|
ドイツのムンスター(ミュンスターではありません)にある、戦車博物館(正式名称は、Deutsches Panzermuseum Munsterで、略称としてDPM)の紹介です。
と言っても、行ったのは一年前の事で、2016年5月6日(金)時点での情報です。
戦車博物館に行った際の旅行記は、以下のブログで書いているのでは、ここでは展示品の紹介のみを行います。
最後はドイツの軍装関係の紹介です。 博物館の入り口には、ドイツ歴代の軍服が展示されていました。
まずは銃器の紹介です。
<K 98 k > (写真上)
1898年に採用されたG 98ライフルのカービン・バージョンで、1935年に採用されたドイツ国防軍の正式ライフルです。
< M1 ガーランド >
1936年採用のアメリカ軍の正式ライフル。
セミオートマチックライフルでした。
ドイツの装備では無いですが、対戦国と言う事で・・・
1944年から配備された自動小銃です。
士気を鼓舞する目的もあり突撃銃(英語でアサルト・ライフル)と名付けられましたが、そのコンセプトは今でも世界中の軍隊に受け継がれています。
< MG 34 >
1934年に正式化され、翌年から量産されたドイツの機関銃。
銃架を変える事で、歩兵用から車載用途まで使える、汎用機関銃のジャンルを作った機関銃です。
< MG42 >
MG 34のコストダウンと生産性改善を計るために開発されました。
1942年からの製造。
< MG3 >
MG42を現代向けに改善した汎用機関銃で、大きな変更点は、使用弾が7.92x57mmモーゼル弾から7.62x51mm NATO弾に変更された事です。
これも、大戦中にドイツが発案したコンセプトが今でも生きている例です。
続いてドイツの軍服についての紹介です。
写真は、1850年のプロシアの胸甲とヘルメット。
ここはPanzer(装甲)の博物館なので、中世騎士の鎧や近世の胸甲もありでしょう。
ピンボケですが、第一次世界大戦時代の突撃兵のボディー・アーマーとヘルメットです。
敵の塹壕線を突破する役割を担ったのが突撃兵で、目的としては初期の戦車と同じです。
しかし、火器の発達により、兵士個人向けの装甲は廃れ、第二次世界大戦においてはヘルメット以外は全く無くなりました。
左は、1942年の戦車兵の軍曹の軍服で、右は、1943年の戦車兵の少尉の軍服です。
左は、大戦中のドイツ軍の軍服ですが詳細は不明。
右は、1944年の降下猟兵の軍服です。
西ドイツ軍は将軍のものですが威圧感や華美さを感じさせないデザインです。
一方、東ドイツのものは、大戦中のドイツのデザインを色濃く残しています。
左は砂漠の狐、エルヴィン・ロンメル将軍の軍服とされていましたが、博物館の説明板を見ると、疑問符がついているようです。
右はロンメル将軍のデスマスク。
左は、電撃戦の生みの親、ハインツ・グデーリアン将軍の軍服。
右はギュンター・フォン・クルーゲ元帥の肖像画。
続いて、ドイツの勲章の紹介です。
第一次世界大戦時の第一級鉄十字章。
第二次世界大戦時のドイツの勲章です。
一番右は柏葉付き騎士鉄十字章。
次は騎士鉄十字章で、1939年に勲章制度が出来た時は最高位の勲章でしたが、戦争の長期化により、柏葉付き、剣付き、ダイヤモンド付きなどのグレードが順次創設されていきました。
次は、第一級鉄十字章で、左端が第二級鉄十字章です。
更にドイツ十字章が設けられています。
これらは戦勲以外でも与えられ、系統が鉄十字章とは異なりますが、勲章のランクとしては鉄十字章と騎士鉄十字章の間と考えられたようです。
左は銀のドイツ十字章で、右は金のドイツ十字章。
以上で、博物館の紹介を終えます。
|
軍事博物館、他
[ リスト | 詳細 ]
|
ドイツのムンスター(ミュンスターではありません)にある、戦車博物館(正式名称は、Deutsches Panzermuseum Munsterで、略称としてDPM)の紹介です。
と言っても、行ったのは一年前の事で、2016年5月6日(金)時点での情報です。
戦車博物館に行った際の旅行記は、以下のブログで書いているのでは、ここでは展示品の紹介のみを行います。
第二次世界大戦後のドイツ以外の戦闘車両群の紹介です。
< センチュリオン Mk.12 >
大戦中、ドイツの重戦車に対抗するためにイギリスが開発しましたが、量産が始まったのは1945年後半で、大戦には間に合いませんでした。
連邦軍も採用を検討しましたが、最終的にアメリカのM48を採用しました。
1945年から1962年に製造。
武装: 105mm L/51砲x1門、 7.62mm機銃x2門
< M60 >
M48に代わるアメリカの主力戦車で、105mmの搭載とディーゼルエンジン化が大きな変更点でした。
1961年に西ドイツも、今後の戦車開発の研究用に、二両購入しました。
1959年から1987年に製造。
武装:105mm L/51砲x1門、 12.7mm機銃x1門、7.62mm機銃x1門
< メルカバ Mk. I >
イスラエルの開発した戦車。
周囲を適性国に囲まれ戦争を繰り返した事と、人口が少ない国情から、徹底的に防御に重点を置いた戦車です。
乗員を守るためにエンジンを車体前部に配置しており、車体前方は少しずんぐりしています。
1977年から1982年の製造。
武装:105mm L/51砲x1門、 7.62mm機銃x2門、 60mm迫撃砲x1門
複合装甲が主流となる前、他国の戦車は被弾を避けるためにお椀型の砲塔デザインが多かったですが、メルカバは正面からの被弾を避けるために、楔形の砲塔になっています。
メルカバの特徴の一つである後部ハッチ。
主目的は迅速な弾薬の供給のためでしたが、乗車員の脱出や、歩兵の収容などにも活用できました。
< Strv 103/c >
スウェーデンの開発した戦車(通称Sタンク)。
構造的には大戦中の駆逐戦車ですが、スウェーデンは主力戦車として運用しました。
砲身は車体に完全固定のため、照準は車体を動かすことで行いました。
戦車としては非常にデメリットですが、これと引き換えに、非常にコンパクトな車体と、主砲の自動装填とそれに伴う乗員数の減少(定員3名)というメリットを得ました。
1964年から1971年の製造。
武装: 105mm L/62砲x1門、 7.62mm機銃x3門
砲身全体。
車体後部。
< SK105 A2 キュラシェーア >
フランス製のAMX-13軽戦車をベースに開発された駆逐戦車。
回転砲塔を持ちますが、自動装填装置を採用したので、コンパクトな砲塔になっています。
連邦軍では採用されず、オーストリア陸軍で採用されました。
1967年から1989年に製造。
武装:105mm L/44砲x1門、 7.62mm機銃x1門
< フェレット >
フェレット装甲車は、イギリス陸軍が第二次世界大戦中に広く使用していたダイムラー偵察車の後継車両として、同じくダイムラー社により1949年に設計されました。
連邦軍でも評価を受けましたが、採用されませんでした。
1952年から1971年の製造。
武装: 7.62mm機銃x1門 車両の紹介はこれで終わりです。
以降は、おまけの画像。
中庭にはレオパルド 1 (A1 A4だと思います)が展示されていますが、この車両は砲塔内に入る事が出来ます。
車内のペリスコープから見た様子。
カメラのピントがずれているので、ハッキリと見えませんね。
砲塔の上から見る事ができるので、増加装甲の取り付け方も良く判ります。
現代版の、シュルツェンです。
おまけの画像のラストは、迫力ある120mm滑空砲の写真です。
次は、博物館に飾られた車両以外の展示品を紹介します。
|
|
ドイツのムンスター(ミュンスターではありません)にある、戦車博物館(正式名称は、Deutsches Panzermuseum Munsterで、略称としてDPM)の紹介です。
と言っても、行ったのは一年前の事で、2016年5月6日(金)時点での情報です。
戦車博物館に行った際の旅行記は、以下のブログで書いているのでは、ここでは展示品の紹介のみを行います。
第二次世界大戦後の旧東ドイツ軍の戦闘車両群の紹介です。
< T-54 >
ソ連が戦後に初めて開発・量産した戦車で、ハリコフ設計局により作られたT-44をベースに、100mm砲を無理なく搭載できる新型砲塔を装備したものがT-54です。
東ドイツ軍は1957年からT-54を装備しました。
1962年から1964年の製造。
武装: 100mm L/53.3砲x1門、 12.7mm機銃x1門、 7.62mm機銃 x2門
< T-55 AM > (奥の車体)
T-55はT-54を改良したもので、NBC防御用装備を標準化し、エンジンの馬力も向上、クラッチ操作を空気圧で助けるサーボ機構が追加されています。
T-54は1958年に登場し、様々な改良を加えながら1970年代後半まで製造されました。
T-55 AMのT-55からの主な改善点は、レーザー測遠機と電気式射撃管制装置です。
1964年から1978年に製造。
武装: 100mm L/53.3砲x1門、 12.7mm機銃x1門、 7.62mm機銃 x2門
<T-55 AM2B > (手前の車体)
T-55 AMからの主な改善点は、砲塔周辺の中空装甲、サイドスカート、主砲上のレーザー測遠機です。
1986年から1989年に製造。
武装: 100mm L/53.3砲x1門、 12.7mm機銃x1門、 7.62mm機銃 x2門
< T-55 AM2 >
ソ連戦車の特徴は、車体を低くコンパクトにして、視認性と被弾性を抑えた事。
しかしその反面、戦車兵の居住性は犠牲にされました。
カットアウェイモデルで見ると、いかに車内が窮屈かが判りました。
< T-62 >
T-55の後継機として開発され、世界で初めて滑空砲を装備した戦車です。
その砲威力は強力でしたが、射撃管制装置が弱く、長距離射撃は苦手でした。
更に価格が、T-55の倍以上したため、東ドイツを含むワルシャワ条約機構軍の多くは装備しませんでした。
よって、ここで紹介する戦車ではないのですが、ソ連戦車の流れから紹介します。
1962年から1978年に製造。
武装: 115mm L/55砲x1門、12.7mm機銃x1門、 7.62mm機銃x1門
< T-72 M1 >
T-72は東ドイツ軍最後の主力戦車で、M1は、その最後期のモデルです。
1973年から1990年に製造。
武装:125mm L/48砲x1門、12.7mm機銃x1門、 7.62mm機銃x1門
< P 2M > (写真左)
東ドイツの開発した汎用輸送車。
米軍のジープを大きくしたようなデザインです。
1955年から1958年に製造。
< SPW 152 W1 > (写真右)
同じく東ドイツの開発した兵員輸送車。
これも、米軍のハーフトラックのデザインに似ている気がします。
1957年から1958年に製造。
武装:7.62mm機銃x1門
<PT-76>
水陸両用の軽戦車です。
1951年から1969年に製造。
武装:76.2mm L/42砲x1門、 7.62mm機銃x1門
<BMP-1 SP2 >
1966年に正式採用されたソ連の歩兵戦闘車です。
一般の兵員輸送車より強力な火力を有しており、斬新なコンセプトを持つ車両でした。
武装:73mm砲x1門、7.62mm機銃x1門、対戦車ミサイルx1基
BMPのシリーズ手前から、BMP-1、BMP-2、BMP-1 A1 Ostです。
< BMP-2 >
1980年から配備の始まったBMP-1の後継モデルです。
最大の変更点は、73mm砲から30mm機関砲に代わった事と、大型化した砲塔内に車長と砲手の二名が配置できたことです。
一方で乗車する歩兵の数はBMP-1の8名から、7名に減りました。
武装:30mm機関砲x1門、7.62mm機銃x1門、対戦車ミサイルx1基
< BMP-1 A1 Ost >
東西ドイツ統合後に、改造したBMP-1です。
大きな変更点は、対戦車ロケットの撤去と、スモークディスチャージャーの追加です。
武装:73mm砲x1門、7.62mm機銃x1門
<BRM 1K>
BMP-1兵員輸送車の偵察車バージョン。
1973年から製造。
武装: 73mm砲x1門、7.62mm機銃x1門
< BTR 70 >
装輪兵員輸送車です。
カットアウェイモデルなので、一輪外していますが、本来は8輪の装甲車両です。
1976年から1980年の製造。
武装:14.5mm機銃x1門、 7.62mm機銃x1門
次は、他国の戦闘車両の紹介に続きます。
|
|
ドイツのムンスター(ミュンスターではありません)にある、戦車博物館(正式名称は、Deutsches Panzermuseum Munsterで、略称としてDPM)の紹介です。
と言っても、行ったのは一年前の事で、2016年5月6日(金)時点での情報です。
戦車博物館に行った際の旅行記は、以下のブログで書いているのでは、ここでは展示品の紹介のみを行います。
第二次世界大戦後の西ドイツ連邦軍の戦闘車両群の紹介です。
< M41 ウォーカーブルドック >
大きな車体をしていますが、高速な足回りを持ち、軽装甲の軽戦車になります。
1950年-1958年の生産。
武装: 76.2mm L/57砲x1門、12.7mm機銃x1門、7.62mm機銃x1門
<M47 パットン >
西ドイツの連邦軍が配備したした最初の主力戦車です。
武装: 90mm L/48砲x1門、 12.7mm機銃x1門、 7.62mm機銃x1門
< M48 パットンII >
長きにわたり、連邦軍の主力戦車を勤めました。
1952年〜1959年の生産。
武装:90mm L/48砲x1門、 12.7mm機銃x1門、 7.62mm機銃x1門
< M48 A2 G A2 >
連邦軍で使用されたM48の最終モデル。
最大の改良点は主砲を90mmから、105mmに拡大した事です。
1978年-1980年の生産。
武装: 105mm L/51砲x1門、 7.62mm機銃x2門
< A2 試作2号機 >
1958年から独仏が次期主力戦車の共同開発を始め、1960年に完成した試作車両。
共同開発は政治的おおび経済的問題で終了しましたが、その結果を元に、西ドイツはレオパルド 1、フランスはAMX30を開発しました。
武装: 105mm L/51砲x1門、 7.62mm機銃x1門
< レオパルト 1 >
それまでアメリカの開発した戦車を使っていた西ドイツが初めて開発した戦車です。
当初はレオパルトの名称でしたが、レオパルト 2の開発開始に伴い、レオパルト 1と改称されました。
1965年から配備開始されました。
以下は、レオパルド 1のバリエーションです。
武装:105mm L/51砲x1門、 7.62mm機銃x2門
< レオパルト 1 A1 A4 >
< レオパルド 1 A2 A1 >
< レオパルド 1 A3 >
< レオパルド 1 A4 >
< レオパルド 1 A5 > < KPz.70 プロジェクト >
アメリカと西ドイツがM60と、レオパルド 1の後継機の共同開発を試みたプロジェクト。
(アメリカのプロジェクト名はMBT 70)
しかし、基本部分では設計の単位(ヤード/メートル)から、あらゆる仕様で両国の意見が合わず、設計費も高沸した事から計画は頓挫しました。
しかし、その時の経験を元に、アメリカはM1、西ドイツはレオパルド 2を開発しました。
武装:152mm L/43.5砲 x1門、 20mm機関砲x1門、 7.62mm機銃x1門
KPz.70プロジェクトの頓挫により、西ドイツは新たな戦車を独自開発を始め完成したのがレオパルド 2。
主砲には従来のライフル砲ではなく、120mm滑空砲が採用されました。
また、装甲に複合装甲を採用した事から傾斜装甲を廃止したため、ドイツ軍伝統(?)の角ばった砲塔となりました♡。
1979年から配備開始しました。
武装:120mm L/44砲x1門、 7.62mm機銃x2門
< カノーネンヤークトパンツァー Prototyp 2 HK3/1 u. 3/2 > 予想されたワルシャワ条約軍の大量の戦車に対抗するために西ドイツは駆逐戦車の開発を始めました。
この車両はその試作車で、大戦時の駆逐戦車の思想を引き継いだ、砲塔の無い自走砲スタイル。 HS 30歩兵戦闘車をベースに拡大した車体にM47やM48と同じ90mm砲を載せた車両です。
1961年に生産。
武装:90mm L/40.4砲x1門
< カノーネンヤークトパンツァー 4-5 >
カノーネンヤークトパンツァーの量産モデル。
補給性を考慮し、主力戦車のM47やM48と同じ砲を搭載しましたが、すぐに主力戦車は105mm砲を装備するレオパルド 1に移行したため、主力戦車より火力が不足しました。
また、歩兵戦闘車がベースのため、防御力も劣るために存在意義が薄れました。
1966年から1967年の生産。
武装:90mm L/40.4砲x1門、 7.62mm機銃x2門
< ラケーテンヤークトパンツァー 1 >
1961年から生産を開始しました。
武装:SS.11 対戦車ミサイルx1基、 7.62mm機銃x2門 < ラケーテンヤークトパンツァー 2 >
1967年から68年に生産。
武装:SS.11 対戦車ミサイルx1基、 7.62mm機銃x2門 < ヤークトパンツァー ヤグアー 1 A3 >
ラケーテンヤークトパンツァー 2の対戦車ミサイルをSS.11からHOTに換えたモデル。
1978年から1982年までにミサイルを変更。
武装:HOT 対戦車ミサイルx1基、 7.62mm機銃x2門
1983年から1985年にかけて、162両のカノーネンヤークトパンツァーがヤグアル2に改造されました。
カノーネンヤークトパンツァーから主砲を外し、TOW発射機を上面に装備し、増加装甲が取り付けられました。
武装:TOW 対戦車ミサイルx1基、 7.62mm機銃x1門
< M42 ダスター >
M41の車体に40mm連装機関砲を載せた自走対空砲。
1954年から生産されました。
武装:40mm L/66連装機関砲x1基、7.62mm機銃x1門
< ゲパルト B2L >
M42ダスター自走高射機関砲の後継機として、1973年から生産を開始した、自走対空砲。
レオパルト 1の車体に35mm機関砲x2門を搭載した砲塔を載せています。
なお、ゲパルトとはドイツ語でチーターの事との事。今回、初めて知りました。
武装:二連装35mm L/90機関砲x1基
< オツェロット >
2001年から生産が始まった、ヴィ―ゼル2の対空仕様バージョン。
武装:対空ミサイル発射器、 7.62mm機銃x1門
マーダー 1の車体にローラント対空ミサイルと対空レーダーを装備した対空車両です。
1981年から1983年に生産。
武装:ローラント対空ミサイル
< M44 パンツァーハウビッツェ 155mm >
1953年から1959年に生産された、自走155mm榴弾砲。
武装:155mm L/23榴弾砲x1門、 12.7mm機銃x1門
< M109 パンツァーハウビッツェ >
1963年から生産された、自走155mm榴弾砲。
武装:155mm榴弾砲x1、 12.7mm機銃x1門
< パンツァーハウビッツェ 2000 >
1998年から2002年に生産された、自走155mm榴弾砲。
武装:155mm L/52榴弾砲x1門、 7.622mm機銃x1門
<M8>
大戦中にアメリカの開発したM8 グレイハウンド偵察車です。
大戦後に西ドイツにも供与され、国境警備隊に配備されました。
米軍オリジナルは37mm機関砲が装備されていましたが、西ドイツバージョンでは主武装が7.92mm機銃に変更されています。
武装:7.92mm機銃x1門
< MK20 ヴィ―ゼル1 >
ヘリボーン部隊のために、ヘリで運べる用に開発された装甲車。
車重はわずか2.6tしかありません。
この他に対戦車ミサイルを装備したバージョンもあります。
武装:20mm機関砲x1門
< ルクスA2 偵察装甲車 >
1975年から1977年の生産された偵察用装甲車です。
武装:20mm機関砲x1門、 7.62mm機銃x1門
M18 ヘルキャットの車体をベースに開発した歩兵戦闘車。
アメリカ軍は兵員輸送車として開発を行いましたが、連邦軍は歩兵戦闘車として開発を進めました。
最終的に次に紹介するHS 30が連邦軍に採用されました。
1945年から1952年の生産。
武装:12.7mm機銃x1門
< ラング HS.30 Typ 12-3 >
西ドイツが世界に先駆け開発した歩兵戦闘車です。
従来の兵員輸送車は自衛のための機銃ぐらいしか装備していませんでしたが、歩兵支援用の強力な火器を装備しました。
斬新なコンセプトでしたが、軍用車の開発経験のないメーカが担当したため、軍の要求仕様を満たさず、更にコストも高沸し、発注量は当初計画の1万両から2000両に減りました。
1959年から1962年に生産。
武装:20mm機関砲x1門、 7.62mm機銃x1門
< Spz クルツ べオバッハトゥング Typ 22-2 >
フランスのオッチキス社の開発したTT6兵員輸送車を西ドイツの仕様に改良したのが、Spz クルツ・ファミリーです。
写真の車両は、砲撃地の観測を行う装甲観測車です。
1959年から1964年の生産。
武装:7.62mm機銃x1門
< オチキス・カーゴ Spz クルツ 42-1 >
物資輸送仕様バージョン。
< KrKw gep. Spz クルツ Typ 2-2 >
救急車バージョン。
1959年から1964年の生産。
レーダー観測車ヴァージョン。
1959年から1967年の生産。
< Spz ラング パンツァーメーザー HS.30 Typ 52-3 > ラングHS. 30ベースの自走迫撃砲バージョン
武装:120mm迫撃砲x1門、 7.62mm機銃x1門
< M113 フュールング/フング >
M113の指揮車バージョン
武装: 7.62mm機銃x1門
< マーダー 試作 III >
1966-67年に作られた、ラング HS.30の後継の歩兵戦闘車、マーダーの試作車です。
武装:20mm機関砲x1門、 7.62mm機銃x2門
マーダーの試作モデル。
説明が無かったので、どのようなモデルかは不明です。
< マーダー 1 A3 >
HS.30の後継となる、連邦軍の歩兵戦闘車マーダー 1です。
1989から1998年に生産。
武装: 20mm L/85機関砲x1門、 7.62mm機銃x1門
< ビーバー 架橋車 >
レオパルト 1の車体を使った、架橋用の車両です。
博物館の建屋の横に置かれた車両が二両。
手前は、レオパルト1ベースのダクス戦闘工兵車と思われますが、奥の車両は不明です。
< スコーピオン地雷散布車 >
1986に生産された地雷散布車です。
武装:地雷散布器x6基、 7.62mm機銃x1門 レオパルト 1の車体を利用した戦車回収車。
後部に予備のパワーパック(エンジン)を載せる事ができ、予備があれば戦場でも15分でパワーパックの交換が可能だそうです。
1966年から1969年の生産。
< M88 A2 ハーキュリーズ >
M48の車体を利用した戦車回収車。
1961年からの生産。
< カイラー 地雷処理車 >
M48A2の車体を改造して製造した地雷処理車両。
1996年に調達。
なお、カイラーとは雄イノシシの事だそうです。
次は、東ドイツ軍の車両に続きます。
|
|
ドイツのムンスター(ミュンスターではありません)にある、戦車博物館(正式名称は、Deutsches Panzermuseum Munsterで、略称としてDPM)の紹介です。
と言っても、行ったのは一年前の事で、2016年5月6日(金)時点での情報です。
戦車博物館に行った際の旅行記は、以下のブログで書いているのでは、ここでは展示品の紹介のみを行います。
第二次世界大戦までの連合軍の戦闘車両群です。
敗戦国の博物館だからか、連合軍の戦車は少なかったです。
< T34 >
1940年9月に量産を開始した、ソ連の傑作戦車。
76.2mm L/41と言う強力な砲を有し、車体全面に避弾経始のための傾斜装甲を持った、火力・装甲・機動力のバランスのとれた戦車です。
独ソ戦で、この戦車に遭遇したドイツ軍は、自軍兵器の劣勢を知りショックを受け、 7.5 cm PaK 40 やパンターなどの新兵器の開発を急ぎました。
武装:76.2mm L/41砲x1門、7.62mm機銃x2門
< T34-85 >
ドイツ軍のパンターやタイガー戦車に対抗するために85mm砲を搭載したT34で、1943年から量産されました。
戦後もソ連や東ドイツで使用され、展示は1953年6月17日の東ベルリン暴動を表したものです。
武装: 85mm L/54砲 x1門、7.62mm機銃x2門
< SU-100 >
T34の車体に強力な100mm砲を搭載した自走砲で、パンターやタイガーIを正面から撃破可能でした。
1945年1月から実戦配備されています。
< M4A1 シャーマン >
アメリカ軍および連合軍の主力戦車で、改良を進めながら終戦まで戦いました。
しかしドイツ軍のパンターやタイガー相手には性能に劣り、集団戦法と航空支援でようやく対抗できました。
武装: 76.2mm L/52砲x1門、12.7mm重機関銃x1門、7.62mm機銃x2門 アフリカ戦線でIV号戦車やタイガーI戦車に苦戦した英国は、クロムウェル巡行戦車をベースに77mm砲を搭載したコメットを開発しました。
火力・装甲・機動力のバランスのとれた戦車でしたが、実践投入が1945年3月で、ドイツ軍と遭遇する機会は少なかったようです。
武装: 77mm(76.2mm) L/50砲x1門、7.92mm機銃x2門
< M10 アキリーズ >
アメリカの開発したM10駆逐戦車が英国に貸与された後、攻撃力を強化するために、17ポンド砲を搭載した車両です。
武装:17ポンド砲x1門、12.7mm重機関銃x1門
< ユニバーサル・キャリアー >
汎用輸送車として英国で開発された車両。
堅牢かつ使い勝手が良く、大戦全期を通じて活躍しただけでなく、戦後も使用されました。
上の車両も、戦後のドイツ軍のコーナーで展示されていました。
説明によると、大戦中に鹵獲した車両をドイツ国防軍が使い、戦後も東西両ドイツ軍で使われたとの説明がありました。
ブレンガン・キャリアーとも呼ばれています。
続いて、大戦後の戦車の紹介です。
|






