていました。
ところが最近は、
嫌がったり、
人前では離れて歩いたり、
と私からすると悲しいことが沢山あります
息子の場合は、
年と共に、
同士のような、
大親友のような、
非常に良い関係になっていっているにもかかわらず、
娘とは、
何だか目に見えない空間が大きくなってきているような気がしてなりません。
私の自分勝手な強迫観念なのかもしれませんが。

それでも、
一昨日の夜は、
息子が寝静まった後、
遅くまで、
娘と二人きりで色々と話しました。
そんな時は、
以前とまったく変わらない可愛い娘です。

最近の態度について、
「パパは少し悲しいよ」
と言ってみたところ、
「だって反抗期だから」
「お友達も皆、今は反抗期だよ」
という答えが返ってきました。
ちょっとした流行風邪のような感じのトーンだったので、
少し胸を撫で下ろしました。
しかし同時に、
やはり本当の反抗期なのかな、
という言葉も返ってきました。
気付かぬ内に、
随分と大人になったのだな、
と感動するやら悲しいやら
凄く複雑な気分になりました。

正直、
寮に入ることに対し、
色々な思いがあったようです。
まず彼女は、
学校は自宅から近い学校に入りたかったようです。
「パパは、淋しいよ。でも、何処にいても、何時でも、想っているからね」
と言って手を握ってやると、
手を硬く握り返しながら、
「でも、パパが学校のことは決めたんだからね」
という返事が返ってきました。
この返答にはちょっと考えさせられました。

確かに、
彼女は彼女なりに頑張っていました。
でも、最終的には、
私が彼女を説き伏せて、
この学校に決めました。
彼女の将来を考えると、
間違った選択ではなかったと思っています。
「知識」ばかりに偏らず、
「人が人として生きていく上での知恵」を教育してくれる学校であり、
後悔はまったくありません。

離れてみて初めて得られる色々な気持や、
離れてみて初めて見つけられる親子の良い距離感というものがあると、
私は思いこの学校を選びました。
今に、
彼女も、
そのことを理解してくれると信じています。
息子の場合成功したので、
娘の場合も、
同じような結果を得られれば良いなと思っています。

ただ、
何事も、
出だしは大切です。
実は、
今日、
娘と寮でしばしの別れをしてきた時の娘の顔が忘れられません。
何故なら、
人のことを批判したり、
見かけで判断したりすることはよくない、
と常日頃言ってはいるのですが、
受験の時から、
ずっと、
あの子だけとは一緒になりたくない
と言っていた子と、
寮の部屋が一緒になってしまったのです。
娘の顔は、
ショックで今にも泣き出しそうでした。
昨晩も、
そのことを言っていたのですが、
「そんなことを言っていると、
本当にそうなってしまうから、
あまり気にしない方が良いよ」
と言っていたのです。
人生とは皮肉なもので、
そうなりたくないと思っていると、
そうなってしまうということが儘あります。
正にその通りになってしまったのです。

しかし、
寮での生活の目的の一つに、
「人との関わり」を学ぶ
ということがあります。
「人と関わることの難しさ」、
「人と関わることの大切さ」、
ということを体得して欲しいという思いもあり、
寮に入ることを決したのです。
最初から試練ですが、
社会に出れば、
「人との関わり」
ということが全てを支配し、
影響するので、
早いうちにそのことを学んで欲しいと思っていたのです。

人にとってのストレスのほとんどは、
人との関わりが原因です。
友達関係、
仕事場の同僚との関係、
学友関係、
師弟関係、
仕事での人付き合い、
親子関係、
男女関係、
夫婦関係、
全ては「人との関わり」によるのです。

偉そうなことを言っていますが、
娘の今にも泣き出しそうな顔を思い浮かべると、
今も、
涙が溢れてきてしまいます。
しかし、
私が選らんだ道。
彼女にとって良かれと思い選んだ道。
もう一歩を踏み出してしまったのです。
後戻りはできないのです。
頑張るしかないのです。
ですが、
私が選び、
彼女に一歩を踏み出させた道だけに、
心配です。
彼女の気持が満ちていない内に、
私が肩を押した形なので、
今非常に複雑な気持に苛まれています。
このことで、
娘が私にどのような感情を抱いているのか不安です。
しかし、
解決方法は一つ、
彼女を信じ、
学校を信じ、
教師を信じ、
先輩方を信じ、
兎に角「信じる」ことしかありません。
幸い、
同室の先輩達は、
皆優しい良い子ばかりでした。
一年生は、
娘とその子の二人だけ。
あとは、
中学三年生、高校一年生、二年生、三年生で、
皆優しい女の子達でした。
案外
私の取り越し苦労で、
娘とその同室の新入生は、
親友になって帰ってくるかもしれません。

子供達を愛し、
子供達に愛されたい、
その一心の親馬鹿です。
私こそ頑張らなければ。
反省の一日でした。

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